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小林よしのり氏が読み解く『ドラゴンボール』の秘密。戦闘漫画に潜む無意識と「鳥山明の戦争論」

漫画家・鳥山明氏の死去からもうすぐ1カ月。本記事では、「週刊少年ジャンプ」での連載経験もある人気漫画家の小林よしのり氏が、同時代を駆け抜けた同業者として、また希代の“漫画読み”として、鳥山氏の代表作『ドラゴンボール』を批評する。ジャンプ特有のインフレバトルが個人的には嫌いだったという小林氏が確信するに至った、孫悟空と“戦闘漫画”の本質とは?(メルマガ『小林よしのりライジング』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題「ゴーマニズム宣言・第527回『鳥山明の戦闘漫画に敬意を表する』」

同業者として鳥山明氏を追悼する

急逝した鳥山明に「国民栄誉賞」をという声が上がっている。

国民栄誉賞なんて時の政権があげたい人にあげる賞でしかなく、基準もほとんどないに等しいから、あげたきゃ勝手にやればいいと思う。とはいえこの現象自体は、とても興味深く感じる。

鳥山明が「週刊少年ジャンプ」で『Dr.スランプ』の連載を始めて、たちまち大ヒットとなったのは昭和55年(1980)のことだ。

わしはその前年にジャンプを出て、『Dr.スランプ』のスタートとほぼ同時期に「ヤングジャンプ」で『東大快進撃』の連載を開始しているので、鳥山明とはジャンプでは完全にすれ違いで、ただ作品を見て「ものすごく絵の上手いやつが現れたなあ」と思っていた。

その後、鳥山明は連載が『ドラゴンボール』に代わってさらなる大ヒットとなり、ゲーム『ドラゴンクエスト』のキャラデザインでも人気を博したということはもう説明の必要もないが、鳥山は郷里の愛知県から出なかったこともあって、ジャンプ関連のイベントなどでもわしと顔を合わせる機会は一度もなかった。

そんなわけで、一面識もないので個人的な人物評などは書けないが、同業の漫画家として見た作品評を書いて、追悼としたい。

『Dr.スランプ』と『ドラゴンボール』の決定的違い

今回、鳥山明の死を惜しむ声が世界中から届いている。

鳥山明が全世界で大人気となり、「レジェンド」となったのは『ドラゴンボール』があったからこそであり、『Dr.スランプ』だけでは、ここまで世界に広がることはなかったのは間違いない。

『Dr.スランプ』は、とにかく平和な漫画だった。

それに対して『ドラゴンボール』は徹底的な戦闘漫画である。 戦闘に次ぐ戦闘で、戦闘のエスカレーションを起こしていく、ジャンプ特有の漫画だった。

初期の『ドラゴンボール』は、『Dr.スランプ』のカラーも残した冒険ファンタジー漫画で、戦闘の要素はそれほど前面に押し出されてはいなかった。

ところがそれで人気が伸び悩んだため、路線を変更して徹底した戦闘漫画にしたら、たちまち人気が大爆発して、ついには世界的な「レジェンド」にまでなったのだ。

戦闘漫画にしたら、必ず人気が上がる。 世界中の人々が、戦闘が大好きなのである。

沖縄の平和ガイド女性が嘆いた『ドラゴンボール』の好戦性

かつて『沖縄論』の取材で、沖縄戦の際に住民が避難し、集団自決の悲劇も起きたガマ(洞窟)を現地の「平和ガイド」の年配女性に案内してもらったことがある。

ガイドさんは沖縄戦や戦後の沖縄の苦難の歴史を切々と語っていたが、その後、話は現在の反基地運動へと移っていった。

当時、嘉手納基地周辺では米軍のパラシュート降下訓練が行われていて、これの中止を求める運動が行われていたが、そのことを話したところで、ガイドさんの表情が曇った。

つい先日、ガイドさんが家に帰ったら孫がテレビでアニメ番組を見ていて、そこでは大空からパラシュートでカッコよく人が舞い降りてきて、派手な戦闘シーンを繰り広げていたという。

そして、そのシーンを孫が目をらんらんと輝かせて見ている様子に、ガイドさんは衝撃を受けたという。自分が日頃から家でも戦争の悲惨さを訴え、パラシュート降下訓練に反対していることも話してきたのに、それは一体なんだったのか、孫に全く伝わっていないじゃないかと、驚愕したというのだ。

そして、その時に孫が見ていたのが『ドラゴンボール』という番組だったと、ガイドさんは憤然として言ったのである。

「みんな結局、戦闘が大好き」という事実

わしはそれを聞いて、漫画に対してそんなことを言うなんてバカくさいと思ったのだが、確かに徹底的な反戦平和主義に立てば、『ドラゴンボール』もキャンセルしろと主張するしかないことになる。

だがいくらそんなことを言ったところで、その声は決して広がることはない。むしろ冷笑されるだけだろう。みんな結局、戦闘が大好きなのだ。

徹底的に反戦平和を否定する戦闘漫画だったからこそ、みんな『ドラゴンボール』が大好きだったのであって、平和な雰囲気も漂っていた初期の『ドラゴンボール』は好きではなかったのだ。

ところが、誰もそのことは絶対に言わずに鳥山明を称えているのだから、それは欺瞞だというしかない。

鳥山明評にみる朝日新聞「天声人語」の巧妙なレトリック

3月9日の朝日新聞「天声人語」は「40年以上も前のこと。丸いメガネをかけた同級生はアラレちゃん、食いしん坊の子はガッちゃんと呼ばれていた。」という書き出しで、『Dr.スランプ』だけを褒めちぎった。

中でも特に「なんといっても画期的だったのは『うんち』だと思う」として、「子どもは大好きでも、うんちはまだどこかタブーな存在だった」当時にあれだけウンコを描けたのは「センスも技術も突出していたからだろう」と称賛していた。

タブーを破ってウンコを描いたのがすごいのなら『おぼっちゃまくん』こそ称賛してほしいものだし、それ以前にも『トイレット博士』というものすごい漫画があったのだが、それはともかく、「天声人語」は「鳥山作品はもちろん、『ドラゴンボール』も面白い。でもやっぱり、ペンギン村のアラレちゃんたちが一番好きだった。 」と締めくくっていた。

さすがは朝日新聞、よくわかっている。

『ドラゴンボール』は好戦的な漫画だということも、それをけしからんと言っても嗤われるだけだということもわかっている。

だから『ドラゴンボール』は無視して、アラレちゃんだけを褒めまくったのだ。 そうすれば保身はできる。すべてをわかっていて書いている。

小林よしのり氏が「戦闘漫画」を嫌う理由

わしは、そもそも戦闘漫画が嫌いである。

それは「反戦平和」のイデオロギーからではない。飽きてしまうからだ。

ジャンプ特有の、敵を倒したと思ったらより強い敵が出てくるというパターンが繰り返される、戦闘エスカレーション漫画がわしは以前から嫌いだった。

とにかく次から次にもっと強い敵が出て、どんどんエスカレートしていかなければならないという展開には、どうしても飽きてしまうのである。

とはいっても、わしはそういう漫画があること自体が悪いとは思っていない。 お好きな人はどうぞというだけだ。

ただ、わしには「ハイパーインフレーション」を起こしていくような感じで戦いのシーンばっかり描いていくなんてことはできないし、したくもない。

ひたすら戦いたいという意欲だけが際限なく続いていく漫画というのは、何が面白いのか、わしには全く理解できないのだ。

『リングにかけろ』の大ヒットが示す「人類共通の無意識」

わしは、戦闘漫画は嫌いだが格闘漫画は好きだ。ボクシングとかプロレスとか空手とか、リアルな格闘技の要素を入れた漫画は、どんな練習をして、どんな技術を修得して強くなっていくのかといった理屈がわかる。

だが、なぜ強くなるのか全くわからないけれど、戦闘がエスカレーションして、果てしなく強くなっていくというジャンプ漫画の抽象的な戦いは、わしがジャンプにいた当時から理解できなかった。

わしがジャンプで『東大一直線』を描いていた頃、同時に『リングにかけろ』という漫画があって(先日のゴー宣DOJOでは『聖闘士星矢(セイントセイヤ)』と言ったが、『東大』と同時期にやっていたのは『リングにかけろ』だそうだ。同じ作者で似たようなものだから区別がつかないのだ)、わけのわからない技の名前を叫んだら、見開きの画面の背景が突然宇宙になって、敵が遠くに吹っ飛んでいくというのを見て、いったいこれは何が行われているのか、なぜこれが強いのかといったことがさっぱりわからなくて、とてもじゃないが、わしにはこんなもの描けるわけがないと思ったものである。

しかし、それも読者の望みなんだからしょうがない。『リングにかけろ』も最初は普通のボクシング漫画だったが人気が低迷し、わけのわからない技の応酬を始めたら人気が爆発したという経緯がある。

みんな戦いが好きなのだ。戦闘漫画・好戦漫画が大好きなのだ。

人々の無意識の中には好戦的な嗜好があるという構造は、世界中変わらない。それは、人類の無意識だといえる。

それにしても不思議な話なのだが、『戦争論』を描いて危険で好戦的な漫画家というレッテルを貼られているわしは、戦闘漫画が苦手なのだ。

その一方で、人類の無意識に潜む戦闘意欲を刺激する漫画を描いた鳥山明は「好戦的な漫画家」と言われることなど一切なく、全然非難されない。それどころか、「勇気を与えてくれた」と称賛までされるのである。 これって、おかしくないだろうか?

『ドラゴンボール』は鳥山明版『戦争論』だ

わしが描いたのは、戦争のリアルである。具体的な本質である。

一方で鳥山明が描いたのは、抽象的だが、これも戦争の本質である。

ただただ戦争が好き、戦闘が好き、人を憎むのが好き、敵を倒したい、という願望が人間にはある。これが脳内でどんどん増幅していって、暴発していくというのは、プーチンだけに起こることではない。そんな意欲は、万人の中にあるのだ。

だからわしは意識的・具体的に、戦争というものは人類が生存し、国家が存在する限り、なくならないと描いた。

そして鳥山明は、わしと同じことを無意識的・抽象的に描いたのである。

戦いは決して終わらない。必ず戦争はある。人はそこから逃れられないのだと無意識のうちに鳥山は描いたのであり、それが本質なのだ。それだったらわしと同じと言えるのではないか。

ところが、自覚的にそれを描いたわしは散々非難されるが、無自覚に描いた鳥山は絶賛される。そこに何の矛盾も感じずにいられるのだから、大衆ってすごいものだと思うしかない。誰もがただひたすら無意識に任せていて、何も考えていないのだ。

別に鳥山明を批判するわけではない。鳥山は無意識の戦争願望を描いた漫画家である。そのことを誰も言わないまま「国民栄誉賞」とまで言っている大衆の欺瞞は、指摘しなければいけない。

『ドラゴンボール』を生んだ国、日本の大矛盾

国民栄誉賞なんて、手塚治虫ですらもらっていない。

手塚が描いたのは戦闘漫画ではない。 自らを「ヒューマニスト」ではなく「ペシミスト(悲観主義者)」だと言っていた手塚は、本音では戦争はなくならないということは認識していたはずだが、戦中派らしく反戦のメッセージは常に発していた。

そんな「反戦漫画家」だったともいえる手塚に国民栄誉賞を与えず、「好戦漫画家」だった鳥山に与えようというのなら、もう日本は、嘘でも建前でも「平和国家」だなんて言ってはいけない。速やかに憲法9条を改正して、軍隊を作らなければならない。

最後に余談として付け加えておくが、鳥山明がキャラデザインを務めた『ドラゴンクエスト』は1989年にテレビアニメ化されたが、その放映時間帯は土曜夜7時半、関東キー局圏内では『おぼっちゃまくん』の真裏だった。

そして視聴率戦争が勃発したのだが、その結果『おぼっちゃまくん』が勝利し、『ドラゴンクエスト』は打ち切りになったのだった。

全く戦闘モノではないアニメ『おぼっちゃまくん』が戦闘アニメに勝ったという事実は、反戦平和の人たちにとっても、ひとつの希望だといえるのではないか?

鳥山明に関しては、漫画論としてもまだ語っておきたいことがある。 それはまた次回にしよう。

これからの時代はもう、抽象的な戦争願望なんてものじゃ済まない、リアルな戦争が起こりかねないところに突入している。

鳥山明に国民栄誉賞を与えるのなら、日本もこの機会に軍隊を持って、リアルな戦争にも備えるぐらいのことはやらなければいけない――(メルマガ『小林よしのりライジング』2024年3月26日号より一部抜粋・敬称略。続きはメルマガ登録の上お楽しみ下さい。泉美木蘭のトンデモ見聞録・第321回「『ウラ取りしていただいて、ありがてえ』のテレビ」、読者Q&Aコーナーなどもすぐ読めます)

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