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なぜ起業や新規事業立ち上げの達人は「失敗を責めたり悔やんだりしない」のか?一流アントレプレナーに学ぶトラブルの“有効活用”

起業や社内の新規事業を進めるに当たり、必ずと言っていいほど生じるトラブルやマイナス要因。これらの「失敗」を、起業や新規事業の達人と呼ばれる人は、どのように受け止め、処理していくのでしょうか。神戸大学大学院教授で日本マーケティング学会理事の栗木契さんは今回、彼らが失敗をいかに活用しているかについて分析。その上で、失敗をプラスに転じる際に重要となってくる視点について考察・解説しています。

※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです

プロフィール:栗木契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

アントレプレナーはマーケティングの失敗をいかに活用するか

アントレプレナーが社会のなかでになう役割は、起業あるいは新規事業開発などを通じてイノベーションを実現することである。イノベーションは、新たな製品やサービスなどを通じて、高度な生活や産業を社会にもたらす。

アントレプレナーとはどのような人か。そこには、大別すると、新しい事業を個人あるは数人の仲間で起こし、社会を変えるイノベーティブな起業を実現していく個人アントレプレナーと、営利企業やNPOなどの組織のなかでの新しい事業の立ち上げなどにかかわりながら、新機軸の導入や事業の再構築などの新規事業開発に挑む社内(あるいは組織内)アントレプレナーがいる。

重要なのは失敗しないことではなく、失敗に学ぶこと

アントレプレナー研究が示すひとつの知見に、失敗の効用がある。個人の起業、あるいは企業の新規事業開発などにおいて、成功をものにしていくにあたって重要なのは、失敗しないことではなく、失敗に学ぶことである。

個人アントレプレナー、社内アントレプレナーのいずれにおいても、アントレプレナーが新しい市場などを開拓する際には、失敗から学び、失敗を活用することが重要になる。アントレプレナーが市場で新たな行動に踏み出せば、失敗は避けがたく起こる。しかし、失敗を恐れていては、アントレプレナーの行動ははじまらない。そして柔軟に視角を変えれば、失敗は新たな機会の宝庫ともなる。

起業や新規事業開発には失敗が避けがたい

起業や新規事業の達人とは、失敗しないことの名人ではない。近年アントレプレナー研究において注目度を高めるエフェクチュエーションの提唱者であるS.サラスバシーは、次のように述べている。

「長期にわたって持続的に成功するには、熟達したアントレプレナーが … 失敗と成功の両方から学ぶことが必要である」(『エフェクチュエーション』碩学舎、2015年、p.18、傍点筆者付記)

同書でサラスバシーが取りあげているのは、従前には存在しなかった市場の新領域を切り開くような起業や新規事業開発、たとえば、インターネットの黎明期における音声同時配信ソフトの事業化、民間投資による商業用の宇宙飛行船開発などである。こうした起業や新規事業開発では、過去の経験にもとづいた予測が通用しないことが多くなる。

失敗とは何か

そもそも失敗とは何か。それはどのような事象か。「失敗学」の提唱者である畑村洋太郎は、その著書『失敗学のすすめ』のなかで、失敗を、人間がかかわる行動のなかで、はじめに定めた目的が達成できないことと定義している(『失敗学のすすめ』講談社文庫、2005年、pp.25-26)。

失敗からの学びの効用はどこにあるのか。第1に畑村は、大学の工学教育などにおける自身の経験を引きながら、本当に使える知識を獲得するためには、失敗をしながら物事に挑戦することが必要だという。

畑村が挙げる失敗からの学びの第2の効用は、安全対策や再発防止策の向上である。橋梁も、船舶も、鉄道も、航空機も、痛ましい事故の歴史を経て、その安全性を高めてきた。

アントレプレナー・マーケティングにおける失敗の効用

アントレプレナー・マーケティングにおける失敗から学びについては、さらに第3の効用がある。サラスバシーは、アントレプレナーにとっての失敗からの学びには、畑村があげるような教育効果や安全対策とは異なる効用があることを指摘している。

サラスバシーは、「レモンをつかんだら、レモネードをつくれ(When life gives you lemons, make lemonade)」という格言をあげて、アントレプレナーのマーケティングにおける失敗の効用を説明している。英語では「レモン」には不良品、欠陥品という意味がある。すなわち失敗をしたら、失敗を責めたり、悔やんだりするよりも、そこからレモネードを絞り出す ― 他の何かに転用する ― 発想が重要だというのである。

市場においては想定外の事態に直面しても、アントレプレナーはさらに新たな行動を起こすことで、より大きな果実を獲得していくことができる。起業や新規事業を進めていくプロセスにおいては、想定外の事態に直面したとしても、柔軟に対応すれば、プロジェクトに潜在していた価値を新たに引き出していくことができる機会は少なからずあるのである。

視点を変えることで、失敗はプラスに転じることができる

市場という場では、失敗(レモン)に思える事象であっても、視点を変えればマイナスではなく、プラスの価値をもつ(レモネードにできる)ことが少なくない。マイナス面のある事象であっても、視角を切り替えることでプラスの価値が前面に押し出されることがあるのである。

高杉康成は、次のような例をあげている。1食サイズに切り分けた小分け包装のロールケーキは、1本丸ごと販売する場合と比べると、単位当たりでは割高になる。そのためにこうした小分け商品は、一般に消費者に敬遠されがちである。ところが、単身者の家庭や外出先などでの利用では、食べ切れなかった残りの処理の問題などが発生せず、場合によっては経済的であることに消費者に気づいてもらうと、小分けの価値の新たな理解が生まれる(『一流のビジネスマンは誰でも知っているヒットの原理』日経BP社、2015年、pp. 33-34)。

サラスバシーも同様に、1980年代の米国という各種の新たな専門量販店の勃興期であり、ネット通販がまだ登場していなかった時期には、個人事業者などが休日などに文具を切らすと、すぐには入手できず、困ることが少なくなかった事例をあげている。T.G.ステムバーグがそこで困った体験を単なる失敗ではなく、起業のネタに生かすことへと視角を切り替えたことから、ステープルズという新たなオフィス用品店のチェーンの構想が生まれていった。

アントレプレナーに必要なのは、短い期間での効果の活用

ではなぜ、失敗からの学びの効用が複数あるなかにあって、サラスバシーは第3の効用に注目するのか。それは彼女が見ていたのは、アントレプレナーのマーケティングだからだと考えることができる。

失敗からの学びから生じる教育効果や、安全対策などでは、個人や組織の態度の育成や知識の再構築などを経て、ある程度の時間をかけて効果が発揮されるようになっていく。一方、アントレプレナーは、こうした時間のかかる効果の発現を待つことが難しい。アントレプレナーは、進行中のプロジェクトに次々と出現する難局を、短い期間のうちに乗り切り、次の局面を切り拓いていかなければならない。

サラスバシーが、失敗からの学びをレモネードの格言にむすびつけたのは、その学びを短い期間のうちに活用する必要があることを見すえてのことだと思われる。失敗を克服したり、解消したりするのではなく、そのまま生かすのであれば、時間をかけずに新たな実行につなげていくことができる。失敗の効用を、すばやく起業や新規事業開発における価値創造に活用できる。

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image by: Shutterstock.com

栗木契

プロフィール栗木契くりきけい
神戸大学大学院経営学研究科教授。1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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