「食料安全保障」という概念の危うさ
ではその「食料安全保障」とは如何なる概念か。
改正案は、第1条〔目的〕で「この法律は、食料、農業及び農村に関する施策について、食料安全保障の確保等の基本理念及びその実現を図るのに基本となる事項を定め……」と、今度はそれが基本理念であると明記している。
実際、岸田文雄首相は衆院での答弁の中で「ウクライナ情勢によるサプライチェーン(供給網混乱)などの情勢変化に対応するため、食料安全保障の確保を基本理念に新たに位置付け、農政の再構築を行う」と語っている。
この法律自体がこの先何十年かの農政の基本を定める理念法であって、目先のウクライナ情勢によって「基本理念」が左右されることなどあるはずがない。
この語り方を聞くだけで、岸田が一知半解で出まかせを口にしていることが判るが、本人にしてみれば、「有事」における食料確保を含む「安全保障」という言葉を掲げることで少しく緊張感を漂わせたつもりだったのかもしれない。
ところで、改正案の第2条〔食料安全保障の確保〕は第1項で、その食料安保について「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態をいう」と定義している。
そして第2項で、その「安定的な供給」について「世界の食料の需給及び貿易が不安定な要素を有していることに鑑み、国内の農業生産の増大を図ることを基本とし、これと併せて安定的な輸入及び備蓄の確保を図る」と、現行法とほとんど同じ表現を引き継いでいる。
が、食料自給率向上の目標を曖昧化してしまった後で「国内の農業生産の増大が基本」と言っても言葉が宙に浮いて嘘っぽく、むしろ輸入増大を含めた「安定的な供給」を考えていると邪推されても仕方あるまい。
ところが、「平時」はともかく「有事」には食料輸入に一部または全部が途絶する最悪事態を想定して危機シナリオを描いておかなければならないはずであって、その点、自給率向上を諦めながら国内生産の増大を言い、それでいながら輸入を増やすことを含めて安定的な食料確保をしようとする改正案は、二重に辻褄が合わない論理的混乱に陥っている。









