誰しもが侵攻数日でのロシア圧勝を覚悟したものの、予想を覆す戦いぶりを見せたウクライナ。その裏にはイーロン・マスク氏の「協力」があったことも広く知られている事実です。今回の無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、マスク氏がウクライナ戦争で果たした大きな役割りを改めて紹介。その上で、彼が抱えているとされる問題点を指摘・解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:イーロン・マスクの【 超軍事革命 】
ウクライナ戦争でイーロン・マスクが起こした「超軍事革命」
結末がどうなるかはともかく、ウクライナ軍がこの戦争で【 軍事革命 】を起こしたことは事実です。なんでしょうか?真っ先に思い浮かぶのは、キーウに進軍してきたロシアの戦車部隊を、歩兵携行式ミサイル・ジャベリンやドローンによって撃退したことでしょう。
しかし、はじめてドローンを戦闘に使い、【 軍事革命 】を起こしたのは、ウクライナではなくアゼルバイジャンでした。2020年のナゴルノカラバフ紛争で、アゼルバイジャンはドローンをフル活用し、アルメニア軍に圧勝したのです。「読売新聞オンライン」2020年12月21日付。
アゼルバイジャン領ナゴルノ・カラバフ自治州を巡る大規模戦闘で、アルメニア軍に圧勝したアゼルバイジャン軍の戦術が、軍用無人機(ドローン)を駆使した運用事例として注目を集めた。ロシアが輸出を推進する防空ミサイル網も突破され、露軍は衝撃を受けている。
アゼルバイジャンとアルメニアのナゴルノカラバフをめぐる争いは、近年では2020年、2022年、2023年に起こりました。トルコの支援を受けたアゼルバイジャンは、アルメニアに圧勝。長年にわたる「ナゴルノカラバフ問題」は、アゼルバイジャンの勝利で終結しました。
では、ウクライナが起こした【 軍事革命 】はなんでしょうか?
一つは、【 水上ドローン 】です。モスクワ駐在経験もある元海将補・佐々木孝博先生は、最新刊『軍艦進化論 ペリー黒船艦隊からウクライナ戦争無人艦隊まで』の中で、ウクライナ軍が起こした【 軍事革命 】について詳述されています。一部引用させていただきます。
ウクライナが世界に先駆けて、最新のゲームチェンジャーたる軍事技術を活用し、海洋における戦いにおいて、革新的な戦い方を行っている状況を見ていきたい。
2022年10月29日、ウクライナ軍はロシア海軍黒海艦隊に対し、海戦史上、軍事革命ともいうべき、画期的な攻撃を行った。
ロシア国防省の発表によれば、ウクライナの8機の無人航空機(UAV)と7隻の自爆型無人水上ビーグル(USV)がセヴァストーポリ港停泊中の黒海艦隊艦艇に対して、空と海から同時攻撃を行ったとのことである。
(p202)
この攻撃でウクライナ軍が破壊したロシア艦艇は、セヴァストーポリ停泊中の黒海艦隊の新旗艦「アドミラル・マカロフ」および掃海艇「イヴァン・ゴルベッツ」を含む3隻であることが両軍の発表から明らかになっている。
(p214)
この攻撃は2022年10月29日に行われたものですが、ウクライナ軍はドローン、水上ドローン攻撃により、ロシア黒海艦隊に甚大な被害をもたらしています。
そして、ロシア黒海艦隊は、クリミア半島のセヴァストーポリから撤退したとの情報も出ています。「乗りものニュース」2024年4月26日付。
イギリス国防省は2024年4月18日、ロシア黒海艦隊がクリミア半島のセヴァストポリからさらに東のノヴォロシースクまで艦隊を撤退させ、同地で防衛強化を図っていると発表しました。
同省は、ノヴォロシースク港の衛星写真を公開し、黒海艦隊が「船舶と潜水艦の大部分をセヴァストポリからさらに東のノヴォロシースクまで撤退させた」と指摘しています。
安価で小さな水上ドローンが、巨大な戦艦を沈める。まさに【 軍事革命 】と呼べるでしょう。
ウクライナ人数千人の命を救ったイーロン・マスク
ウクライナ、もう一つの軍事革命は、あのイーロン・マスクが深く関係しています。元陸将・渡部悦和先生の最新刊『宇宙安全保障』を参考にさせていただきます。
イーロン・マスク、特に解説は必要ないでしょう。電気自動車のテスラ、宇宙開発のスペースXが特に有名です。最近では、ツイッターを買収し、「X」にかえてしまいました。「〇〇氏は今日、X(旧ツイッター)で」というニュースを見るたび、イーロン・マスクの事を思い出します。
そんな彼は、どうやって【 超軍事革命 】を起こしたのでしょうか?「スペースX」を通してです。
イーロン・マスクは2002年、人類を火星に送ることを目指し、「スペースX」を設立しました。そしてスペースX社の一事業として2014年からはじまったのが、衛星インターネット・サービス「スターリンク」です。このスターリンクが、ウクライナで【 超軍事革命 】を起こしたのです。
引き続き、『宇宙安全保障』を参考にしていきます。
スターリンクがウクライナに導入されたのは、2022年2月24日にロシア軍がウクライナ侵略を開始した数日後でした。ロシア軍は侵略開始直後にサイバー攻撃を行い、ウクライナ国内のインターネットを使えなくしたのです。ウクライナは、「インターネットなしでロシア軍と戦わなければならない」という最悪の事態に陥りました。
この緊急事態にウクライナ政府は、イーロン・マスクに助けを求めます。フェドロフ副首相がイーロン・マスクにメールを送った数時間後、スターリンクがウクライナで起動しました。マスクは、ウクライナ最大の危機を救ったのです。
マスクはメール受信から数時間後にフェドロフに「スターリンクがウクライナで起動した」と伝えた。
その数日後、大量のスターリンクの端末がウクライナに無償で到着し、ウクライナのインターネット網が復活したのだ。
この端末は、森、野原、村、そして軍用車両などあらゆる場所に設置され、ウクライナ軍の指揮、統制、通信、情報活動を支え、ロシア軍に対抗できるようになった。
(p60~61)
そして、フェドロフ副首相は、イーロン・マスクが起こした「軍事革命」について語っています。
スターリンクのお陰で、司令官、ドローンのパイロット、砲兵部隊がオンラインでチャットしながらドローン映像を共有することができるようになった。
目標を発見してから攻撃するまでの時間は、それまで20分近くかかっていたのが1分程度に短縮されたという。
フェドロフは、「スターリンクが救った人命は数千にのぼる。これは我々の成功にとって不可欠な切り札である」とその重要性を強調している。
(p61)
スターリンクのおかげで、目標を発見してから攻撃するまでの時間が、【 20分の1 】になった。これは、まさに「革命」といえるでしょう。
年間580億円もの「スターリンク使用料」を要求
ウクライナを救ったイーロン・マスクにも問題があるようです。
例えば、2022年9月、ナンシー・ペロシ下院議長(当時)らが出席したコロラド州アスペンでの世界とビジネスに関する私的イベントで、マスクはロシアがウクライナの土地を併合することを許す和平プランを提案した。この提案は多くの出席者を激怒させた。
(p63)
このことは、イーロン・マスクが、「プーチンよりの和平観をもっている」ことを示しています。
さらに、彼は、当初無償で提供していたスターリンクのサービス料を要求するようになってきました。まあこれは、経営者として当然と言えるかもしれません。
しかし、ウクライナは払うことができないので、マスクはアメリカ国防総省に支払いを求めたのです。その額、1年間で4億ドル(約580億円)。繰り返しになりますが、経営者としてサービス料金を要求するのは当然なのでしょう。
台湾がスターリンクの導入に消極的なウラ事情
イーロン・マスクの問題2は、中国と関係しています。なぜ彼と中国の関係が問題なのでしょうか?
ウクライナは、スターリンクに大いに助けられています。そうであるなら、台湾有事の際、台湾がスターリンクを使えば、中国軍と効果的に戦うことができるのではないでしょうか?ところが、台湾はスターリンクの導入に職極的なのです。なぜ?
台湾はスターリンクの導入に消極的だ。
なぜなら、台湾はマスクと中国との密接な関係を懸念して、スターリンクを利用することを不適切だと思っているからだ。
テスラの新車の50パーセント上海で製造されていると推定されるため、北京がスターリンクのサービスを停止するように圧力をかけた場合、マスクは台湾へのスターリンク提供を認めないだろうと台湾政府は判断している。
(p72~73)
ウクライナ戦争におけるマスクの動きを見ると、台湾の判断は正しいのでしょう。
というわけで、今回は、イーロン・マスクが起こした【 超軍事革命 】と問題点についてでした。台湾が対中国でスターリンクを使えないというのは、重要問題ですね。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2024年6月30日号より一部抜粋)
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