民主党の正式候補に躍り出るやそれまで選挙戦を優位に進めていたトランプ前大統領を猛追、今や五分の戦いを進めているとも伝えられるハリス副大統領。投開票まであと3ヶ月を切りましたが、最後に笑うのはどちらの候補なのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、両候補の違いを決定づけるソーシャルメディアの使い方を比較しつつ、選挙戦の行方を占っています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:ハリスならトランプ再登場の悪夢を阻むことが出来そうだという一筋の光明/異次元転換した米大統領選の構図
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
トランプをとっくに超えた。ソーシャルメディアで若者を味方につけたハリス
先週の本誌で、カマラ・ハリスの知性がドナルド・トランプの粗暴に勝つかもしれない可能性が出てきたことを論じた。
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それをさらに補足したいのだが、政治家がメディアをどう使いこなすかという問題を巡って、トランプが相変わらずネット・メディアを憎悪と罵倒を振り撒く下品な道具としているのに対し、ハリスはそれを喜びと笑い、冗談や皮肉が通じる上品な言論空間にしようとしているというコントラストがある。
なぜハリスの前ではトランプが小さく見えてしまうのか
コラムニストのエズラ・クラインは8月14日付NYタイムズに「バイデンはトランプを大きく見せたが、ハリスは彼を小さく見せる」と題した論説を載せ、その理由としてバイデンとハリスのソーシャルメディアの活用法とそれを通じて発せられる言葉遣いの決定的な違いを指摘した。
▼選挙の度ごとにメディア環境が変わるという訳ではないけれども、しかしそういう場合の選挙では往々にして、人々の関心を惹きつける方法が変化しつつあることを理解している候補者が勝利する。
▼フランクリン・ルーズベルトはラジオを理解し〔年に数回の「炉辺談話」を通じて国民に語りかけ〕たが、相手のハーバート・フーヴァーは理解していなかった。ジョン・F・ケネディはテレビを理解していたが、リチャード・ニクソンはそうではなかった。オバマはソーシャルメディアの初期の波に乗った。
▼トランプはアルゴリズム時代のやり方をマスターしていて、そこでは憤激と論争が飛び交った。が、再びプラットフォームは変わり、追い上げ目覚ましいTik Tokの天下となり、今や「ミーム(面白画像・動画のネットを通じての拡散)とそのためのクリップ(切り取り)され、リミックス(再編集)されたビデオ作り」が当たり前となった……。
この状況にバイデンが珍紛漢紛なのは仕方がないとして、トランプさえも付いて行けなくなりそうで、その端的な表れが、英国の女性歌手=チャーリーXCXとハリス陣営との間の閃くようなエール交換がたちまち米国のみならず世界中の若者たちに知られることになった「ブラット(brat)事件」である。
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「副大統領はbratよ」チャーリーXCXが発した連帯表明
チャーリーXCXは本名シャーロット・エマ・エイチスンで32歳。白人英国人を父に、インド系ウガンダ人を母に英ケンブリッジで生まれ育ったミックスで、母がインド系という点でハリスと共通点がある。
2010年代から英米を中心に数多くのヒット飛ばしてきたが、自ら宣言しているフェミニストで、それを表した曲「私自身のからだ」を発表したり、BBC放送の男女同権をテーマにしたドキュメンタリー「その言葉と私」の制作指揮を担当したりもしている。
その彼女が今年6月に発売したばかりの最新のアルバム名が「brat」。bratは辞書的には「悪ガキ」「いたずらっ子」などの意味だが、若者たちの間では「やんちゃでちょっと面白い奴」といった、一捻りした褒め言葉として使われるのだそうで、チャーリー自身はTik Tok動画などで「少し面倒なパーティー好きで、時々くだらないことを言う女の子。自分自身を感じながらも、ちょっと壊れたところがあるかもしれない。でも本当は率直で正直で、ちょっと気まぐれな女の子」と、何とも複雑な定義を試みている。それはもしかしたら彼女自身のことなのかもしれない。
で、7月21日にバイデンが選挙戦から撤退し後をハリスに委ねると発表すると、そのわずか数時間後にハリス陣営のX(旧ツイッター)アカウントに、チャーリーのアルバム「brat」に収められた「Von Dutch」という曲をクリップしハリスの発言や動作とリミックスしたミーム動画が搭載された。すると驚いたことに、翌日にはチャーリー自身がそれに反応し、「副大統領はbratよ」と連帯表明を発し、これがネット上の大波となって拡散したのである。
酔っ払いの爺さんが路上で喚いているかのようなトランプ
私のようなバイデンやトランプとほぼ同世代の者にとっては、「Von Dutch」が2000年代前半に大流行したカジュアルファッションのブランドで、それが今再び脚光を浴びつつあることも、「brat」が若者の間で隠れた褒め言葉となりつつあることも、ピンと来ておらず、その感覚から置いてきぼりにされてしまうのは仕方がない。
しかしそれ以上に注目すべきことに、ソーシャルメディアが今では新次元に進化しつつあって、そこでは、
- meme-ableで
- clippableで
- remixableなもの
がビックリ仰天の波及力を持ち、とりわけ若者層は映像や音楽や気の利いたちょっとお洒落なフレーズなどを通じてたちまちイメージを共感し合ってしまう。しかもエズラ・クラインの見るところ、ハリス=ウォールズ陣営はこの新次元にちゃんと対応できているというのである。
前号でウォールズが吐いた、「トランプ=ヴァンスのコンビってウィアード(weird)=奇妙で、気持ち悪いよね」と表現したのが絶妙な効果を発揮、たちまち流行語となったことを述べたが、bratもweirdも言わば洒脱な表現で、そこそこ知的な若者層には染み渡り易い。
翻ってトランプは、相変わらず「あいつは極左だ」とか「バカだ」とか「悪魔だ」とか、酔っ払いの爺さんが路上で喚いているかの幼稚で汚らしい言葉をネットを通じて吐き散らし、それが一部の余り知性度が高いとは言えない人々から拍手喝采を浴びることを以て満足しているかのようである。
つまり、彼にとってはソーシャルメディアは未だにヘイト・スピーチの道具であり、それはもはや時代錯誤なのである。
これをさらに普遍化すると、トランプの発想は常に、相手を叩き潰せば自分が浮上するという単純なシーソーゲーム理論に頼っている。中国はじめ諸外国からの輸入品に過大な関税を課して流入を阻止すれば米国内の産業が復活するかのようなことを言ってラストベルトの白人労働者の歓心を買おうとするけれども、それとこれとは直接には関係がなく、中国などからの輸入を制限すれば自動的に米国の産業が蘇る訳ではない。
しかも滑稽なことに、トランプとのそのファンたちが冠っている赤地にMake America Great Againと刺繍した野球帽や彼らが打ち振る星条旗の小旗は実は中国製であり、あるいは先日X上でイーロン・マスクと対談した際の映像で明らかになったように、トランプがスマホの下に置いて接続していたのが中国Anker社のバッテリーであって、それらの輸入を止めたり制限したりすれば困るのは彼自身なのだ。
そのように、悪いことは何もかも「誰か」のせいであると外在化して、自分の胸に手を当てて考えるという内面化の回路を持たないのがトランプである。
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トランプを葬ることができれば十分とさえ言えるハリスの役目
こうして、我々が遠くから見ているのでは分からない、深いところでの米国政治とメディア状況との関わりの変化が、バイデンからハリスへのシフトには孕まれていたのかもしれない。いや、私自身はトランプを忌み嫌っていて、こんなのがまた出てくるようであれば米国の先行きはもちろん世界の将来も危うくなるので、米国の民主党はじめ市民パワーにはしっかりしてくれないと困ると言い続けてきたので、そういう希望的観測も交えた判断に傾くのはお許し頂きたい。それはそれとしても……
第1に、Z世代と呼ばれる21世紀になって生まれてきた若者層は、バイデンvsトランプの爺さん同士のダサいやり取りから決別して「brat」の次元に進み、バイデンなら棄権しただろうけどハリスだと違うかもしれないというところに辿りつきつつある。
第2に、黒人層はこうなればもちろん再結集してハリスに馳せ参じるし、ヒスパニック系、インド系はもちろんそうなるだろう。インド系米国人は2010年代の10年間に55%増えて440万人で、中国系(台湾系を除く)413万人を超えてアジア系のトップとなった。そうは言っても全米人口のわずか1.4%に過ぎないが、IT関係を中心に技術者、研究者、経営者として高収入を得ている者が多く、ハリスが大統領候補になった途端に多額の献金が集まったのも彼らの貢献が大きい。
米日の左翼メディアの一部に、ハリスが経済界から多くの献金を得たことを以て「やっぱり、ヒラリーと同様、財界=軍産複合体の飼い猫か」といった論調があるが、それは余りに観念的というものだろう。インド系に限らず、経済界の主流はバイデンとトランプのどちらになっても対中国ビジネスを目の敵にしそうなことにウンザリしていて、ハリスになればそこが少しは違ってくるかもしれないと期待しているという要素もある。
そして、インド系に吊られてアジア系全体もハリスに傾く。
第3に、もちろんあらゆる人種、階層を超えて多くの女性は、トランプ爺さんの2度目の政権を許すよりも、初の女性大統領が実現するという歴史的瞬間に自分も一票を投じて参加したことを末代までの自慢にしたいと思うだろう。
そのようにして、つい先日までは何も面白いことはなく、どちらかと言えば棄権した方がいいのかなあと思うような凡庸な大統領選が、自らのアイデンティティとも関わる直接的な関心事として俄かに浮上してきたのである。
もちろん選挙には何が起きるか分からないが、私はハリス登場で局面が大きく変わり、トランプ再登場という米国と世界にとっての悲惨が回避しうる可能性が出てきたことを重視したい。ハリスの資質がどうだ、政策がどうだと文句を言う人も少なくないが、バイデンでは100%不可能だったトランプ阻止が、ハリスによって50%でも可能性が出てきたのだから、そこに賭けるべきだろう。逆に、とりあえずトランプを葬ることができれば、彼女の役目はそれで十分とさえ言える。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年8月19日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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