衆院選で自民が惨敗すれば、石破首相への責任論が噴出する。そこで「石破おろし」を仕掛けて高市政権を誕生させれば、いずれ自分にも総理の椅子が転がり込んでくる――これが今の萩生田氏が描く最も好都合なシナリオだ。だが現実は「なろう小説」のようにはいかない。「自公で過半数割れ」の可能性は高まったが、裏金議員の萩生田氏自身が落選の瀬戸際にあるのだ。それでも「倒閣」を目指し“安倍頼み”で生き残りをはかるしかない裏金候補たちの厳しい選挙戦を、元全国紙社会部記者の新 恭氏が詳しく解説する。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:自民惨敗の公算。「倒閣」へ“安倍頼み”で生き残りをはかる裏金候補たち
国民そっぽ、「自公で過半数割れ」の可能性は十分
衆議院選挙についてのメディア各社の情勢調査を総合すると、自民党は50~60議席を減らし、公明党と合わせても定数465議席の過半数(233議席)を割り込む可能性がかなり高いようだ。
政権交代のチャンスにもかかわらず、野党が統一候補を立てられずに乱立したため、与党陣営が「漁夫の利」を得るかとも思われ、事実、一時はそんな流れだったが、ここへきて急速に自民党の勢いが落ちている。
想像を超えて自公体制への不信感が国民の間に広がっているのは間違いない。
自公が過半数を割ると、石破政権は早くも重大な危機に見舞われる。選挙後、特別国会の首相指名選挙で、野党が一致結束していずれかの党の代表に投票すれば政権交代も起こりうる。
ただし、連携する気が乏しい今の野党勢力ではその可能性は薄く、とりあえず自公政権は続くだろう。
むろん、過半数割れでは国会運営が行き詰まるので、新たな連立のパートナーが必要となる。
憲法改正や外交・防衛をめぐる姿勢が近い維新や国民民主に話を持ちかけるに違いないが、両党とも裏金問題についてさんざん自民批判を続けてきただけに、連立協議がすんなり進むとは思えない。
萩生田氏が賭ける「打倒石破」の逆転シナリオ
そして、自公で過半数確保が目標と言明していた石破首相の責任論が党内で湧き上がってくるだろう。
石破首相によって非公認とされたり比例への重複立候補を封じられた“裏金議員”の多くは、そのような政局になることを願っている。
だからこそ、彼らは国会に戻ってくるため、死にものぐるいなのだ。野党陣営が浴びせる“裏金議員”の連呼。その効き目は大きく、ほぼ例外なく苦戦を強いられている。
非公認候補者の一人、萩生田光一氏はNewsPicksの動画インタビューに胸の内を明かした。
ーーー(国会に)戻った場合は、また石破総理のもとで一致団結して?
「総理は総理で、党を守るために決断をした。これが正しいかどうかっていうのは、選挙の結果によると思いますので、それによってはいろいろな意見が出てくると思います」
選挙結果が悪ければ、「石破おろし」を仕掛けるぞ、と言っているように聞こえる。一度は小池百合子氏を総理に担ぎ上げることをもくろんだ萩生田氏だが、高市早苗氏を応援した総裁選を契機として、高市政権実現をめざす方向にかじを切ったようである。
萩生田・高市両氏の選挙は「石破政権打倒の戦い」
選挙戦3日目の10月17日、その街頭演説に高市氏が姿を現し、萩生田氏をこう持ち上げた。
「いやとにかく、萩生田光一という政治家、何をやっても結果を出す。喧嘩に強い親分肌、面倒見がいい。だから(経産相の頃)様々な困難な通商交渉に堂々とのぞみ、結果を出してゆく。かっこええなと。萩生田候補の実績をもう一回思い出してください。私も自民党のヒラの政治家の一人ですが、萩生田候補と力を合わせれば色んなことができる」
高市氏のほうでも、政治的腕力の強い萩生田氏に大きな期待をかけていることがわかる。二人はともに安倍晋三元首相によって引き立てられてきた政治家だ。
萩生田氏は10月1日のインターネット番組で、石破首相による党役員人事を問題視し、挙党一致をめざすなら高市氏を幹事長にするべきだったと述べている。
萩生田氏の選挙は、石破政権打倒のための戦いでもある。国会に戻って石破首相を引きずり下ろし、高市政権をつくったうえで自分に総理の座が転がり込んでくる時節を待つ。現時点で萩生田氏が考え得る最高の巻き返し戦略だろう。
創価学会と公明党に見放され落選の瀬戸際
だが、萩生田氏の東京24区の形勢は予断を許さない。立憲の有田芳生氏と伯仲しており、落選も十分にあり得る戦況だ。萩生田氏に公明が推薦を出さなかったのも大きく響いている。
昨年5月、新設された衆院東京28区をめぐり、公明党が候補者を擁立しようとしたのに対し、自民党東京都連会長だった萩生田氏が強硬に反対した。萩生田氏に意中の人物がいたからだ。公明の石井幹事長(現代表)は「東京における自公の信頼関係は地に落ちた」と憤った。
その時にできた亀裂が尾を引いている。前回衆院選で萩生田氏が獲得した約14万9000票のうち、学会票は4万4000票あまりを占めており、創価学会と公明党にそっぽを向かれた打撃は大きい。
萩生田氏が望みを託す、昭恵夫人と「安倍元首相の魂」
危機に直面した萩生田氏ら“安倍ブランド”の“裏金議員”たち。彼らに特徴的なのは、今はなき元首相の“威光”にすがる選挙戦を繰り広げてきたことだ。
萩生田氏の「女性部・総決起大会」に駆けつけた安倍元首相夫人、昭恵氏はこうスピーチした。
「今日は主人の魂と一緒に来ています。主人も必ず萩生田先生に当選をしていただきたいと思っています」
「愚か者めが」の丸川珠代氏も一転「お助けください」
17年間務めた参議院から衆議院東京7区へ鞍替え出馬した丸川珠代氏もまた、安倍色の濃い“裏金議員”の一人だ。公認はもらったものの、比例との重複立候補を認められなかった。
負ければ「ただの人」という厳しい状況のもと、立憲の松尾明弘氏とはほぼ互角とみられる接戦を演じている。
18日、渋谷区の商店街に繰り出した丸川氏に、昭恵氏が寄り添っていた。
「未来に希望が持てる日本にしてくださったのは、安倍先生だと思います。正しい道を行く者が正しい道を進める政治を。そういう思いを天におられる安倍先生に」(丸川氏)
「今回の選挙、大変厳しい中、主人(故・安倍元首相)と一緒に応援をしてまわりたい」(安倍昭恵氏)
民主党政権時代、「所得制限なき子ども手当」に対し、「愚か者めが」と批判した高飛車な態度は影を潜め、ひたすら低姿勢で「小選挙区1本です。どうかお助けください」と頭を下げて回る姿は痛々しいほどだ。
世耕弘成氏がすがりつくのも「安倍元首相との深い仲」
離党した和歌山2区の世耕弘成氏は「安倍さんの靴」を履いて、安倍氏との親密な関係を強調した。10月15日、海南市における最初の街頭演説。世耕氏はミカン箱の上に立ってしんみりした口調で語った。
「今日は安倍さんの形見である靴を身につけています。安倍さんと私は靴のサイズがぴったり一緒でした。この靴は、安倍さんの形見として昭恵夫人からいただいたものです。2007年の第一次政権終了後、再び再起を期して安倍さんがまず地元の許しを得ようということで山口を歩いた時に履いておられた靴です」
裏金問題で離党勧告を受けて党を離れ、参院から鞍替えして出馬した衆院選。自民党は同選挙区で二階俊博元幹事長の三男、伸康氏を公認したため、保守分裂の激戦となっている。
世耕氏がやや優勢と見られているが、老獪な二階元幹事長が引き締めをはかっており、予断を許さない。
自民党参院幹事長という肩書を失い、自民党という大樹に寄りかかることもできなくなった世耕氏にとって、安倍元首相と関係が深かったという事実だけが自分の価値をより大きく見せるための拠り所なのかもしれない。
世耕氏もまた高市側につき、石破政権を打倒することで巻き返しをはかろうとしている。
9月の総裁選で世耕氏は、自民党を離党していたにもかかわらず、自らが率いてきた安倍派参院議員のグループ「清風会」の票を高市氏に集めようと画策していたといわれる。
裏金議員一掃か、“安倍政治”復活か
萩生田氏、丸川氏、世耕氏、そして高市氏。いずれも“安倍政治”の復活をめざす政治家たちだ。
総選挙は、そのために自らの生き残りをかけた戦いの場であり、石破vs高市の権力闘争の場でもある。
石破首相は10月20日、世耕氏と死闘を繰り広げる二階氏を応援するため和歌山・海南市を訪れ、こう語った。
「我々自民党は『政治とカネ』について深くお詫びする。もうこのような事はやらない。カネの流れを必ず明らかにし、最終的な責任は総裁である私が取る」
地方創生や防災を政策の目玉に掲げる石破首相だが、それだけでは有権者に響かず、結局のところ、裏金問題についての反省を口にして人心をなだめるしか手がないようである。最終盤で石破自民党は形勢を逆転できるのだろうか。
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image by: 萩生田光一 公式Facebook