北朝鮮の金正恩総書記を「賢い男」と評し、正恩氏との4度目の会談に意欲を示したと伝えられるトランプ大統領。トランプ氏の大統領再就任を受けた北朝鮮拉致被害者の家族らからは、早期の問題解決を期待する声が上がっているとも報じられています。今回のメルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』ではジャーナリスの有田芳生さんが、拉致問題を具体的にクリアするのはあくまで日本政府であると指摘。その上で、トランプ政権に解決を委ねる姿勢に対して疑問を呈しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:トランプ政権は北朝鮮拉致問題を解決できるか(上)
金正恩との「再会」にも意欲。トランプは北朝鮮拉致問題を解決できるか
「米国第一」を掲げるドナルド・トランプ大統領の政治手法は「トップダウン」だ。
大統領は1月20日、ホワイトハウスで記者団に北朝鮮の金正恩総書記について「彼とはとても関係がよかった。いまや核保有国だがうまくやれた」と語った。これまでアメリカ政府は北朝鮮の核保有を認めておらず、バイデン政権でも日米韓の連携で北朝鮮の非核化を求めてきた。
トランプ政権では北朝鮮を核保有国と認めたうえで、朝鮮戦争を休戦から終戦へと持っていく可能性が高い。そのためには2019年以来の首脳会談が開かれることになる。だがそこに至るにはいくつかの条件がある。日本独自の課題である北朝鮮拉致問題の解決への道もそこに位置付けられる。
拉致被害者家族の横田早紀江さん(来月で89歳)は、トランプ政権誕生にあたってコメントを発表した。
「私も年を取ってしまい、早くしないと会えないという思いで、非常に焦っております。トランプ大統領は金正恩氏との対話ができる方ですので、お互いが平和になれるように、北朝鮮も平和に、本当に気兼ねなく交流できる国になってほしいと願っておりますので、ぜひトランプ大統領に、拉致被害者の救出、帰国を金正恩氏に訴えていただきなんとか助け出していただきたいと思っています」
「(米朝首脳会談で)お話をなさった中で、拉致問題のことについてお話をしてくださったということを聞いてとてもみんな喜んでおりました。この度また就任してくださるようになって、そういう機会がまたあるんじゃないかなと思いますので、本当にトランプ大統領の力をお借りして、家族の再会が果たせるように、ぜひお願いしたいと思います」
家族の思いとして当然の内容だ。しかし拉致問題を具体的に解決するのは日本政府の課題である。横田早紀江さんをふくむ「家族会」は、石破茂総理が構想してきた「連絡事務所」の設置には頭から反対を表明している。トランプ政権は、米朝首脳会談を実現する経過で、ワシントンと平壌に連絡事務所を置くことを検討しており、再び浮上する動きがある。「家族会」や「救う会」はトランプ大統領が実現するなら賛成し、石破政権なら反対するのだろうか。
「安倍路線」から転換しなければ、拉致問題解決に向けての日朝交渉は進まない。
2018年6月12日、シンガポールで米朝首脳会談が行われた。そこに至るには駆け引きがあり、トランプ政権が北朝鮮に完全な非核化を求めるなら首脳会談を「再考する」と金桂寛第1外務次官が表明。そこで韓国の文在寅大統領が訪米、トランプに金正恩朝鮮労働党委員長は本気で非核化を行う意思だと説得、首脳会談は予定どおり行われることになった。ハノイ会談での破綻に至る経過はここでは触れない。
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日本政府が11年間も無視し続ける拉致被害の生存者
日本の課題との問題でいえば、トランプ大統領と金委員長の間では、朝鮮戦争中に亡くなった米兵の遺骨収容問題(共同声明の4項目には「米国と北朝鮮は(朝鮮戦争の米国人)捕虜や行方不明兵士の遺体の収容を約束する。これには身元特定済みの遺体の即時帰国も含まれる」)が書き込まれた。
米朝合意を進めるためワシントンと平壌に連絡事務所を設置することも協議され、トランプ大統領は実現のため書類にサインするつもりだった。それを壊したのがCIA長官として極秘訪朝した経験もあるマイク・ポンペオ国務長官とジョン・ボルトン補佐官だった。北朝鮮を「悪の枢軸」とするボルトン流の「新自由主義」による抵抗だった。
しかし米兵の遺骨問題は解決していない。ここで問題なのは日本政府の抱える課題との共通性である。
2014年に日朝間でストックホルム合意が結ばれた。いまでは死文化してしまったが、日本政府は公式には有効だとしている。北朝鮮側は「あらゆる日本問題を解決する」ために特別委員会を設置していた。「日本問題」とは
- 1945年前後に北朝鮮域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地
- 残留日本人
- いわゆる日本人配偶者
- 拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人
に関する調査である。報道されていないが、このとき安倍晋三総理は平壌に連絡事務所を設置することも検討していた。実際に外務省から派遣する職員も検討していたのだ。
常識的に判断すれば国交のない国同士が、相互の課題を進めようとすれば、大使館はないにせよ、常設的な拠点を置くことは極めて合理的な判断である。アメリカが北朝鮮と交渉するため、ビル・クリントン政権時代から連絡事務所構想を持っていたことは不思議ではない。
米兵の遺骨も日本人遺骨も埋葬された現地がある。残留日本人やいわゆる日本人妻も暮らしているのは北朝鮮だった。「だった」と過去形にしたのは、残念ながら一時帰国を果たせず、おそらく亡くなっているからだ。2014年のストックホルム合意の時点で生存していた日本人は、荒井瑠璃子さんだけで当時すでに86歳だった。
この交渉経過で北朝鮮側は政府認定拉致被害者の田中実さん生存も伝達していた。しかし日本政府はそれから11年が経つのに、いまだ公式には認めていない。ひとりの人生を無視しながら、政府の取り組みはほとんど成果がないままに、解決をトランプ政権に委ねるのだろうか。
日朝交渉の行方は日米韓の国際関係で判断していかなければならない。この3か国にそれぞれ動きが出てきた。
(本記事は有料メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』2025年1月24日号の「トランプ政権は北朝鮮拉致問題を解決できるか」の「上編」です。「下編」をお読みになりたい方は、初月無料の定期購読にご登録の上お楽しみください。このほか、1ヶ月単位でバックナンバーもご購入いただけます)
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