歴代内閣が解決を目指すも、現在は交渉自体が膠着状態に陥っている北朝鮮の拉致問題。そんな中にあって、1983年に拉致された有本恵子さんの救出を訴え続けてきた父親の明弘さんが、2月15日に96歳で無念の死を遂げたことが大きく報じられました。何が問題解決を困難にしているのでしょうか。今回のメルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』でジャーナリストの有田芳生さんが、その最大の問題点を詳らかにしています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:安倍晋三元総理の「拉致問題解決とは何か」
安倍晋三氏の混乱。元首相の「拉致問題の解決とは何か」という問いへの返答
2月7日(日本時間8日)に行われた石破茂総理とトランプ大統領の初会談は、約30分の少人数会合に続き、ワーキングランチ形式の拡大会合と合わせて約1時間50分で終わった。通訳が入るから実質は1時間ほどの会談だ。
会談後に石破総理がNHK日曜討論のインタビューに答えているように、首脳会談の主要テーマは限られていた。まず関税・貿易、自動車産業、対米投資1兆ドル、USスチール、LNG輸入、日米同盟、防衛力強化、基地負担軽減、防衛費増額、尖閣諸島への日米安保適用、台湾有事、多国間連携、北朝鮮、拉致問題。日米首脳の優先順位と判断していい。
トランプ大統領は北朝鮮問題については「われわれは北朝鮮、そして金正恩氏との関係を持つことになるだろう」と語った。それに対して石破総理は「非核化が大前提。日本にとっては拉致問題の解決。大統領に期待するところは大きい」と発言している。
石破総理は、これまでのアプローチでは日朝交渉が進まなかった、その理由を検証しなければならないと語っていた。そのために平壌に連絡事務所を設置すると公言してきた。ところが総理に就任すると党内保守派や「家族会」「救う会」の反対意見に抗することができず、持論を封じてしまった。それは安倍晋三元総理も同じだった。
2014年5月に日朝ストックホルム合意が結ばれたとき、安倍晋三総理は拉致問題の進展があると期待してきた。ところが結果的に合意は頓挫し、北朝鮮側は特別調査委員会を解散してしまった。安倍晋三元総理は、期待した合意が破綻したため、『安倍晋三回顧録』(中央公論新社、2023年)でも、たった11行しか語っていない。
元総理は「おそらく、向こうは、拉致の可能性が疑われている特定失踪者の調査で済ませようとしたのではないかな」としているが、じつは政府認定拉致被害者の田中実さん生存が伝達されたことを、それまで国会の質疑でも、回顧録でも隠したままだ。
ここに安倍晋三元総理の混乱があった。本人に帰国の意思がないにしても一時帰国を実現する。政府の担当者を派遣して北朝鮮に入った経過を聞く。結婚相手が日本人だとされたから、それは誰なのか。拉致被害者でないのか。新しい情報を収集するいい機会だっただろう。
だが田中本人が「拉致ではない」と証言すれば、日本政府の立場は崩壊する。それを恐れたのだろうか。とくに菅義偉官房長官(当時)の猛反対で「田中実生存情報」は秘匿された。
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安倍晋三氏が生前語っていた「拉致問題の難しさ」
2022年1月11日。安倍晋三元総理は、岸田文雄総理とパレスホテル東京の和食料理店「和田倉」で会食した。総理辞任から1年4か月後のことだ。このとき岸田は安倍に「拉致問題の解決とは何か」を聞いている。安倍は「どこかで終止符を打たなきゃいけない」と言いつつ、問題の難しさを語った。
1)生きているという確証もなければ亡くなったという確証も北朝鮮は出してこない。ならば生きているという前提で臨むしかない。
2)北朝鮮が亡くなったという確証を日本に示せば、日本からの経済協力はおろか、正常化交渉も難しい。
3)北朝鮮に向かって言う言葉と実際の交渉の言葉は違う。
4)被害者家族にどこまで説明するか。すべてを語ることはできないが、納得できる説明をしなければならない。
5)北朝鮮が生存者を出してきても、被害者家族は「個別撃破」されるのを恐れる。だから「一括全員帰国」の方針を取る(政府の方針は「一括」ではない:有田注)が、それだと北朝鮮側は「全員死亡」に固執する。
安倍晋三元総理は「結局、解決とは、我々が向こう側に要求することに対して、彼らが我々を納得させてくれることではないか」と語ったという。
(※この項は船橋洋一『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル 下』文藝春秋、2024年 から)
安倍晋三元総理の結論の本音は北朝鮮の体制が変わることだった。トランプ政権を使って北朝鮮に圧力を加えることもその一環だっただろう。だがこの認識は日本側からのものであって、北朝鮮側の論理に立っていない。
北朝鮮も一枚岩ではない。権威主義国家でありながらも、人間社会である。たとえば横田めぐみさんを拉致したことを痛切に反省する指導部もいる。取り返しのつかない蛮行にいかに対応すればいいかを検討する金正日側近もいた。その流れがストックホルム合意へと結びついていった。
横田滋さん、早紀江さんも本音は「事実が知りたい」との思いで、亡くなった確証がない以上は生きていることを前提に闘い続けることだった。横田滋さんは合理的判断のできる父親だった。めぐみさんが「亡くなっていることもありうる」と思いながら、北朝鮮側から証拠が示されない以上は「生きている」と信じて行動してきたのだ。
2004年に「めぐみさんの遺骨」なるものが日本側に渡されたとき、DNA鑑定で別人のものとわかったが、骨壷に入っていた「歯」の存在を日本政府はいまだ隠蔽したままである。人間の生死が政治的に扱われることに、拉致問題の最大の問題がある。
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(本記事は有料メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』2025年2月14日号の一部抜粋です。続きをお読みになりたい方は、、初月無料の定期購読にご登録の上お楽しみください。このほか、1ヶ月単位でバックナンバーもご購入いただけます)
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