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石破首相の「致命的失政」か?自公立「大連立への布石」か?高額療養費見直し「二転三転」の真意を読み解く

石破首相が自身の判断ミスによって窮地に追い込まれたのか?あるいは自公立「大連立」に向け立憲民主党の顔を立てる深謀遠慮だったのか?本稿では元全国紙社会部記者の新 恭氏が、高額療養費制度の見直しをめぐる「二転三転」がもつ意味を解説する。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:高額療養費二転三転で国会混乱。石破政権は剣ヶ峰へ

なぜ石破首相の判断は遅れた?最初から分かっていた無理筋

3月8日の街頭演説で、国民民主党の榛葉賀津也幹事長は吐き捨てるように言った。

「止めるなら最初から止めればいい。決断が遅いしガバナンスが効いていない。右往左往して。これ大失態ではないか。予算をやり直すのなら103万円の壁もガソリン税もやればいい」

むろん、石破首相に向けた言葉である。高額療養費制度の見直しをめぐって二転三転し、ついにはその実行を断念した。野党からだけではない。与党のなかからも、批判の声が上がっている。

ガンや難病などで長い闘病生活を続ける人々にとって、どんなに医療費が高くついても自己負担に上限を設けてくれている高額療養費制度は大切な命綱だ。それなのに、政府はさしたる議論を経ず、患者たちの意見を聞くこともなしに自己負担限度額を引き上げることにし、新年度予算案に計上した。

あまりに拙速。あまりに理不尽。起案した厚労省の冷酷さと、それに異を唱えることもなく、むしろ奨励さえした審議会のお歴々にはあきれるほかはない。

当然、患者団体や野党から反発の声が上がり、石破首相は今年から27年まで3段階で限度額を引き上げるという制度案を二度にわたって修正した。それでも、今年8月の第一段階目の引き上げを実行する方針は変えなかった。

その内容を盛り込んだ新年度予算案は日本維新の会の助け舟で衆議院を通過し、衆議院の優越によって年度内成立が確定した。

ところが、なんと参議院に審議の場が移ったとたん、石破首相はあたふたと方針を大転換したわけである。

もちろん、そのこと自体は、患者にとって朗報だ。論語の「過ちを改めざるこれを過ちという」を持ち出すまでもなく、評価すべきであろう。だが、この政策が無理筋であることはとっくにわかっていたはずなのだ。

苦しむ患者を切り捨てようとした厚労省官僚と審議会メンバー

自己負担の限度額を引き上げる案は、厚労省が昨年11月15日、突如として全世代型社会保障構築会議の議論の俎上にのせた。口火を切った笠木映里氏(東大大学院法学政治学研究科教授)はこう語った。

「本日の議題になっていない点で恐縮ですけれども、この会議の改革工程表に記述された医療保険制度との関係で、高額療養費制度の基準の見直しというものがあります。これに関して、基準の引上げに向けた議論が進められているものと理解しております」

これをきっかけに、メンバーから関連する発言が相次いだ。この10年の間に高額な薬剤が次々と出ていることなどを理由に自己負担限度額の引き上げを妥当とする意見が多かったが、なかには「この10年間で世代を問わず世帯全体の所得は着実に上昇している」(増田寛也・ 日本郵政社長)という、ひどく庶民の生活実感にそぐわない意見もあった。

清家篤座長(日本赤十字社社長)はこう総括した。「持続可能な医療保険制度の構築に向け負担能力に応じた負担を求めるという観点から、速やかに検討に着手していただければと考えております」

その後、4回にわたる社会保障審議会・医療保険部会の論議を経て、見直し案が決定した。その間、わずか1か月。医療保険部会長、田辺国昭氏(東大大学院法学政治学研究科教授)は「見直すことの必要性、大きな方向性に関しては、皆様方の意見が一致していたという認識です」と締めくくった。

ひかえ目ながら反対らしき意見も出たが、なぜか置き去りにされた。議論が生煮えなのは明らかだった。

すべては事務局をつかさどる厚労省官僚のペースで進み、予定どおり新年度予算案に組み込まれた。この間、ガンや難病に苦しみ、多額の医療費負担を強いられている患者の声を聞く機会はついぞ設けられなかった。

「このままでは参院選で負ける」方針大転換のワケ

この案件の問題点が国会で取り上げられたのは今年1月末だった。朝日新聞の記事によると、批判を受けて石破首相は周囲に「凍結も考えざるを得ない」と語っていたのだが、厚労省や財務省が方向転換に抵抗したという。

そのため、3段階の限度額引き上げのうち、今年8月の第一段階だけを実施することに修正し、予算案が衆議院を通過したわけだが、今夏に選挙をひかえた参議院での質疑は石破首相に自民党内の“現実”を鋭く突きつける内容となった。

3月5日の参院予算委員会。自民党の佐藤正久議員は高額医療費制度の自己負担限度額引き上げについて、次のように石破首相の姿勢をただした。

「国民の理解が得られないと、そのまま夏の参議院選に跳ね返ります。18年前、なぜ負けたか。年金と社会保障ですよ、総理。とくに高額医療の総理方針は国民の理解を得られていません。先日、病院長が集まる会合があって参加してきました。患者がおカネで治療を躊躇したらどうする、国民の方を向かない自民党は国民政党というのをやめたほうがいいとまで言われ、散々でした」

石破首相は心理的に追い込まれた。実はこの日午前の審議でその伏線が敷かれていた。参考人として出席した全国がん患者団体連合会の轟浩美理事の発言だ。

「限度額引き上げが、多くの患者にとって大きな一撃となり、治療中断に追い込まれ、命を落とす患者が生まれてしまうことを強く危惧しております」

アンケートに寄せられた3600人超の声を直接渡したいと轟氏は訴え、石破首相との面会を求めた。野党議員がさらに面会を要求すると、その場の空気に気圧されたような石破首相の言葉が飛び出した。「けっこうです、うけたまわります

厚労省関係者が「面会して何もなし、というわけにはいかない」と頭を抱えたというが、まさにその通りだった。それから2日後の朝、石破首相は官邸で福岡資麿厚労相、加藤勝信財務相と会い、全面凍結の方針を決めた。午後からは、全国がん患者団体連合会の代表らに面会する予定になっていて、その前に手を打ったかたちだ。

参院選で不利になる条件をできるだけ排除したい自公の参院議員たちと、患者団体の代表と面会するにあたって、冷淡な態度を示すのを避けたい石破首相。そうした要素がからみあっての方針大転換だったといえる。

自公立「大連立」への布石と見るのは時期尚早

別の側面からは、自民党が高額療養費の引き上げ反対を強く打ち出してきた立憲民主党の顔を立てたと見ることも可能だ。裏交渉に長けた“国対族”の大物二人、すなわち自民の森山裕幹事長と立憲の安住淳衆院予算委員長の関係から連想されることではある。

だが、これがただちに自公と立憲との“大連立”への布石だと見るのは時期尚早といえよう。たしかに立憲民主党の野田佳彦(代表)、安住淳の両氏は元財務大臣であり、財務省と深いつながりがある。財務省が媒介となって、大連立へ向かう可能性が一部の専門家から指摘されている。しかしそれはあくまで、財務省にとって都合のいい形であるに過ぎない。

なにより、政策が違う。選挙協力も難しい。立憲にとっては「野党の存在意義」を問われ、かつての社会党のように衰退に向かう分水嶺となりかねない。

しかも立憲の党内は、江田憲司氏を中心とする減税派の議員がかなりの数にのぼり、野田主流派との間で対立が深まりつつある。緊縮財政路線で石破首相と気脈の通じる野田代表らが自公と大連立を組もうとすれば、党分裂のきっかけとなる可能性がないとはいえない。

「石破おろし」の狼煙が上がる

ともかく、高額療養費をめぐるドタバタ劇は石破首相にとって政権運営上、痛恨の一事となった。自民党内には石破首相の失点をあげつらい、「石破おろし」の大義、時宜をつかもうとしている面々がウヨウヨしている。

膨張する医療費を抑制したい政府の意図はわかるが、弱い立場の人々をさらなる窮地に追い込むような制度変更が世間に受け入れられるはずがない。石破首相とすれば、政権の危機管理上も、もっと早い段階で引っ込めておくべきだった。

それをしなかったばかりに、衆院で可決済みの新年度予算案をどう扱うかが難しくなった。野党5党の国会対策委員長らは、方針転換の経緯をただすため衆院に戻して予算委員会で集中審議を行い、再び予算案を修正するよう働きかけていく方向を確認している。不手際を追及する野党の動きはさらに強まるだろう。

石破首相の政策遂行能力への疑問符はますます大きくなった。3月12日に開かれた自民党参院議員総会では、積極財政派の論客、西田昌司議員から「今の体制では参院選を戦えない」と、首相交代を求める声が飛び出した。倒閣運動の狼煙が上がったと見るべきなのかもしれない。

【関連】石破首相が育てた「 #財務省解体デモ 」の本質とは?30代支持率で「れいわが自民を逆転」の衝撃。国民の怒り今夏限界点へ

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image by: 首相官邸ホームページ

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