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ネットで「すぐに疑問を調べる」という行為が“自分磨き”の機会を奪っているという事実

現代の社会では、指示されないと何も動けない”指示待ち人間”について、よくSNSなどで議論が交わされています。自己改革小説の第一人者である喜多川泰さんは、自身のメルマガ『喜多川泰のメルマガ「Leader’s Village」』の中で、わからないことをすぐに調べてしまうことがその弊害となっている可能性があるとして、ネットでは教えてくれないことも大切にすべきだと語っています。

『わからないから動けない』をやめる

スマートフォンが我々の生活に欠かせないものとなって数年しか経っていないが、このほんの数年間で、人の思考というのは大きく変わった気がする。

AIの進歩、世界中にアクセスし情報を入手できる環境、これらは、日常生活で我々が出会う素朴な疑問に対するアプローチの仕方や感情に変化をもたらしている。

総じて、人はせっかちになり、「わからない」という状態に対する耐性がなくなってきたように感じる。

「これってどうやったらできるの?」

「この趣味を始めるためには、最初に何を買ったらいいの?」

「あの土地を訪れたらどこのお店に行ったらいい?」

「この花の名前は?」

ちょっとした困りごとや、わからないことはネットで検索すれば即座に答えが手に入る。

若い人ほどその反応速度は早い。

家族で車に乗っていると、ほとんど僕が運転をすることになるが、運転中にちょっとした疑問や記憶が曖昧な知識について話をすると、いつも即座に後部座席から、

「それは〇〇だよ」

と娘が答えを言う。

もちろん瞬間的にスマホで検索する習慣があるからそうなるのだが、それは「便利」かもしれないが、一方で即座に答えがわからないことに対して考え続けるという習慣を奪っている可能性もある。

「私は何に向いてるの?」

とググってもそこには答えはないし、Siriに聞いてもわかるはずもない。

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僕の講演会によく来てくれるNさんから、数年前にある小冊子をいただいた。

それは、伊丹にある本屋さんブックランドフレンズの店長、河田さんとNさんのやりとりをまとめた「こんぶ店長の一言」という小冊子だ。

ちなみに河田さんは「こんぶ店長」と呼ばれている。

その中にこんなエピソードがあった。

Nさんがブックランドフレンズにいくと、こんぶ店長が、

「いいところに来た。手伝って」

とNさんに。

何をしているのかと思えば、どうやらサランラップが途中で二股に切れて端がわからなくなってしまったらしい。

その端を見つけるのに悪戦苦闘している最中だった。

Nさんは何気なく、

「ネットで調べてみますよ」

とスマホを取り出したんだけど、間髪入れずにこんぶ店長が、

「すぐに調べない!」

と一喝したんだそう。

そこから二人でラップの端をどうやったら見つけられるか、ああでもないこうでもないと試行錯誤を繰り返したというお話。

できるだけ早く問題解決をするのがいいことという価値観だと、ネットで調べるというのが一番いいのかもしれないが、一緒にあれこれ考える時間が楽しいという価値観だと、すぐにネットで調べるというのが一番ダメな方法だと言える。

こんぶ店長の「すぐに調べない!」という言葉に「はっ」とさせられるという人は多い。

それほど僕たちは、わからなければネットで調べるのが当たり前の日常に生きているとも言える。

「自分が何に向いているのかがわからない」

という悩みを抱える人は多いが、それが簡単にわかる人などいない。

だから、

「わからないから動けない」

という人は、いつまで経っても動けない人になってしまう。

どうして簡単にはわからないのか。

それは出会った人が教えてくれるものだからだ。

それも一人や二人じゃわからない。データが少なすぎるのだ。

自分が出会った何十人、何百人もの人たちから教えてもらってようやく、

「どうやら、自分はこれに向いているようだ」

ということがわかってくる。

そういう性質のものだ。

僕自身、自分が向いていることが何かを知るまでにものすごく長い時間がかかっている。

意外かもしれないが、いまだに作家に向いているかどうかも自分ではわからない。ただ、どうやら作家に向いているらしいとは思っている。なぜならこれまでに何千人という人たちから、

「本を書いてくれてありがとう」

「この作品を世に出してくれてありがとう」

という感想をいただいたからだ。それがなければ今でもわからないままだっただろう。

自分が思う「自分はこれに向いている」ことは、往々にして独りよがりであることが多い。

実はあまりそれに向いていないと周りは思っていたりする。

「私は学級委員やキャプテンなどみんなをまとめる役割に向いている」

と思い込んでいる人が、実はあまりいいリーダーじゃないという例を見たことがあるだろう。

先生という仕事も同じで、

「私は先生に向いている」

と思っている人ほど、生徒の生きる力を奪っていたり、考える力を奪っていたり、独善的に命令して、自分のやっていることで生徒が喜んでいると思い込んでいるということがよくある。

「自分では向いているかどうかわからないから必死で勉強して、成長しようとしています」

そういう人の方が、周りから「向いている」と言われるというのは、どの職業においても当てはまることだろう。

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どんな人でも誰かの何かを癒す力を持っているし、生きているだけで誰かの勇気や元気の源となっている。

もちろん、誰の何を癒せるか、誰の勇気や元気の源になっているのか、最初からそれがわかっている人はいない。

それを自分で知るためには、たくさんの人と出会って、出会った人たちから「ありがとう」をもらい続けるしかないのだ。

それを続けていけば、徐々に自分でもわかるようになってくる。

だから、自分が何に向いているかわからない人がやるべきことは一つである。

向いていることを見つけてそれを頑張ろうとする人生ではなく、今の自分にできることで、目の前の人をどうしたら笑顔にできるかを、今自分がいる環境で考え続けることだ。

高校生や大学生も同じだ。

今の自分にできることで目の前にいる人を笑顔にする方法を考える。

学校に行けば目の前に人がいるという時間は結構多く作れる。

電車の中、友人、授業の中の先生、同じ部活の仲間、家族、買い物をしたら店員さん…一日でたくさんの人と出会うが、今のあなたのできることでその中の何人を笑顔にできるだろうか。それを考える。

それが一人なら二人にできないか。二人なら三人にできないか。

そうやって考えて生きていると、そのうち、百人、千人になる日がいつか必ずやってくる。

人はそうやって時間をかけて、自分を磨いて、人と出会ってありがとうをもらって、自分を見つけていくしかない。

「自分探し」はここではないどこかに転がっているものではなく、今ここでたくさんの人に触れることで人から教えてもらうことだ。

毎日そうやってたくさんの人と会っているのに、「俺って何に向いてんのかな」「何やったら上手くいくんだろう(儲かるんだろう)」ということばかり考えて、今の自分にできることを磨こうとしなければ、いつまでたっても自分に向いていることなんて見つからないというのがなんとなく伝わったかな。

というわけで今週の一言。

自分が何に向いているかなんてわかるのは何十年も後。

だから、そんなことわからないままでいい。

とにかく、「今・ここ」で目の前の人を笑顔にすることを楽しもう。

早く答えがわかることがいいこととは限らないって僕は思う。

ちなみにサランラップの結末がどうだったのか気になるという方もいるかも。

いつか、ブックランドフレンズに行ってこんぶ店長に直接聞いてみてください。

え?早く知りたい?

いやいや、それを聞ける日を楽しみにするという生き方もいいもんですよ。

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image by: Shutterstock.com

喜多川泰この著者の記事一覧

1970年生まれ。2005年「賢者の書」で作家デビュー。「君と会えたから」「手紙屋」「また必ず会おうと誰もが言った」「運転者」など数々の作品が時代を超えて愛されるロングセラーとなり、国内累計95万部を超える。その影響力は国内だけにとどまらず、韓国、中国、台湾、ベトナム、タイ、ロシアなど世界各国で翻訳出版されている。人の心や世の中を独自の視点で観察し、「喜多川ワールド」と呼ばれる独特の言葉で表現するその文章は、読む人の心を暖かくし、価値観や人生を大きく変えると小学生から80代まで幅広い層に支持されている。

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【著者】 喜多川泰 【月額】 ¥880/月(税込) 初月無料 【発行周期】 毎週 金曜日

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