わが国の出生数が史上初めて70万人を切った。これに関して「仮に今の少子化対策が来年や再来年に劇的な成果を上げたとしても、その赤ちゃんが社会に出てくるのは22年後」と冷静に分析するのは米国在住作家の冷泉彰彦氏だ。これからの日本に必要なのは「人口減のペースを減速」させようとする従来型の少子化対策ではなく、「言語と移民」に関する国家百年の計であり、具体的な選択肢は3つしかないと指摘する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:言語と移民に関する百年の計をどう考える?
2040年「日本消滅」も?想定より10年も早いペース
日本の出生数低下が止まりません。
コロナ禍において「結婚式ができない」「出会いがない」といった理由で婚姻数が低下している――これは当時から指摘されていました。その結果、数年後には劇的に出生数が低下するであろうことは、ある程度予測できていたことです。
その一方、この理屈でいけばそろそろ回復が起きても良い頃だろう、という感じもありました。2022年に年間出生数が80万人を切ったわけですが、その2年後ぐらいになれば、少なくとも減り方は鈍るはずだろう、そんな感触です。
ところが現実には、2024年の出生数がなんと70万人を割り込み、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に出産する子どもの数)も史上最低を更新してしまいました。こうなると、年間の人口減少の加速は避けられません。
2024年の年間死亡数は161万人ですが、恐らくこれが加速していきます。団塊世代が多死ゾーンに入っていく中では、最大190万人という数字もあり得るところです。
すると、年間の人口減少が「190万人-60万人=130万人」などという恐ろしいハイペースになる可能性もあるでしょう。人口が1億人割れを起こすタイミングが、2050年ではなく2040年前後にまで繰り上がってくるかもしれません。
こうなると、問題を「少子化対策」の枠組みで狭く捉えるのはもうダメだと思います。つまり、「人口減を減速する」というテーマ設定では、もはや国の計画が立案できなくなっているのです。
日本に必要なのは「言語と移民」に関する国家百年の計だ
日本に必要なのは、従来の「人口減を減速する」という考え方ではありません。「国家百年の計」とでも言うべき、目指すべき全体像を考え、それを前提に全体の設計を組み直していく必要があります。
それは具体的には、言語と移民に関する戦略です。(次ページに続く)
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選択肢1:「移民を受け入れず、言語は日本語だけ」パターン
たぶん、判断のタイミングとしてはかなり「遅きに失した」感じではあるのですが、わが国には3つの選択肢があると思います。
1つ目は、「移民少なめ、言語は日本語だけ」という選択です。この場合は、このまま労働人口が減っていくトレンドを埋めることはできないので、基本的にいろいろな部分をあきらめることになります。
例えばですが、
(1)農業は一気に大規模化して、農地を集約し自動化も導入して改革する
(2)寒冷地の人口は除雪要員とコストが出せないので、都市に徹底して集積する
(3)福祉や介護、外食、保育、移動(交通)、サービスなどの要員はいないので、徹底的に自動化する
(4)人口過疎地が本当に人口ゼロ地帯になるので、ロボットやドローンの巡回やセンサーを張り巡らせることにより害獣を駆除、仮想敵からの工作員侵入を防止する
というようなことになるでしょう。
これはこれで「壮大な社会実験」ですが、特に(3)や(4)については、人間の命に関わる部分も含めて相当な部分を機械に任せることになります。そうなると、不正アクセスや、データ改ざんなどを許さないために、世界でもトップクラスのセキュリティのマネジメントが必要になります。
ただ、この場合、「本当に決定権限のある人が技術的に合理的な決定ができるのか?」が問われることになります。現在の中央・地方政府や企業の統治システムでは、この点に無理があるのです。
もっとも、仮に2026年ないし27年に少子化対策が爆発的な効果を挙げて、年間100万人の出生ペースに戻すことができたとしても、そのゾーンが労働力として社会参加するのには22年かかります。
つまり、2048年まで労働力が減り続けるのは確定しており、これを補って社会を維持していくためには、いずれにせよこの「壮大な社会実験」パターンでは、猛烈なロボット化と自動化を避けることはできません。
そこで問題になるのは、セキュリティのマネジメントだけでなくユーザー、つまり一般市民の意識改革です。猫型ロボットに配膳してもらい、AIに話し相手になってもらってOKということなら、かなりスムーズに進むかもしれません。
ですが、意外なところで人間というのは「手のかかる行動」をしてしまうことがあります。非常に意味のある、しかし決して楽ではない社会実験になるでしょう。(次ページに続く)
選択肢2:「日本語は維持しつつ、移民を大量に受け入れる」パターン
2つ目の選択肢は、「とにかく日本語は維持するが、移民は劇的に導入する」というものです。
移民は人口の20%ぐらいまで入れる、その代わりに日本語の能力試験を行って失格になると在留期間が切れてしまうなどの規制をかける。そのようにして、日本語圏を守る――という施策です。この選択肢を取った場合、わが国はどうなるでしょうか?
何も考えないで、なし崩しに進めた場合、上記に加えて「日本語の徹底は大甘」になってしまうと思いますが、いずれにしても、この「日本語維持+移民多め」という選択肢は、わが国にとって悪手になりそうです。
まず、全世界に移民予備軍がいるとします。具体的には自国を出て、より多くの収入を得たいというグループです。その多くは、英語を学んで英語圏を目指します。例えば、目指す先としては、北米、EU、東南アジア、南アジアといった地域があります。中東もその中に入ろうとしています。
仮に日本が「日本語維持の移民政策」を取った場合には、移民予備軍の中の「英語圏を目指さないグループ」が母集団になります。その集団には「日本のカルチャーなどに魅せられて、日本が特に好き」という人もいるかもしれませんが、もとが「生活のためにどうしても移民したい」というグループですから、「英語圏を目指さない、または目指せない」けれども「日本文化は好き」という人は非常に少なくなると思います。
そうなると、とにかく「英語圏には行かないし、行けない」グループが移民の母集団になるわけです。さらに今後、日本円がどんどん価値を下げていって、日本の人件費が劇的には上がらない場合には、教育水準や職業技能などの面で劣るグループだけが日本を目指すことになります。
そうなるとこの移民は、いったん入国したとしても、日本語の能力審査は辛うじてパスするだけで、日本文化への関心は薄く、スキルも薄いので低賃金の仕事を担う――という形での社会参加になります。
結果的に、彼らは母国語と母国の文化を強く維持し、自分たちのコミュニティを形成するので、日本社会の分断が進むことになります。これが一定程度以上進むと、社会の安全維持コストなどが上昇するとともに、日本人による移民排斥運動なども起きて、社会不安が生じる事態ともなりかねません。(次ページに続く)
選択肢3:「日本を準英語圏にして、英語話者の移民を受け入れる」パターン
そこで、3つ目の考え方として、「ビジネス言語を中心に日本全体を準英語圏入りさせて、移民も英語話者を優先し、そのうえで日本文化と日本語の習得も義務付ける」という方法があります。
つまり英語圏の国として、英語で高等教育を完了した人は日本に入れる、ただし日本語と日本文化の理解は必修とする――という制度設計です。
別に欧米圏からの移民でなくても構いません。アジアからでもいいので、とにかく英語話者を入れ、英語話者が活躍することで、日本経済もよりグローバル経済にアクセスできるようにするのです。
こうすると何よりも、教育水準と生産性で一人当たり先進国レベルの「稼ぎ」を持ち込んでくれることから、ダイレクトに日本経済への寄与が期待できます。
具体的には、金融、法務、コンピュータソフト、中の上の製造業管理監督などの人材です。場合によっては、特に日本に近い英語圏の諸国とは、相互に労働許可の開放をしても良いかもしれません。
このパターンでは、移民の増加によって各国語のバラバラなエスニックのコミュニティができたり、治安維持に協力しない層が生まれるなどの壊滅的な現象は起きにくいと思います。
ということで、「人が少くなるぶんを徹底して機械が担う、という壮大な社会実験を行う」のか、それとも先進国経済を維持するため、「先進国レベルの生産性を持っている英語話者を大量に迎え入れる」のか、日本が現実的に取り得る選択肢はこの2択になるのではと思います。
なし崩し的に、人が足りないからということで「建前は日本語だけの社会」を維持しつつ、実際は「英語圏に向かわない(向かえない)層の移民」をジャンジャン入れるというのは、国家百年の大計として最も避けなければならない大悪手だと考えるのですが、いかがでしょうか?
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※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年6月10日号「言語と移民に関する百年の計をどう考える?」の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「通勤手当や労災保険の将来を考える」「ロス暴動(?)と軍隊出動のドラマ、ほぼ想定内の筋書き」や人気連載「フラッシュバック80」もすぐに読めます。
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