日本側に不自然な対応。岸田総理の北朝鮮電撃訪問が実現しなかった理由
「評言独語」(64号、2024年4月5日)の該当部分を再録する。
▼岸田総理が北朝鮮の平壌を電撃訪問するかもしれない。そんな情報が駆け巡ったのは3月初旬のことだ。「3月後半に日程を入れないで欲しい」と岸田総理が事務方に依頼したからである。政治部記者などが緊迫したのは、昨年から日朝交渉の動きがあったからだ。2023年3月と5月に拉致対策本部の幹部が東南アジアの都市で北朝鮮関係者と秘密接触を行っていた。日本側は岸田総理の訪朝と金正恩総書記との会談を実現するために、「総理直轄のハイレベル協議」を北朝鮮側に提案していた。岸田総理が2023年5月23日の拉致問題解決を求める国民集会で、北朝鮮側と接触していることを秘して、日本政府の方針を語ったのは、そんな伏線があった。 北朝鮮側はその2日後にパク・サンギル外務次官が声明を出した。この反応の早さは水面下接触の「成果」だった。日本のメディアは声明にある「朝日両国が互いに会えない理由がない」という部分だけを過大に評価し、日朝首脳会談への期待を報じた。しかし、その前段には「大局的姿勢で新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら」とある。しかもコメントの最後はこう締められている。「日本は、言葉ではなく実践の行動で問題解決の意思を示さなければならない」。日本側にボールは投げられたのだ。 ▼それから約7か月後、2024年1月1日に能登半島で大地震が起きた。1月5日、金正恩総書記が岸田総理を「閣下」と表現してお見舞い電報を送った。きわめて異例のことだ。さらに2月15日には金与正朝鮮労働党副部長が談話を発表、「拉致問題は解決済み」と従来の主張を繰り返し、拉致を障害にしないなら岸田総理の訪朝もありうるとした。「個人的な所見」とされたが、北朝鮮の国家体制でそんなことがありえるはずもなく、そこには金正恩総書記の同意があったと見なければならない。16日には林官房長官が北朝鮮の談話に留意するとした。北朝鮮側からの揺さぶりはさらに続く。3月25日には再び金与正談話が出た。核心部分は2月15日談話を踏襲したものだが、注目するのは「最近も岸田首相が他の異なるルートを通じて可能な限り早いうちに」金正恩総書記に会いたいと伝えてきたとある。これまでの拉致対ルートではなく、外務省が動いたのだろう。談話は「日本の実際の政治的決断」を促し、「単に首脳会談に乗り出すという心構え」を批判した。岸田総理が国内政治に日朝交渉を利用せんとしていることを見抜いているのだ。それに対して林官房長官は25日の記者会見で「拉致問題が解決されたとの主張は全く受け入れられない」と答えた。ここから北朝鮮側の異例な対応がはじまる。26日に金与正副部長が再び談話を発表、「前提条件なしの日朝首脳会談」を北朝鮮側に要請してきたのは日本であることを強調し、こう結んだ。「わが政府は、日本の態度を今いちど明白に把握したし、したがって結論は、日本側とのいかなる接触も、交渉も無視し、それを拒否するということである。朝日首脳会談は、われわれにとって関心事ではない」。 ▼3月27日には林官房長官が記者会見で、これまでの発言を変化させ、「諸懸案の解決への政府方針はこれまで説明したとおりだ」と語った。日本政府に対してさらに追い討ちがかけられる。28日に李龍男中国滞在朝鮮大使は、日本の北京大使館が北朝鮮大使館参事にEメールで接触を求めてきたことを明らかにし、北朝鮮政府は日本側の「いかなるレベルでも会うことはない」と談話を出した。北朝鮮側の対応は終わらなかった。29日には崔善姫外相が、「われわれは、日本がいう、いわゆる『拉致問題』に関連して、解決してあげることもなければ、努力する義務もなく、またそのような意思も全くない」とし、「対話はわれわれの関心事ではなく」「日本のいかなる接触の試みも許さないであろう」とする談話を出した。
北朝鮮トップに近い金与正副部長は短期日になぜ論評を変更したのだろうか。権力内に前のめりに対する批判があったのではないかとの見方があったが、そうではなかった。問題は至って単純かつ明解だった。
24年2月15日の金与正談話、26日の林官房長官による「留意」談話、3月25日の金与正談話、26日の林官房長官による「受け入れることはできない」談話、その日のうちの金与正「交渉拒否」談話へと続く。
北朝鮮トップ筋の前向き発言に対して林官房長官が旧来のコメントを出したことが、日本政府との交渉をいっさい断つという方針への転換となったのだ。北朝鮮側にすれば「非公式協議で言っていたこととまったく違う」からだ。
石破茂政権でも「連絡事務所」構想を封印し、元国会議員による北朝鮮との接触の動きはあるが、大きな流れに結びつく条件はない。北朝鮮筋は「すべて日本政府に原因がある」と厳しい。
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