ウクライナやガザをはじめ、世界各地でやむことのない戦火。停戦への試みはなされているものの、その努力が実る兆しすら見えないのが現状です。なぜ国際社会は一般市民の命が犠牲になり続ける紛争を止めることができないのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、戦争が各国の「カネ儲け」となっている現実を紹介。さらに自らが関わる調停の場にも「交渉を妨害する人々」が存在する事実を明らかにしています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:戦争ビジネスの躍進が阻む戦争の解決-リーダーたちの迷走と拡大する悲劇の輪
戦争ほど容易な商売はない。武器ビジネスの跋扈で失われる市民の命と拡大する悲劇
「何故トランプはプーチンに50日間も戦闘やり放題の猶予期間を与えたのか?」
ウクライナに対するパトリオットミサイルの追加供与の発言に加え、トランプ大統領はプーチン大統領に対し「停戦に応じない場合には100%の対ロ関税を発動する」と圧力をかけました。
ただプーチン大統領がすでに出席を約束している、9月3日に北京で開かれる“戦勝80周年記念式典”の前日である9月2日を返答期限とするという、不思議な条件を付けています。
この9月2日までが実際にここでいう50日間の猶予ということになります。
トランプ大統領は、大統領就任前には就任後24時間以内と宣言し、当選後にそれが6カ月以内に延期されましたが、その6カ月も今週末に迎えることになります。
しかし、一向にロシア・ウクライナ戦争の終息の見込みは立ちません。
当初はウクライナによるサプライズ攻撃などを「停戦協議をダメにするもの」とやり玉に挙げていましたが、ここ最近、まさに暖簾に腕押し状態のプーチン大統領のコミュニケーション術に対して非難の矛先を向けて、“停戦”が当初思い描いたようにいかないことへの苛立ちを表現しています。
ところで、50日間の猶予なるものを突き付けられたロシア政府ですが、一向にこの猶予をまともに捉えて焦る素振りはなく、メドベージェフ前大統領からは「お決まりのブラフに過ぎない」とスルーされ、プーチン大統領からは一切反応がありません。
まるでアメリカ政府からの“脅し”をコケにするかのように、ロシアはウクライナへの攻撃をさらに激化させ、弾道ミサイルと無人ドローンによる攻撃が首都キーウをはじめ、ウクライナ全土を襲い、ウクライナ東南部ではさらに支配地域を拡げています。
ロシア軍のこれまでの損失も100万人単位に上っているという最新の情報がありますが、それでも今なお、戦況はロシア軍有利に傾いていることは変化が見られないようです。
それをひっくり返したい意図と、ロシアに対する圧力という意味で、トランプ大統領はウクライナが再三求めてきたパトリオットミサイルの追加供与を“約束”したのですが、このやり方がちょっと微妙で、「アメリカはパトリオットミサイルを製造はするが、それをNATOが購入してウクライナに渡す」という“儲け話”に変わってしまっていることが気になります。
ワシントンDCを訪れているルッテNATO事務局長は歓迎の意向を示していますが、果たして欧州のNATO諸国がそれに合意するかどうかは不透明です。特に対ウクライナ支援にあまり乗り気でない国々と、トルコのように自前で供与してしっかりと戦争から利益を得ている国や、常にロシア寄りの姿勢を貫くハンガリー(オルバン首相)が同様に前向きな姿勢を示すかどうかは不明です。
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ノーベル平和賞を諦めきれないトランプが狙うビックディール
そしてアメリカが直接に供与するわけではないという点は、パトリオットミサイルの追加供与が迅速に行えるかどうかという懸念を抱かせます。
特に先述の“50日間の猶予”のタイミングと比してどうなのか、つまりNATO経由の支援が間に合うのかが不透明と言わざるを得ないでしょう。
その点で、ロシアが慌てるような事態にはまだなっておらず、どこかでまだトランプ大統領がロシアのプーチン大統領との“特別な関係”を切る決断が出来ず、そして下世話な話ではありますが、イスラエルのネタニエフ首相がワシントンDC(ホワイトハウス)に持参したノーベル平和賞へのノミネートに対する色気に現れるように、何とか張りぼてでもビックディールを成立させたいという思いがあるように見えます。
本来の目的であったはずのロシアとウクライナ間の戦争の終結・停戦が、気が付けばアメリカの軍需産業を潤す利益誘導にすり替わっているようにどうしても見えてしまいます。
その矛先はNATO経由ウクライナのみならず、イスラエルの防衛システムの拡充と、あわよくばイランの脅威を煽って、サウジアラビア王国をはじめとするアラブ諸国への武器・弾薬・防衛システムの売り込みによる利益拡大、つまりアメリカへの利潤の還流です(そして自ら種を蒔いてしまった関税による不利益を相殺するための材料探しです)。
これまでのところ、イスラエルの暴走(アメリカの意図とは異なる)の“おかげ”もあり、アラブ諸国がイランと決別して、再度、対立構造が出来、イスラエル包囲網の成立を阻むというシナリオは成立するどころか、トルコも含めた地域の国々の反イスラエルの感情と体制を強化させる結果になっています。
その典型例がトルコです。
世界を驚かせたイスラエルとイランの「12日間戦争」(トランプ大統領がそう呼ぶ)において、イスラエルの空中発射型弾道ミサイル(ALBM)がイランの防空システムの破壊に成功した事例を目の当たりにし、トルコ政府は一気に防衛能力の大幅な強化に乗り出すことを発表しました。
皆さん、ご存じの通り、トルコはすでに防空システムを有し、さらには弾道ミサイルも多数保有するだけでなく、表現は悪いですが、NATO(アメリカ)の核兵器を領内に配備していることもあり、地域における軍事大国の地位を確立しています。
そしてナゴルノカラバフ紛争中にアゼルバイジャンに供与した無人ドローンや諸々の兵器、そしてウクライナに対してはドローン兵器を売りつけ、毎年2月にはイスタンブールで軍需産業の国際博覧会・フェアを開催するなど、世界有数の軍事産業を有する国となっています。
LAWS(自律型致死兵器システム)の世界のトップ3に君臨するだけでなく、短距離弾道ミサイル、準中距離弾頭ミサイル(MRBM)の開発も進み、さらには短距離から長距離の一連の防空システムを開発・配備ずみと言われており、今後、世界の不安定化の高まりに合わせ、一気に世界有数の武器の輸出国に躍り出ることも予想されます。
トルコと言えば、ほぼ等間隔でロシアとウクライナと“友好的な関係”を有し、現在も2国間の直接協議のお膳立てをしていますが、ロシアにもウクライナにもちゃんと武器・弾薬を売りつけ、人道的な被害が拡大する中、しっかりと戦争から儲けることも忘れていません。
また皆さんご存じの通り、国策とはいえ民間企業が行うアメリカの軍需産業の形式とは異なり、ほとんどの軍事産業の企業は国営またはそれに準ずる形式をとるトルコは、国が本格的に方針も決める姿勢を明確にしていますので、エルドアン大統領が行う紛争に対する諸々の発言の背後には、必ずと言っていいほどトルコの軍事ビジネスの匂いが充満しています(このようなことを言うと、また近々叱られるかもしれませんが)。
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今後の国際情勢に大きな影響を与えるトルコの動向
エルドアン時代のトルコが上手なのは、中国やロシアからの技術供与を受けて弾道ミサイルの開発に乗り出し、同時にNATO加盟国の地位を上手に利用して、アメリカやフランスからも地対空ミサイルシステムのノウハウを受けて自国の防衛能力を拡大・強化するのみならず、同時に技術を国産化して武器の輸出国というステータスも築いて、表では外交による調停・仲介に乗り出しつつ、並行して“戦いを続けるための兵器”を交戦国に提供しています。
欧米諸国がウクライナ支援を思いとどまるときにも、トルコは水面下でウクライナの対ロ継戦能力を下支えすべく武器を売り続け、同時にウクライナに無人ドローン技術の提供まで行って儲け口を維持していますし、ナゴルノカラバフ紛争の際には、同じトルコ系の国であるアゼルバイジャンを全面的に支え、アルメニアを完膚なまでに叩く材料を与えながら、見返りとしてちゃっかりアゼルバイジャンのエネルギー権益を得て、戦争が至る所で起きる中、しっかりと利益を獲得することに成功しています。
現在、トルコでは多層型防空システムであるスチール・ドーム構想が急ピッチで進められていますが、これは直接的な仮想敵国はイスラエルですが、防衛システムのみならず、しっかりと攻撃能力も高めており、イスラエルとの交戦という最悪のシナリオにも備えています。
そのような中、12日間戦争でイランの防空能力がイスラエルに砕かれたことを逆手に取り、反イスラエルの立場で協力して、イランの軍事力を高めることに尽力するのではないかとの読みがあります。
その背景には、対イスラエルで前面に立つことなく、イランを前面に押し出しつつ、イランの防空能力に加え、弾道ミサイルによる攻撃力を高めることで、間接的にトルコの防衛力強化に結びつけようという狙いが透けて見えてきます。
ここでカギとなるのが、イランと水面下で協力することで、反イスラエルの立場を鮮明にするという外交姿勢を示すと同時に、中国そしてロシアとの技術協力の強化が進み、地域におけるトルコの影響力が高まるというシナリオの存在です。
NATOの一員でありつつ、ロシアや中国ともポジティブな関係が存在し、技術・経済的なパートナーシップが成り立っています。
かつてのように軍事面での協力体制もありますし、ロシアによるウクライナ侵攻の際には、トルコは制裁に加わることなく、ロシアとも分け隔てなく付き合うことを選んだため、現在の複雑な国際情勢下でも特殊な立ち位置を保つ要因になっています。
ハンガリーと共にNATO内で行き過ぎた反ロシア政策にストップをかけ、トルコのEU入りを実質的に諦めた結果、EU諸国が頭を悩ます難民を巡る措置をカードに、対EUでの交渉力、および反トルコ政策に対する抑止力を確立していると言えます。
イスラエルに対する厳しい態度は例外と言えますが、ほぼ全方位外交を展開して、混乱が極まる国際情勢におけるハブ的な立ち位置を得ているように見えます。
じわじわと回復しているトルコ経済、伸び続ける軍事力と軍需産業の影響力、ロシア・中国組と、アラブ全体、そしてNATOの枠組みを通じた緊張感を保ちつつも有効な関係を維持する欧米社会とのつながり、そしてスタン系の国々をはじめとする中央アジアにおける影響力の拡大を兼ね備える中、トルコの動向が今後の国際情勢に対して大きな影響を与える可能性が高まります。
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パワーハウスとしての再興は望めない凋落を極める欧州
その半面、凋落を極めているのが欧州各国です。経済的なスランプに加え、トランプ大統領による攪乱と恐らく可能なまでのトランプシフトによって、欧州の安全保障をまだアメリカの動向・意向に依存する体制から抜け出せず、国際情勢におけるパワーハウスには成り切れていません。
フランスやスウェーデンなどはまだ高いレベルの軍事産業を抱え、最近発表されたようにフランスと英国が共同で核の傘を欧州全域に提供するという独特の影響力は残っているものの、完全にアメリカ離れもできず、方針が固まらないまま、ロシア・ウクライナ戦争の長期化は、欧州各国のimmobilityを浮き立たせ、首脳によるキーウ訪問やゼレンスキー大統領の招待など、外交面でのパフォーマンスはアピールするものの、同じような等距離戦略を米ロ中に対して取ってみても、トルコのようなポジティブな緊張感を作り出せていないのが現状だと思います。
フランスのマクロン大統領は就任当初から欧州独自の安全保障体制の構築を訴え続けてきましたが、最近まで他の欧州各国からの支持は受けられず、やっとメルツ政権になってドイツが積極的な方針を取るものの、NATO事務局長のルッテ氏のようにアメリカとの距離を縮め、アメリカへの安全保障の依存姿勢を変えたくない勢力や、独自安全保障の創立によるネガティブな経済的な影響を懸念する勢力が乱立するため、欧州が結束して実質的な影響力を発揮する場面はしばらく見ることができないかと思われます。
非常に能力の高い軍事産業を持つ地域体ではありますが、方針が一本化できるまでは、パワーハウスとしての再興は望めないというのが私をはじめ、多くの方たちの見立てです。
いろいろなところでデリケートな安定が崩れ、大小さまざまな紛争・内戦が勃発していますが、一般市民が苦しみ大きな被害に見舞われる中、なかなかそのような戦いを止めようという政治的な機運が起きないのはなぜなのでしょうか?
欧米諸国とその仲間たちは「法による支配の尊重」を掲げても、戦争ごとにダブルスタンダードを露呈しますし、多くが世界有数の軍事・軍需産業を抱える国で、停戦を訴える米国も、世界のweapon systemsを牛耳る地位ゆえに、戦争が長引けば長引くほど、様々な関係産業が潤うという構造が出来ていますので、本気で止めに行っていません。
ロシアはウクライナへの侵攻という国際法違反を侵し、広範囲で経済制裁に直面したものの、反欧米を掲げる国々の協力を得て経済的なネガティブインパクトが少なかったと言われていますが、ロシア経済を支える要因の一つが、戦時下経済における軍事産業への緊急投資を通じた雇用の創出・維持であり、アフリカ諸国を中心に行われている数々の内戦当事者への武器販売、旧ワグネルによる鉱脈の掌握などを通じて得ている隠れ収入です――(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年7月18日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
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