【没後10年】アンクルトリスの生みの親・柳原良平が遺した“唯一無二のモダニズム”を作品集と横浜で

2025.08.26
by gyouza(まぐまぐ編集部)
新規プロジェクト-12
 

サントリーテレビCMで今も活躍するウイスキー・ハイボールのキャラクターといえば、言わずと知れたアンクルトリス。とんがった鼻に坊主頭、目尻のシワに大きな口、そしてお酒を飲むと赤くなる顔で長年人気のオジサンです。

日本人に愛され続けているこの個性的なキャラを生み出したのが、元サントリー宣伝部に所属のイラストレーターであり画家、そしてデザイナーとしても活躍した柳原良平(やなぎはら・りょうへい)さん(1931-2015、享年84歳)です。

柳原良平さんが生み出したキャラクター「アンクルトリス」のピンバッヂ

柳原良平さんが生み出したキャラクター「アンクルトリス」のピンバッヂ

8月17日で没後10年を迎えた今年、これまでの仕事を一同に集めた展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」(於:横浜みなと博物館)や全活動を総覧する作品集『柳原良平 仕事と作品(玄光社 刊、税込3,630円)も刊行されるなど、柳原さんの遺した功績に再び注目が集まっています。大好きなお酒を仕事にしながら、長年住み暮らした横浜の街を愛し続けた柳原さんとの思い出と展覧会、作品集について、生前の柳原さんと共に3冊もの書籍を作ったという編集者の田端宏章氏が綴ります。

アンクルトリスから船の絵本まで。柳原良平の全活動を総覧する作品集が刊行

今から20年以上前の2002年8月、私は初めて柳原良平先生とお会いしました。まったく面識もないイチ編集者の私は、どうしたら良平先生に作品集の企画を提案できるか考えたあげく、ご連絡先を運良く入手することができたため、手書きのお手紙を出してからお電話をおかけすることにしました。つまり、コネも何もないまま「当たって砕けろ」で良平先生に直談判したのです。では、なぜ私が2000年代初期に「柳原良平」の作品集を企画したのか、その理由を少しだけお話しさせていただきます。

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんの生前のポートレイト

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんの生前のポートレイト

サントリー(旧壽屋)時代をはじめ、その後に独立してイラストレーター・デザイナーとなった良平先生のお仕事が戦後日本に与えた影響は計り知れず、テレビCMや児童書、絵本、そしてポスターから企業ロゴ、書籍の装丁に至るまで多岐にわたっています。また、黎明期のアニメーションの世界でも実験的な名作を遺しており、単なるイラストレーターにとどまらない活躍は多くの人々の脳裏に焼き付いています。しかも、切り絵によるシャープな線とデフォルメされた造形、さらに思いもよらないような色彩感覚と構図など、その芸術性の高さは「広告宣伝美術」の枠を超えた魅力と価値があります。

『柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より、切り絵の制作過程

柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より、山口瞳「男性自身」シリーズの挿絵用の切り絵

『柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より

柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より、テレビコマーシャルのページ

そんな良平先生のお仕事を、自分も含めた若い世代の人たちに知ってもらいたいと思った当時20代の私は、親戚とともに立ち上げた出版社DANVO(ダンボ)から、海外の人が見ても通じるような良平先生のイラストレーションとCMの画像だけを載せた作品集『Ryohei Yanagihara』を企画しました。

『Ryohei Yanagihara』(DANVO刊、2003年、絶版)

『Ryohei Yanagihara』(DANVO刊、2003年、絶版)

良平先生はお電話で「ボクの本なんか出したって売れないからやめたほうがいいヨ!」とおっしゃって、最初はお断りされました。しかし、諦めきれない私は二度目のお手紙を出し、いかに良平先生の作品が重要であるかを延々と綴って、再びお電話をおかけして、ようやくお会いすることができたのです。この経緯については、このたび良平先生の没後10年の日に刊行された『柳原良平 仕事と作品』の中に寄稿という形で詳しく書かせていただきましたので是非お読みいただけますと幸いです。

『柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)

柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)

第一弾の作品集『Ryohei Yanagihara』を無事に刊行することができた私は、良平先生の知られざる顔である「ブックデザイナー」いわゆる装丁家としてのお仕事だけをフューチャーした作品集を、第二弾として手がけました。それが『柳原良平の装丁』です。

『柳原良平の装丁』(DANVO 刊、2003年、絶版)

『柳原良平の装丁』(DANVO 刊、2003年、絶版)

この度、良平先生の没後10年という節目の年に刊行された『柳原良平 仕事と作品』には、そんな良平先生の知られざる装丁作品が数多く掲載されています。私が編集した装丁作品集が絶版となった今、これだけたくさんの装丁のお仕事を一望できる機会は他にありません。サントリー時代の盟友・山口瞳さんの書籍をはじめ、言われなければ良平先生の装丁だと気づかないほど洗練されたモダンなデザインまで、イラストレーターにとどまらない才能とセンスをぜひご堪能いただければと思います。

『柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より

柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より

さて、良平先生といえば、アンクルトリスの次に有名なお仕事が「船」に関するものです。幼少期から船が大好きで、模型作りから水彩画、油彩、そして切り絵や版画など、あらゆる手法で船を描き続けました。趣味が高じて出版された、日本初の「趣味としての船の本」として知られる『柳原良平 船の本』シリーズは、船マニアとして知られる森田一義ことタモリさんも少年時代から愛読していた本としても有名です。この本を出版後、良平先生は船会社からの依頼で、長年の念願叶って船の画家、船のイラストレーターとしても活躍することになります。船好きだからこその正確さ、そして船好きにしかできないデフォルメ表現は唯一無二と言えるのではないでしょうか。

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんが船会社からの依頼で作成したポスターや紙袋のお仕事

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんが船会社からの依頼で作成したポスターや紙袋のお仕事

さて、そんな良平先生は、イラストレーター、装丁家、画家だけでなく、グラフィックデザイナーとしての才能もあり、数多くの名作を残しています。例えば、商船三井のコンテナに描かれたアリゲータマークは、良平先生の描いたワニが採用されています。

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんが商船三井からの依頼で作成したアリゲーターマーク

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんが商船三井からの依頼で作成したアリゲーターマーク

また、同じく商船三井の仕事として依頼された海外向け日本観光をPRする1960年代のポスターなどは、今見てもグラフィックデザインとして大変優れたデザインです。この作品は、先ごろ刊行された『柳原良平 仕事と作品』にも掲載されています。

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんが商船三井からの依頼で作成したポスター。原画と並べて展示されている

横浜みなと博物館で開催中の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」会場より、柳原良平さんが商船三井からの依頼で作成したポスター。原画と並べて展示されている

良平先生といえば、サントリーのトリスウイスキーのキャラクターであるアンクルトリスで有名ですが、その中でも「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」は、当時の流行語にもなったほど有名な、日本広告史に残る名作です。

『柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より、左上が「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」のポスター(1961年)。コピーは山口瞳によるもの、日本人にとってハワイは憧れの観光地だった

柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)より、左上が「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」のポスター(1961年)。コピーは山口瞳によるもの、日本人にとってハワイは憧れの観光地だった

そんな良平先生と私の最後の仕事は、今までの船と酒と仕事の人生を振り返った神奈川新聞の連載を大幅加筆した半生記『良平のわが人生』(DANVO 刊、2005年。如月出版より『柳原良平のわが人生』というタイトルで2017年に復刊)でした。この本は、幼少期から2005年までの良平先生の人生が、ご本人の言葉で丁寧にまとめられており、今読んでみてもいろいろと示唆に富んだ一冊だと思います。

『良平のわが人生』(DANVO刊、2005年。2017年に如月出版より『柳原良平のわが人生』のタイトルで復刊)

『良平のわが人生』(DANVO刊、2005年。2017年に如月出版より『柳原良平のわが人生』のタイトルで復刊)

3冊の本を出版している最中はもちろんのこと、出版した後も良平先生とは横浜や広島のホテルやバー、あるいは新幹線の中などで何度となく盃を交わし、船の話やサントリー時代のことなど、あらゆるお話を聞かせていただきました。そのときの思い出話も『柳原良平 仕事と作品』に書かせていただいています。

今回、没後10年を経て刊行されたこの『柳原良平 仕事と作品』には、良平先生の作品だけでなく、詳しい年表や関係者によるコラムも掲載。私が編集に関わった本にはまったく収録されていない貴重なグッズ、原画、コマ漫画作品、そして絵画や版画まで、膨大な量のお仕事の軌跡が収録されています。「アンクルトリスの柳原良平」しか知らない方こそ、ぜひ広範囲にわたる仕事の数々と、長年住まわれていた横浜という街への貢献、横浜の仕事、そして横浜愛を感じていただけたらと思います。

横浜市観光協会ポスター(1981年)

横浜市観光協会ポスター(1981年)

天国の良平先生は、雲の上の船に乗りながらお酒を片手に笑顔で作品集や展覧会を眺めているに違いありません。作品集『柳原良平 仕事と作品』を眺めて作品に直接触れたくなったら、どうぞ横浜の展覧会「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」」にお出かけになってみてください。(田端 宏章 編集者)

作品集

『柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)

柳原良平 仕事と作品』(玄光社 刊、税込3,630円)

 

展覧会

横浜みなと博物館「柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリス・そして横浜」

aaeaa91d7ac51408c83100b52589ba08-424x600

0d2f332163b1eeebe967dc44d89fbc81-424x600

今年、2025(令和7)年は2015(平成27)年の柳原良平逝去から10年の節目の年となります。本企画展では、柳原良平が人生をかけて愛し、創作活動の核とした「船」、そして柳原の名前が広く知られるきっかけであり、現在でも親しまれている「アンクルトリス」、32歳の時に「船が見える場所に住みたい」と転居し、その後半世紀以上を暮らした「横浜」を描いた作品を展示します。

柳原は生涯船を愛し、自らの分身のようなアンクルトリスを描き、そして横浜を母港として暮らし、生きていました。

柳原良平を知ろうとするとき、「船」「アンクルトリス」「横浜」のどれもが柳原をかたちづくるもの、そして柳原良平の多彩な仕事の中心になるものです。

本展では初公開作品、そして本展に向けた調査の中で発見された作品も多くあります。柳原良平をかたちづくる多彩な作品をお楽しみください。

■企画展情報

柳原良平没後10年 企画展「柳原良平をかたちづくるもの―船・アンクルトリスそして横浜―」

会期:2025年8月9日(土)― 10月13日(月・祝)
休館日:月曜日。ただし祝日にあたる場合は開館し、翌日休館。8月12日(火)、9月22日(月)は特別開館
会場:横浜みなと博物館特別展示室
開館時間:10:00~17:00
入館料:一般500円、小・中・高校生200円、65歳以上400円 ※常設展示室も見学可。
主催:公益財団法人 帆船日本丸記念財団
助成:みなとの博物館ネットワーク・フォーラム
協賛:株式会社ありあけ サントリーホールディングス株式会社 株式会社美術著作権センター 株式会社商船三井 みなとみらい21熱供給株式会社
柳原良平作品鑑定委員会 株式会社横浜銀行 横浜高速鉄道株式会社 株式会社横浜国際平和会議場(パシフィコ横浜) 横浜ベイサイドマリーナ株式会社
特別協力:株式会社サン・アド
後援:神奈川新聞社 公益財団法人 日本海事広報協会 一般社団法人 横浜港振興協会 横浜市港湾局 NHK横浜放送局 tvk(テレビ神奈川)

print
いま読まれてます

  • 【没後10年】アンクルトリスの生みの親・柳原良平が遺した“唯一無二のモダニズム”を作品集と横浜で
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け