「蒸気機関の発明」以来のインパクトとも評される生成AIの登場。多くの仕事がAIに取って代わられつつある事は認めざるを得ない状況にありますが、その波は最新の情報工学を専攻した人材にまで及んでいるといいます。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著名エンジニアの中島聡さんが、アメリカでコンピュータ・サイエンスを学んだ新卒生たちが置かれつつある現状を取り上げた記事を紹介。その上で、日本の企業で職を得ているすべての人間に対するアドバイスを提示しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:AIによる仕事の消失が、最初に始まった業界
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
AIによる仕事の消失が、最初に始まった業界
先週のNew York Timesに、「Goodbye, $165,000 Tech Jobs. Student Coders Seek Work at Chipotle.(さようなら、16万5,000ドルのテック職。コーディングを学んだ学生たちはChipotleで職を探す)」というタイトルの記事が掲載されて話題になりました。
卒業したてで2,000万円もの給料を得ることが可能と言われていたコンピュータ・サイエンスを勉強した学生が、卒業しても仕事が見つからず、最低賃金のChipotle(メキシコ料理のファストフード店)で働くしかなくなった現状を伝える記事です。
The Economic Timesにも同様の記事「US computer science degrees from top universities are leaving graduates jobless: Why is top coding education no longer enough?」が掲載され、今や大学でコンピュータ・サイエンスを勉強するのは賢い選択肢ではないと言い出す人もいるぐらいです。
実際、Cursor、Claude CodeなどのAIツールを使い始めて痛烈に感じているのは、コーディングという仕事が過去のものとは大きく違うものになりつつあることです。まだ100%のコードをAIに書いてもらうことは出来ませんが、Cursorのオート・コンプリートは、驚くほど優秀に私が書きたいコードを予想してくれるし、Claude Codeもやるべきことがはっきりしている単純なコーディングならば、人間よりも着実に仕事をしてくれます。
これまでだったら、教育も兼ねて大学を出たてのジュニア・エンジニアに任せていたような単純なコーディングは、AIに任せた方が、効率が良い時代になってしまったのです。
少し前に、Microsoftが、業績が良いのにも関わらず、大量の人を解雇したことが報道されましたが、これと上の話は深く関係しています。
現時点では、「どこにどうAIを使うべきか」はまだはっきりと見えていないし、変化をし続けているものの、「AIを上手に活用すれば、エンジニア一人あたりの生産性を上げることは十分に可能」であることは既に明らかなのです。
であれば、先手を打って人員整理をし、働く人々に「生産性をあげざるを得ない」進化圧をかけるのは、経営者として当然のことです。
そんな不確定な時代に、大学を出たてのジュニア・エンジニアを雇うのは、企業にとって賢い選択肢でないことも明らかです。上に書いたように、これまでジュニア・エンジニアに任せていたような仕事は、AIが十分にこなしてくれます。
まずは「AIを使って生産性を上げる方法」を見つけ出した後に、それを少数精鋭のチームで実行して行くことが、これからの時代の戦い方です。
この記事の著者・中島聡さんのメルマガ
この話はソフトウェア・エンジニアに限った話ではありません。たまたま、私たちソフトウェア・エンジニアは、「AI革命」の最前線に立たされているために、「AIを使えば生産性が上げられる」ことがすぐに体験でき、結果として、「なんとかAIを活用して生産性を上げなければならない」という強い進化圧に晒されているだけの話です。
同様の変化は、必ず他の仕事にもやってくるし、その変化に乗り遅れた企業は市場から淘汰されます。
特に、報告書を書く、議事録をとる、プレゼン資料を作る、翻訳・通訳する、帳簿に入力する、データを集計する、調査するなどの単純作業・提携業務は、ことごとくAIによって置き換えることが可能になりつつあります。その結果、「これまで100人で行っていた仕事を数人でこなす」などの大きな生産性の向上が、十分に可能になるのです。
上の二つの記事は、米国市場の話ですが、同様の変化は日本にもいずれはやって来ます。人を簡単には解雇出来ない日本の場合、米国ほどのスピードでの変化が起こるとは考えにくいですが、ただでさえ他の先進国と比べて一人当たりの生産性が低い日本は、さらに国際競争力を失うことになりかねません。
経営者であれば、どうやってこの変化を乗り越えて筋肉質な会社に生まれ変わるべきかを真剣に考えるべきだし、普通に働いている人も自分自身の生産性を上げるための準備を今からでも始めておくべきです。
「うちの会社は、AIの導入が遅いから」などと言っている余裕はありません。会社が導入しようがしまいが関係ありません、自分の生産性を上げ、AI時代に必要とされる人材になるためには、自らChatGPTなりClaudeを日々の仕事に導入すべきなのです。
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年8月26日号の一部抜粋です。「緊縮財政 vs. 積極財政」「PerplexityによるChromeの買収」や「私の目に止まった記事(中島氏によるニュース解説)」、読者質問コーナー(今週は10名の質問に回答)などメルマガ全文はご購読のうえお楽しみください。初月無料です ※メルマガ全体 約1.5万字)
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