世界を震撼させた「天安門事件」から36年、まさにその舞台で9月3日に行われた「抗日戦争勝利80年」パレード。プーチン大統領や金正恩総書記など多数の首脳が参加する中で習近平国家主席が堂々たるスピーチを行いましたが、その「解釈」を巡ってはさまざまな見解があるようです。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田さんが、「多国間主義の重要性を訴えた」とする見方について異を唱えるとともに、そう考えざるを得ない理由を解説。さらに中国がアメリカを凌駕する「新秩序」が成立した場合に起こり得る事態を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:中国が世界に示した“新超大国”としてのメッセージと終わらぬ紛争の現実
左にプーチン、右には金正恩。中国が天安門で世界に示した“新超大国”としてのメッセージ
「人類は再び平和か戦争か、対話か対立か、ウィンウィンかゼロサムかの選択に迫られている」
これは習近平国家主席が9月3日に北京の天安門で開催された抗日戦争勝利80周年記念式典の演説で訴えかけた内容です。
天安門の楼上でこのメッセージを世界に発信した際、習近平国家主席の右隣にロシアのプーチン大統領、左隣に北朝鮮の金正恩氏が並び、中ロ朝の連携がアピールされるという演出も行われていました。
欧米社会からの激しい非難を集めた場所である天安門で、欧米社会との対立を明確にしている中ロ朝が一堂に会したのは、国際社会に対するなかなかのメッセージではないかと感じます。
またこの式典にはプーチン大統領と金正恩氏の他に28か国の首脳が出席し、その中には国内での動乱が続くインドネシアのプラボウォ大統領、イランのペゼシュキアン大統領、そしてスタン系の大統領(カザフスタンのトカエフ大統領など)が含まれており、ASEAN諸国のみならず、中央アジア諸国のトップが集ったことで“新たな勢力圏”の構築が印象付けられました。
この式典に先立ち、天津市では上海協力機構(SCO)の首脳会合も開催され、そこには北京での式典には参加しなかったインドのモディ首相も参加して、習近平国家主席やプーチン大統領などとの首脳会談を開いただけでなく、至る所で中印およびインドとロシアの親密さをアピールする姿が印象的でした。
これらのパフォーマンス・アピールの矛先は“保護主義に傾く”トランプ米大統領と、事あるごとに口出ししてことをややこしくする欧州諸国に向けられているものと考えますが、巷で言われる“多国間主義の重要性を訴えた”という見方には、正直疑問を感じます。
中ロ朝はすべて“国際的な”・“多国間枠組みからの”声や要請を悉く無視して我が道を行く特徴を持っており、必ずしも自らを位置付けるように、多国間主義および国際協調スタイルの守護者とは言えないのではないかと考えるからです。
中国については、南シナ海において一方的に九段線を引き、領有権を主張し、南シナ海沿岸諸国(ベトナム、フィリピン、インドネシアなど)との間で係争状態にありますが、この主張をまともに捉える国は国際社会にはどこもないにも関わらず、一切譲る形跡はありません。
それだけでなく海警の船舶や一般の漁船を集めた占拠行動などを行い、周辺国と常に一触即発の危機に直面しています。また、核不拡散条約(NPT)における透明性や報告義務に対する反対や、放射性物質の移動を国連に報告することを求める国際条約であるFMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約-Fissile Material Cut-Off Treaty)への反対などは、必ずしも国際的な協調・多国間主義を擁護する立場にいる国とは考えづらいのが現状です(私の認識です)。
復活しかねない「力あるものが世界の趨勢を決める」という外交
北朝鮮については、核兵器不拡散の取り決めを無視し、国際社会からの抗議を受け、国連安保理決議による制裁措置の対象となりつつも、核開発および弾道ミサイル技術の進展に勤しむ姿は、また多国間主義の尊重という観点からは大きな疑念が生じます(ほかにも国民に対する人権問題や拉致問題への関与など、ネガティブなポイントを挙げればキリがありません)。
ロシアの対ウクライナ戦争の継続をバックアップする見返りにロシアから得た弾道ミサイルと核関連の技術とノウハウを受けて、すでに“質の高い”核保有国の仲間入りを果たしたと思われますが、これは北東アジアの安全保障に重大な懸念を付け加えることに繋がります。
ロシアについては、いうまでもなく、中国同様、国連安保理常任理事国という特別な地位を持ち、国際安全保障の維持に大きな責任を負う国(平和の番人)でありながら、2022年2月24日にウクライナに侵攻したことは、明らかな国際法違反であると同時に、国連中心の安全保障体制の限界と崩壊を印象付けることになっています。
中ロ朝が連携を強め、多国間主義(枠組み)の守護者といったイメージを国際社会において宣伝することがまかり通った暁には【侵略国が非を一切認めず、平気で開き直ることができる】という大きな矛盾を認め、かつ中ロ朝と歩みを同じくする国々にも伝播していく恐れが強まります。
アメリカ政府から敵対視され、最近はB2戦略爆撃機による核施設へのバンカーバスター投下という攻撃に遭い、常にイスラエルからの攻撃に晒されるイランは、中ロの技術的・軍事的・経済的、そして外交的なバックアップを得て、確実に中ロ陣営に組み込まれています。
現在、英仏独が挙ってイラン政府に対してウラン濃縮の停止を求め、さもなくば国連安保理決議に基づく対イラン制裁の復活を匂わせてイランに圧力をかけていますが、それに対して中ロは“原子力の平和利用の権利はイランを含むすべての国がもつもの”と主張して、英仏独の主張に真っ向から対立する姿勢を取って、イランをバックアップする姿勢を明確にしています。
これが何を引き起こしかねないか?
各地域におけるエゴがぶつかり合った結果、生じる地域戦争が互いに連鎖して、戦争が世界中に広がっていくという恐ろしい状況です。
そしてそれはまた力あるものが世界の趨勢を決めるという力の外交の復活を意味し、多国間主義を掲げつつも、反欧米支配に異を唱える国々を次々に味方につけ、自らの陣営に引き込んで、欧米社会とその仲間たちに対する一大勢力圏を築こうとしています。
このブロックが見据えるのは、欧州ではなく、あくまでもアメリカ合衆国とのバランス、つまりequal standingでやり取りをする新国際秩序の構築であると見ています。
その先にあるのは【米・中・ロという大国だけで国際的な問題の行方を決める】というTripolar system(3極制度)の世界なのかもしれません。
これに何らかの成果が欲しいトランプ大統領が乗ってくるようなことがあれば、確実に国際ルールに基づく、法による支配による国際秩序は崩壊し、その代わりに力がものをいう世界が生まれることになります。
それはつまり多極化の世界でありつつ、多国間主義や国際協調に基づく国際秩序ではなく、弱肉強食の世界で、かつ強いものの論理がまかり通る異常かつマルチスタンダードの国際社会になります。
~中略~
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
力が支配する秩序なき「新秩序」を食い止めるカギを握るインド
今年、トランプ大統領は習近平国家主席とも首脳会談を行い、金正恩氏とも会うと言っていることに加え、プーチン大統領との首脳会談も再度行う準備をしていますが、中ロ朝がそれぞれにトランプ大統領を手玉に取り、のらりくらりと手を変え品を変え話し合いを長引かせ、表向きにはトランプ大統領の顔を立てるようなそぶりを見せつつ、しっかりと自国の利益の最大化に勤しむような事態になれば、戦争は長期化し、中国は自国の戦力の強化のための時間を稼ぎ、北朝鮮も核開発をさらに進め、そしてロシアはウクライナおよび他の周辺国を手中に収めるべく、勢力の回復と拡大に取り掛かる時間を与えることになります。
そしてもしロシアと中国が巧みにトランプ大統領を自分たちの輪に引きずり込み、これまで続いてきた欧米主導(西側世界主導)の国際秩序を葬り去り、新超大国によるルール作りの枠組みを代わりに作り出すことになるかもしれません。
大変な事態ですし、せっかく進められてきた様々なグローバリゼーションを通じて成し遂げた国際協調体制による問題の解決の仕組みが崩壊し、世界は再び力が支配する秩序なき“新秩序”に支配されることになります。
それを食い止めるカギを握っているのがインドです。
インドのモディ首相は、このところ、アメリカとの関係が険悪なものになっている状況に乗じ、天津でのSCO(上海協力機構)の首脳会議に参加し、笑顔で精力的に中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領との会談に臨み、それぞれとパートナーシップの強化について合意しました。
アメリカからの相互関税のベースになっている“ロシア産原油の輸入”については、アメリカの意に反し、インドはロシア産原油の輸入継続と拡大に乗り出しましたし、中国とはライバル関係にあるものの、互いに戦いの矛を収め、国際社会の安定のために協力することを確認し合い、グローバルサウスの雄として、世界の安定に寄与する姿勢を見せつつ、ロシア・中国との関係強化によって、欧米社会、特にアメリカに対して強いメッセージを送っています(モディ首相は日本への遠慮・配慮から、北京での戦争記念式典には出席しませんでしたが、目的は天津で果たせたのだと考えられます)。
インドの首相府にいる同僚から「アメリカとロシア、中国の水面下での接近の可能性については常にwatchしている。アメリカについてはトランプ政権下ではインドとの仲直りは難しい可能性が高いが、その間に中国とロシアとの関係を強化し、インドがもつ独特でユニークな立ち位置の確立に勤しむべく動いている。インドは大国による世界支配の構造を決してサポートしないし、その旨、中ロにも伝えているが、特に対立するつもりもない。ただ、インドをないがしろにし、今のアメリカ、そしてかつての欧州がインドや途上国にしてきたように、強国が上から目線で『~~すべき』というような命令をするような世界に与するつもりは全くない。その場合には、相手が誰であろうと、グローバルサウスと呼ばれる国々と共に、許しがたき国際秩序作りの動きにストップをかける覚悟がある」と言われました。
インドの覚悟と役割の自任は心強い限りなのですが、中ロ、アメリカもそのことは警戒しており、中国は最新鋭の戦闘機J-35のみならず、インドが保有するフランス製の第4.5世代戦闘機を撃墜したJ-10Cをパキスタンに販売することで、軍事的な形で(自ら直接手は下さないで)インドにメッセージを送って牽制しています。
ロシアとアメリカは期せずしてどちらもインドに武器を販売する立場にありますが、パキスタンにも何らかの見返りを与える形で、遠隔操作でインド・パキスタン間の緊張を利用し、インドの抵抗をけん制しようとしているように見えます。
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「戦争慣れ」が引き起こしつつある紛争とビジネスのデカップリング
それぞれの思惑に影響される形で現行の非常に複雑怪奇な国際情勢が日々動いているのですが、このところ顕著になってきたのが、紛争コミュニティと経済・金融・ビジネスコミュニティーの動きやトレンドが連動しなくなってきているように見えます。
ロシア・ウクライナ戦争は終わりが見えず、イスラエルによる中東地域の席捲と人道危機の拡大も外交的なコミュニティでは非難の的となり、イスラエルの孤立を印象付けていますが、ビジネスがそれで止まることはなく、金融の動きも戦争に慣れっこになったのか、
戦況に関係なく動いています。
戦争に慣れっこになったがゆえに、その世界下で生きるための調整が行われたのだという意見もありますが、いろいろな話を聞き、状況を分析してみると、紛争とビジネス・金融のdecouplingが起きているように見えてきます。
とはいえ、戦争絡みではしっかりと軍需産業は利益を拡大しており、それは敵味方の別なく、各国の経済を引っ張っていることも現実です。よく以前“死の商人”という否定的な表現で武器商人の存在が語られましたが、このコーナーでもご紹介したように、毎年2月のイスタンブールでの武器市は年々盛況で、いかに長引く戦争がもたらす悲劇と破壊を横目に、戦争が利潤を生みだしているという非常に皮肉な状況が露わになっています。
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しかしその利益を享受する存在こそが、アメリカであり、ロシアであり、中国であり、そして欧州各国であり、そして例外をいえばトルコのように、世界有数の軍需産業を抱える国々であり、そして皮肉にも“戦争当事国”であるか、少なくとも“近日中に武力衝突が起きると言われ続けている国”(例:中国と台湾、ロシアとバルト三国、など)でもあるというのは、何かあるような気がしてきませんか?
直前まで開催が危ぶまれていた中国における抗日戦争勝利80周年式典は、滞りなく勧められ、天安門広場に居並ぶ中ロ朝の3首脳のそろい踏みと28か国の首脳が集った姿は、新しく構築される国際秩序の中心に中国が位置しようとしていることを表しているように見えてきました。
アメリカに追いつけから、アメリカと肩を並べる存在へのステップアップ。中国がその地位に立った暁には、世界はどのような姿になっているのでしょうか?アメリカとロシアを取り込んだ3頭体制での安定と支配なのか?それとも…。
複雑怪奇で混乱極まる国際情勢の渦の中に埋もれてみて、いろいろと感じてしまう今日この頃です。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年9月5日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
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image by: 朝鮮労働党機関紙『労働新聞』公式サイト