ウクライナ、ガザ、そして中東全域へと拡大しつつある暴走の連鎖。本来であるならばイニシアチブを発揮しすべての紛争を解決に導く役割となるべき国連は、今や完全に機能不全に陥っています。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の「無敵の交渉・コミュニケーション術」』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、グティエレス事務総長の「無力化」に象徴される国際社会の調整役とリーダーの不在を悲観的に指摘。さらに自己保身とエゴが支配する各国首脳の外交姿勢に対し、強い懸念を示しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:暴走と分裂、エゴの爆発が高める生存の危機を前にして気づく“調整役とリーダーの不在”
誰も止められぬ戦争。機能を失った国連と「モラルリーダー不在」が招く世界の破滅
【生存は何かによって勝ち取るご褒美なのではなく、人が生まれながらにしてもつ権利なのだ】
【何人たりとも武力と共生によって他人・他国の安寧・安心を踏みにじることは許されない】
【憎しみと恐怖からは何も前向きなものは生まれてこない】
【国家の樹立は人々に与えられた権利であり、何かに対する報酬ではない】
このようにノートにでも記して覚えておきたいと思う語録は、アントニオ・グティエレス国連事務総長がガザでの惨状に対して出した談話のいくつかの例です。
以前、Kofi Annan事務総長下の国連で紛争の調停に駆け回った時代のことを振り返りつつ、「国連事務総長の役割は平和の灯火として、モラルリーダーであり続け、平和の大切さを訴え、各国に自制を促し、争いを終結に導くための外交的努力を主導すること」と表現したように記憶していますが、現在のグティエレス事務総長は、素晴らしい語録を残すわりには、動きが遅く、ウクライナが3年半前にロシアによって侵攻された際にも、またガザがイスラエルによる圧倒的な武力によって破壊され始めた際にも、自制を促すメッセージは発出しても、モスクワやキーウに赴いて仲裁することもなく、イスラエルとハマス、そして関係国間での話し合いを主導することも、これまでのところ実施していません。
ポルトガル首相を長きにわたり務めたほか、私のメンターであったセルジオ・デメロ氏の後任の国連人権高等弁務官として活躍されており、人権の擁護そして法による支配は、グティエレス事務総長にとってはまさにライフワークであり、かつ中心的な政治アジェンダのはずですが、この部門でのリーダーシップも、もう2期目の任期が1年を切りましたが、これまで約9年間の任期中に見た記憶がありません。
このように記すと事務総長批判に聞こえるかもしれませんが、あのグティエレスさんが「全く行動を取らせてもらえなかった」という国際政治の裏側での事実が私たちに認識されることはほぼ皆無であったと言えるかと思います。
その主因は、彼の慎重には慎重を期すキャラクターにもありますが、一番は彼が率いる国連において、すでに国連安保理の機能が形骸化し、欧米と中ロの間の外交的なゲームと勢力争いの舞台にされてしまい、平和・安全保障の守護神としての役割、そしてそれを率いる事務総長としての役割をタイムリーに果たすことが“許されてこなかった”ことにあると考えます。
国連安全保障理事会における“報じられることのない、でも暗黙のルール”は、イスラエルの行いに対する決議案はアメリカの拒否権によって葬られ、チベットやウイグル案件は中国の激しい抵抗と内政干渉のそしり、そして拒否権にブロックされてきたということであり、加えて、今でもはっきり理由が理解できない「インド絡みの決議は絶対に通過しない』」という不文律です。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
実質的に放置されている紛争や緊張の高まりの激化
もちろん、安全保障理事会常任理事国5か国(P5)に対する非難決議や制裁も、国連創立から80年経ちますが、確か一度もないはずです。
このような不文律・暗黙のルールをベースに今の国際情勢を見てみると、あることが見えてこないでしょうか?
これらの対象となる国や地域において何らかの形での紛争や緊張の高まりが継続し、激化し、そして実質的に放置されています。
2003年のイラクの大量破壊兵器の所持の有無を巡り、国連安保理が紛糾した結果、時のブッシュ政権は国連飛ばしを行い、有志国連合なるものを組織してイラクに対する空爆とサダム・フセイン政権の打倒に踏み切ったのを機に、国連安保理の役割は軽視され、それぞれの大国(P5)の政治・外交的なアジェンダに沿った強引な“複数枚舌”の外交が猛威を振るい、各地で戦争や紛争が勃発しています。
ロシアは「ウクライナはレーニンが設計した人工的な国家に過ぎず、あくまでもロシアの領土が不当に切り取られた結果できた存在であるので、今、ロシアに返されるべき」という“歴史的領土”という主張と「ロシア人とウクライナ人、ベラルーシ人、そしてスタン系の国々の人たちは皆ロシア人であるため、ロシアがその安全を守るべき」という“ひとつの民”という思想と主張の下、ロシア帝国復活の“幻想”を前面に押し出して、2014年のクリミア半島の併合、2022年2月24日に開始し、すでに3年半の年月が経っているウクライナへの侵攻によるウクライナ東南部4州の一方的な編入、そしてあわよくばウクライナ全土を吸収するという“野望”を正当化しています。
安全保障理事会での対ロ非難は悉く跳ね返し、中国の間接的な支援も得つつ、プーチン大統領特有の外交術と懐柔術で、対ウクライナ蹂躙は続行しています。
アラスカ州アンカレッジでトランプ大統領と米ロ首脳会談を行って、トランプ大統領を“手懐けて”ロシア寄りの発言と提案をさせ、その上「“カウンターパートとしての正統性を認めない”ゼレンスキー大統領との首脳会談を検討する」というカードを巧みに用いて時間稼ぎをし、「停戦協議が進まないのはウクライナのせい」と目くらませを行いつつ、ウクライナ全土に対する苛烈な攻撃の手を弱めず、インフラ設備の破壊に勤しんでいます。
最近では、戦争当初にウクライナ軍の“十八番”として認識されたドローンによる攻撃も、イランや北朝鮮、そして中国からの間接的な技術支援を受けて、国産と輸入型のドローンを大量投入してウクライナを攻撃するのみならず、ウクライナ近郊のNATO加盟国に対する領空侵犯を通じて、NATOの結束の強度と信憑性を試すという賭けに出ています。
ロシアのドローンによる攻撃と偵察を含む対NATO挑発行為は、NATOの防空能力を疲弊させ、かつ高価なミサイルで安価なおもちゃを撃墜させるという離れ業を行って、東欧諸国とバルト三国を攪乱しています。恐らくその内、おもちゃの中に本物の爆弾を積んだものを紛れさせて、攻撃を加えては退くという戦略に移行して、さらなる攪乱を行うものと予想していますが、このような縦横無尽な行いをロシアに許してしまい、なす術がないのが現状です。
その結果、NATOの結束の綻びと、内部崩壊の危機が静かに迫っているように見えます。もともと“欧州(西欧)”に否定的で親ロシアとされたハンガリーは堂々とロシアに対する理解を示すと同時に、最近、ハンガリー領空を侵犯したウクライナのドローンに対する非難を公に強め、「ウクライナは自国に対する悲劇を隠れ蓑にして、周辺国に対しての野心を示しているのではないか」といった、にわかには信じられなくても、なぜか支持を得てしまう主張を展開しています。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
戦争による破壊のみならず内部崩壊も始まったウクライナ
しかし、肝心の欧州各国はなぜかこのハンガリーの反ウクライナ姿勢を諫めることもことはしていませんし、気のせいか中東欧には反EUで親ロシアの政権・リーダーが増えてきており、欧州全体の対ウクライナ姿勢に変調が目立ってきているように思うのですが、私の思い過ごしでしょうか?
ロシアは3年半にわたる対ウクライナ侵攻においてそれなりの人的な損失も被っており、いくら中国やインドに経済的に支えられているとはいえ、経済的なスランプにも陥っていますが、それが士気を下げることもなく、プーチン大統領はさらなるロシアの拡大を目論んでいると言われます。
恐らく今後、ポスト・ウクライナ戦争のステージで、ジョージアに軍事的な影響力を行使する以外に、バルト三国に対して「武力でちょっかいをかけて、少し損害を与え、かつ地元民に対する暴行などを通じて恐怖心を植え付けて、さっと撤退することを繰り返す作戦」を実施し、NATO憲章第5条の集団自衛権が発動できるかどうかを試すという賭けに出て、欧州そしてNATOの切り崩しに取り掛かるものと考えます。
まるで1936年にのちの戦争を見越して、ナチスドイツがフランスとイギリスの反応を見るために行った“ラインラントの進駐”のように(注:1919年のベルサイユ条約により、ラインラントは非武装地帯に設定されたが、1936年3月7日にナチスドイツ軍が2万数千人のドイツ兵をラインラントに侵入・進駐させたにも関わらず、イギリスもフランスも“誤解から”反応を示さなかったことでナチス党およびヒットラーの国内での支持が爆上がりし、その後の第3帝国設立のきっかけとなったと言われている。結果としてフランスの軍事的な優位が崩れたことが衆目に晒され、それがのちの第2次世界大戦につながったと言われている)。
ちょっと前までなら(恐らくあのバイデン政権でも)、アメリカが飛んできてNATO防衛および同盟の軸としてロシアと対峙する行動に出たかもしれませんが、トランプ大統領および政権は、口先ではNATO重視を唱えつつも、欧州の危機に対してアメリカが軍を派遣することは考えていないだけではなく、ロシアとの直接的な衝突を何としても避けることをトッププライオリティーに据えているため、非常に消極的な行動に出る可能性が高いと読んでいます。
そうなると欧州が自らロシアと対峙する必要が出てくるのですが、そのキャパシティーは欧州にはないことが明らかになっており、そうなると、すでに極右勢力や右派の政権が対ウクライナ支援の打ち切りを公言しだしているように、欧州は対ロ防衛の充実を喫緊の課題に設定せざるを得なくなり、全くウクライナ防衛・支援どころではないと思われます。
ゆえにゼレンスキー大統領とウクライナとしては、ロシアという恐ろしい敵と対峙して奮戦しつつ、振り返ってみたら誰もいないという恐ろしい状況が近く生まれそうなのですが、そのウクライナ国内も対ゼレンスキー大統領の支持の陰りが顕著になっていることと、歴史的に有名な中央政府とキエフ市長の対峙のみならず、軍と大統領の意見のずれとゼレンスキー大統領が進めようとしている権力の集中に対する反抗が頻発してきていることから、ウクライナはもう戦争による破壊のみならず、内部からの崩壊が始まっていると思われます。
それゆえでしょうか?
最近の広域欧州の安全保障について協議する際、ポスト・ウクライナ、ゼレンスキー後の世界、特にロシアの取り扱いについて話題が頻繁に出てくるようになってきています。あとは、ifではなくwhenということなのではないかと感じます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
ハマス側が払拭しきれないネタニヤフへの疑念
停戦の協議および動きが停止してしまっているロシア・ウクライナですが、停戦と言えば今、まさにガザにおける停戦(戦争終結)に向けた“取引”と“協議”がエジプトのシャルムエルシャイク(実は気候変動COPが数年前開催されたところ)で行われています。
時系列や速報などについては報道に任せるとして、一体ここでどのようなことが起こり、どのような結果が期待できそうなのかについてお話ししたいと思います。
トランプ大統領がしびれを切らしたのか、または自らのレガシーづくりのためかは分かりませんが、国連総会に際して訪米していたイスラエルのネタニエフ首相とホワイトハウスに招き、前日までNYでアラブ諸国の首脳に諮った和平案20項目を提示して、受け入れを迫り、その場で“受入れ”を公言させたのは、これまでにない大きな成果だと評価できると思います。
ただ気になるのは、ネタニエフ首相が受諾前に、トランプ大統領がアラブの首脳と練った内容に数か所修正を求めたことで、それが“修正”20項目としてガザに提示された点です。
すでにハマスの政治部門は受け入れを表明していますが、ガザに潜伏する戦闘部門は反対しており、ハマス内部での調整の困難さが浮き彫りになっていますが、その要因は、交渉のカードである“人質”の全員解放を行っても、イスラエル軍の撤退や人道支援の即時回復、そして恒久停戦が実現しないのではないかとの“恐れ”と、これまでのイスラエル、特にネタニエフ首相による約束の撤回と攻撃の激化という現実への疑念が拭い去れないことがあると考えます。
そのハマス側の疑念を払しょくし、恐れを軽減すべく、アメリカ政府はウィトコフ特使に加え、愛娘(イヴァンカ)の婿であるジャレッド・クシュナー氏を協議に派遣して、アメリカによる和平案へのコミットメントと支持を表明する演出を加えていますが、ネタニエフ首相が訪米時に加えたか書き換えた【イスラエル軍撤退のための条件の内容】が不明瞭で、事態に合わせて何とでも解釈できそうなことから、ハマス内はもちろん、これについては、和平案への支持を表明したサウジアラビア王国やアラブ首長国連邦なども激しく憤っており、合意の見通しが怪しくなってきたと聞いています。
またイスラエルが求めるハマスの武装解除と戦後統治への関与を認めないことに対しては、ハマス側はスルーしているだけでなく、和平案に含まれるGITA案がかつてのWhite Men’s Burdenというよりは、白人欧米人支配を想起させることと、中東アラブの悲劇のきっかけとなった三枚舌外交を想起させること、そして案によると当事者たるパレスチナ人を最下層におく仕組みが提案されていることから、こちらも紛糾するきっかけとなっていると思われます。
本来、このような複雑怪奇な利害が絡み合う調停は国連の場を通じ、Third Party Neutral(中立な第三者)であるべき国連事務総長が仲介の労を担うのですが、ご存じの通り、今回はアメリカ案ですし、これまでもカタールとエジプトがイスラエルとハマスの間での間接交渉を仕切るという不思議な図式になっており、それがまた各国の外交的な利害と合わさって、訳の分からない事態に発展してきているような印象を持ちます。
今週に入って、ガザ問題に関する協議の最新情報に触れる機会を頂いておりますが、詳しくは触れることはできませんが、読んでみたところ、これぞミッションインポッシブルと言わざるを得ない状況です。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
誰一人として最優先していない「ガザ市民の生存の確保」
この和平協議の信頼性を貶めているのが、おなじみになったイスラエル軍による対ガザ地区攻撃の激化と無差別攻撃の実施、人道支援の停止という矛盾と、あまり報じられませんが、アラブ諸国および背後にいる欧州諸国、そして今ではトランプ大統領のレッドラインとされる“ヨルダン川西岸地区へのイスラエル軍の侵攻とE1地区と呼ばれる東エルサレムの”緩衝地“へのユダヤ人入植の強行と高まるユダヤ人による対パレスチナ人への暴行の激化が、融和の雰囲気を一掃し、
事態をややこしくさせているという報告が入ってきています。
私の推論ではありますが、ハマスとしては人質というカードを手放すことで一旦停戦という見返りを手に入れ、人道支援の再開を獲得したいところですが、「進むも地獄・退くも地獄」というのが現実で、もし今回、何らかの形で和平案(20項目案)を受諾すれば、ハマスの政治的な影響力が低下するばかりか、欧米をまた中東に引き入れるだけでなく、イスラエルの行った虐殺を”許す・見逃す“ことにも繋がりかねず、それを許容できるのかは微妙です。
ただ2年に及ぶ衝突により荒廃したガザの復興プロセスが動き出すことも期待できるため、ハマスの政治部門は受諾を選ぶかもしれません(実際に10月9日の報では、第1段階、つまり人質の全員解放に”は”合意したようです)。
ただ、軍事部門としては、自らが常時殺害の危機に晒され、かつ指導者を相次いで殺害されてきたことと主要なインフラが破壊の限りを尽くされていることから、「これ以上、失うものはない」と強気に出て、メンツを失うよりも、徹底抗戦の道を選ぶ可能性があります。その声が強まっているとの“噂”も聞こえてきています。
そうなると人道支援再開は望めず、イスラエルによる全面攻撃が、アメリカのお墨付きの下、実施されることは避けられず、ハマスとしては存亡の危機に瀕することになります。
ここで問題なのは、アメリカもイスラエルも、ハマスも、そしてアラブ諸国も、誰一人「ガザ市民の生存の確保」を最優先していないことです。
アメリカ案は戦後復興支援について言及していますが、それは自らも深くかかわるGITAが行うばかりでなく、“信頼できるパレスチナ組織”を作ることが条件として挙げられており、ハマスはもちろん、そこに“ガザ市民”の関与があまり考慮されているようには見えません。
また実施時期についても言及がなく、ひとたびハマスの誰かがイスラエルに攻撃を行った瞬間に、ガザ市民はさらなる地獄に晒されることが目に見えているため、いかにこの偶発的な暴発を未然に防ぎ、迅速に人道支援を実施し、かつ再建におけるガザ市民の深い関与が明確に示されることがなければ、“和平”は成立しないと思われます。
そして和平が崩壊した暁には、イスラエルによる破壊が激化し、それに憤慨するアラブ諸国がイスラエルに対する軍事行動に出てくる可能性が高まります。
その際の“軍事衝突”はミサイルの応酬という形式か、すでにウクライナや限定的にガザで見ているようなハイテク化された精密で残虐な形式になるのか、それとも、これはあってはいけないシナリオですが、核兵器の応酬となり、中東アラブ地域が“イスラエルとイラン”に留まらず、欧米と中ロ、そしてそこに中東諸国と相互安全保障合意を結んだパキスタンを交えた核戦争の実験場に発展してしまう最後の箍が外れてしまう危険性をはらんでいるように考えます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
決して触れられず報じられないイスラエル軍内での悲劇
2023年10月7日にハマスがイスラエルに対して同時テロ攻撃を仕掛け、1,200人のイスラエル人と外国人を殺害し、200名強の人質を取るという暴挙に出た際には、世界はイスラエルとの連帯を示したのですが、その後、私たちが画像を通じてみるイスラエルによる蛮行と、集団虐殺(ジェノサイド)を非難されるほどの攻撃、そして兵糧攻めで人々を飢えさせて殺し、伝染病の流行による殺戮を強行する姿を前に、イスラエルは孤立を深め、ついには”世界の敵”になってしまいました。
これはこれまでイスラエルに対して比較的友好的とされてきたアメリカにおけるユダヤ人も例外ではなく、ついに半数以上がイスラエルの行為の行き過ぎと、イスラエルの行いこそが、自ら反ユダヤ主義を引き起こしている元凶という非難を強め始めました。
それでもなお、ネタニエフ首相が行うハマス掃討作戦は、イスラエル国民からの支持が強く、その背景には「イスラエル人一人を人質にとれば数千人のガザ市民が解放されるという過去の政策がハマスの拡大を許し、イスラエルを危険にさらしているという過ち」を指摘する声が根強いだけでなく、過去のこの政策によって、イスラエル政府はシンワル氏(イスラエル軍の作戦によって死亡したが、彼が10月7日のテロ攻撃の首謀者とされており、元ハマス軍事部門のトップを務めた強硬派)が解放されたという事実を受け、「ハマス、ガザに対しては、仮に人質を失うような事態になっても、必ず壊滅させなくてはならない」というメンタリティーが強まっていること、そして「これを機に恐怖を一掃し、イスラエル国家と国民に安寧をもたらすべき」と主張して支持を高める極右(ユダヤの力とベングビール氏)の存在の高まりが、イスラエル国内でも“停戦”が一筋縄で受け入れられるものではない状況を作り出しています。
ロシア・ウクライナ戦争では、実はウクライナ軍サイドはすでに抵抗の限界をゼレンスキー大統領に進言し、「もし欧米諸国がウクライナに対してロシアと戦うための十分な装備を用意できないのであれば、私たちは負け戦において最後の一人になるまで抵抗するか、ロシアに蹂躙されても生き残るかしかなくなる可能性が高まった。決めてくれ」と伝えたとのことですが、政治リーダーとしてのゼレンスキー大統領は、戦争継続こそが自らの生存条件であり、ロシアに屈する屈辱は受け入れられないという思考が強くあるため、軍と政府の意見の不一致と士気の減少が顕著になってきているようです。
イスラエルについては、ネタニエフ首相は、ゼレンスキー大統領以上に「戦争継続こそが、自らの政治生命の延命措置であり、戦争が続いている間に司法制度を改革し、自らにかかっている有罪の嫌疑をキャンセルアウトしたい」という思惑が、イスラエルの対外的な評判や、イスラエル人の人質の生還よりもプライオリティーが高いと思われるため、独裁者・虐殺の実行者と非難されても戦争の継続を望むようです(ついにトランプ大統領も理解の容量を超えたらしく「ビビ、最大のチャンスを提供しようとしているのに、どうしてまだ戦いを止めないのだ」と非難し、嘆き、そして距離を置こうとしています。今回のディールが不発に終わったら、恐らくトランプ氏はガザ問題を放棄するものと思われます)。
イスラエル軍は、作戦上は人質の奪還は可能で、ハマスとの交渉・協議なしでも大丈夫との自信を示していますが、その半面、決して触れられず報じられないイスラエル軍内での悲劇と状況の深刻化が明らかになるにつれ、一旦、戦闘を停止して、兵士のメンタルの治療を優先すべきと言う意見が強まっているようです。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
長期化する各地の紛争を「日常」と受け入れる国際社会
その内容ですが、この2年で100名強が自殺し、数千人単位でPTSDの深刻な症状が出ており、実はそれゆえに友軍への誤射や錯乱からの乱射が続発しているとの分析が示されました。しかし、ネタニエフ首相は取り合わないようです。
また予備兵の召集率も格段に落ちており、イスラエル軍の部隊も各方面でリソース不足の状況に陥り、これ以上の戦争・戦闘の継続はイスラエル軍にとっても危機的な状況にあるということでした。
ちなみにイスラエル軍の戦闘費用ですが、試算によると年間約10兆ドル弱に達するようで、これは確実に国家財政を蝕んでおり、それ故にS&Pの最新の格付けでもイスラエルのcredit valueを格下げしたとのことで、イスラエル経済も、ロシアと比べても、危機的な水準に陥っているという分析結果も出てきました。
“停戦のための協議”なるものが至る所で、同時進行で実施されているのですが、希望を高く掲げつつ、同時に戦争の長期化と悲劇の深刻化に覚悟を決め始めている自分と直面し始めています。
戦争は続き、長期化すると諸々の歪みが社会に生まれますが、長期化するほど、私たちは慣れっこになり、その慣れが国際的な現実と、経済活動(特に株価)との乖離を生んでいるように思います。
株高はいいことだと素人ながら感じるのですが、その背後の見えないところでは、無辜の人たちの生命と希望が戦争・戦闘によって奪われていることを、決して忘れてはならないと、自分に言い聞かせている今週の私です。
和平協議、少しは関わっているのですが、何とかうまくいってほしいと、どこか他人任せっぽい希望を示して、今週号を閉じたいと思います。
以上、今週の国際情勢の裏側のコラムでした。
(メルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』2025年10月10日号より一部抜粋。全文をお読みになりたい方は初月無料のお試し購読をご登録下さい)
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ
image by: lev radin / Shutterstock.com