先の会談前に撮影された両首脳の表情からも察せられる、米中関係の緊張の高まり。そんな影響を大きく受け揺らぎ続ける世界経済ですが、日本にはどのような姿勢が求められているのでしょうか。今回のメルマガ『週刊 Life is beautiful』では著名エンジニアの中島聡さんが、米中冷戦を「我が国にとってのビジネスチャンス」と見る視点を提示。その上で、日本が経済成長を遂げるため注力すべき2つのポイントを具体的に挙げています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:米中冷戦は、日本にとってのビジネスチャンス
プロフィール:中島聡(なかじま・さとし)
ブロガー/起業家/ソフトウェア・エンジニア、工学修士(早稲田大学)/MBA(ワシントン大学)。NTT通信研究所/マイクロソフト日本法人/マイクロソフト本社勤務後、ソフトウェアベンチャーUIEvolution Inc.を米国シアトルで起業。現在は neu.Pen LLCでiPhone/iPadアプリの開発。
日本に最大のビジネスチャンス到来。「米中冷戦」を経済成長にどう繋げるか
先週の日本出張の際に、エコノミストのエミン・ユルマズ氏との対談をしたのですが、その中で、私たち二人の意見が一致したのは、悪化している米中関係は、日本にとっては大きなチャンスであるという点です。
私がこれに注意を払うようになったのは、メタトレンドとしてのロボット(特に人型ロボット)やドローンのことを考え始めた、ここ3年ほどですが、ユルマズ氏は、2013年ごろから今の状況を「第二の冷戦時代」と捉え、米ソ間の冷戦時代に米国のパートナーとして高度成長を成し遂げたように、これからしばらく続く米中間の冷戦を活用し、同様の高度成長を遂げることが可能だと指摘したそうです(参照:「『日経平均30万円』は十分狙える…エミン・ユルマズ氏が『日本株はまだまだ伸びる』と確信するシンプルな理由」)。
確かに米ソ間の冷戦時代には、日本は広げつつあった共産主義に対する防波堤の役割を果たし、日本は米国の傘下に入ることにより、朝鮮戦争(1950-1953)による特需などの大きな恩恵を受け、経済を大きく発展させることができました(高度成長期)。
バブル崩壊後の日本経済の低迷(失われた30年)の原因には様々なものがありますが、最も大きな原因は、グローバル化と中国経済の台頭により、高度成長期に日本が担っていた「世界の製造工場」の役割が中国にシフトしてしまったことにあります。
安い人件費と中国共産党の一貫した経済政策により、米国市場には「メイド・イン・チャイナ」の品物が溢れ、中国を中心とした原材料から部品までのサプライチェーンの流れが作られ、米国経済は中国なしでは成り立たないところにまで来てしまいました。
この状況が安全保障上好ましくないことに米国政府が気が付き、具体的なアクションを起こし始めたのは、結構前からで、
- 2008年、Huaweiが米国通信会社「3Com」買収を試みるが、国家安全保障上の懸念からCFIUS(対米外国投資委員会)が反対し、買収は中止
- 2011年、米下院の情報特別委員会がHuaweiとZTEについて「スパイ活動の可能性」を調査開始。
- 2012年10月、下院情報委員会が報告書を発表し、「HuaweiとZTEの機器を米国内ネットワークから排除すべき」と勧告
- 2013年にSoftBankがSprintを買収する際、米政府は国家安全保障上の懸念を表明し、「HuaweiおよびZTEの通信機器を米国内ネットワークから撤去し、今後採用しない」ことが買収承認の条件に
などの動きがありました。しかし、これらのアクションは、「(米国経済の)中国への依存」を嫌ったものではなく、「中国政府による通信傍受」を嫌ったものだったのでした。
携帯電話網の通信技術が、4Gから5Gにシフトする中で、中国勢の技術力が一気に上昇したことを良く覚えていますが、当時の米国政府による締め出しがなければ、世界の通信網が中国製の通信機器に制覇されていた可能性は十分にあります。
ソフトバンクは4Gの時代からHuawei製の通信機器を導入し始めていましたが、日本政府からの圧力もあり、5GからはEricsson(スウェーデン)の通信機器を採用しています。
この記事の著者・中島聡さんのメルマガ
日本が「再びの高度経済成長」のため今こそすべき投資
その後も、
- 米国に数多く作られたドローン・ベンチャーが、中国DJIの台頭によりことごとく駆逐され、今では、ドローン本体だけでなく、中国製の部品なしにはドローンが作れない状況になっている。
- EV(電気自動車)市場は、Teslaが立ち上げたものの、その後、BYDなどの中国メーカーの台頭により、米国のTesla以外のメーカーにとって、EVは「作っても利益を上げられない」市場になってしまっている。
- 人型ロボット市場でも、数多くのベンチャー企業が中国に誕生しており、ドローンやEVと同様に中国企業に支配される市場になってしまう可能性が十分にある。
- レアメタル市場は、中国なしでは成り立たない状況になっており、中国政府が輸出を制限すれば、半導体・EVを含めた様々なものが作れなくなってしまうことが明確である。
- 最先端の半導体製造技術は、台湾のTSMCの独占状態にあり、中国が台湾を併合した場合のリスクは多大なものになる。
という状況にあり、米国政府も、ようやく「製造業の米国国内回帰」を目指して本格的に動き出した状況です。
しかし、米国には最先端の半導体工場で働けるような高度な教育を受けた人たちが圧倒的に不足している上に、強い労働組合、高い人件費、厳しい環境基準などがあり、中国や台湾の工場と同様の品質の製品を同じようなコストで生産することは、残念ながら不可能です。
先日、韓国企業の米国工場で、短期出張ビザで働いていた韓国人労働者が大量に強制帰国させられるという事件が起こりましたが、その背景にはこんな事情もあるのです。
日本・日本企業にとって、ここには、二つの大きなチャンスがあるように私には見えます。
一つ目は、工場の自動化を進めるための産業ロボットです。
この市場では既に日本企業が活躍していますが、完全自動化(=無人工場)を目指すには人型ロボットの開発も重要であり、是非ともここには力を入れて欲しいと思います。人型ロボットは、介護や土木・建築など、慢性的に人手不足な業界を少ない人口で維持するためにも必須な技術であり、国の存続を賭けた投資をする価値があります。
二つ目は、中国に代わるサプライチェーンの確立で、特にレアメタルの精製など、大きな影響力を持つ部分に重点的に力を入れ、失われた30年に中国に奪われてしまった「世界の製造工場」の役割を、東南アジアの同盟国も含めて日本主導で確立することは、経済的にも、安全保障上でもとても重要だと思います。
また、海底資源にどれぐらいのポテンシャルがあるのかは現時点では不明ですが、日本が天然資源で勝負をするとすれば、海底資源の有効活用しかないのは明らかであり、積極的な研究開発への投資が必要だと思います。
参考までに、RAND国家安全保障研究部門(National Security Research Division, NSRD。アメリカのシンクタンク「ランド研究所」の中でも、国家安全保障と国際戦略に関する研究を専門的に行う主要部門)により書かれた、「Stabilizing the U.S.-China Rivalry」へのリンクを貼り付けておきます。
● Stabilizing the U.S.-China Rivalry
これを読むと、米中間がいかに緊張しているものかが分かります。「ここから先は絶対に譲れない」というレッドラインをお互いに明確にしつつ、不必要な刺激をせずにバランスを保ち、決して「(この冷戦に)勝利しよう」などと考えるべきではないと警告しています。台湾に関しても、米国政府が台湾の独立を支持するような姿勢を見せることは危険だ、としています。
(本記事は『週刊 Life is beautiful』2025年11月4日号の一部抜粋です。「MulmoCast」「MicrosoftとOpenAIの関係」「変異しつつあるITビジネス」や「私の目に止まった記事(中島氏によるニュース解説)」、読者質問コーナー(今週は27名の質問に回答)などメルマガ全文はご購読の上お楽しみください。初月無料です)
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