3度目の挑戦にして自民党総裁選を制し、日本憲政史上初の女性首相となった高市早苗氏。就任早々さまざまな言動で物議を醸した高市氏ですが、その「批判封じ」のために「女性」という属性を利用するかのような動きも見られています。今回のメルマガ『小林よしのりライジング』では、漫画家・小林よしのりさん主宰の「ゴー宣道場」参加者としても知られる作家の泉美木蘭さんが、同じ女性として、女性を盾にするかのような月刊誌の「高市氏応援特集」を疑問視。その上で、かような手法がいかに危険であるかを解説しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:泉美木蘭のトンデモ見聞録・第382回「勇ましい愛国女性がお好き?――日本型・女の利用法」
勇ましい愛国女性がお好き?――日本型・女の利用法
女、女、女が高市早苗を礼賛している
うわああああ!女、女、女!女という女が「月刊Hanada」で高市早苗を礼賛しているぞおおお!!
「高市総理、中国に負けるな!」なるネトウヨ的キャッチコピーを掲げて11月26日に発売されたこの号は、メインの執筆者としてひたすら右派の女性論客が集められている。
新聞広告は「女、かく語りき」で押し通せば何でも受け入れられるご時世だとばかりに、女の上に女を積んで、女、女、女、女、女。
さらに本誌表紙は、高市とトランプのニコニコ2ショット。トランプ来日時に、東京都港区六本木の米軍専用施設から米大統領専用ヘリで飛び立った時の「国辱記念写真」である。
メインは「高市総理への手紙」という特集だ。
寄稿者には、櫻井よしこ、金美齢、杉田水脈、飯山陽などのほか、着物で国連の女性差別撤廃委員会へ出かけて「男系男子尊重に口を出すな」などとスピーチした葛城奈海、それに同行した参政党の「さや」こと塩入清香など、《男系男子絶対》を叫ぶ女性たちの名前が並ぶ。
櫻井よしこは、トランプが高市の肩を抱いたことを「特筆すべきこと」と大喜びだ。櫻井の知人米国人によれば、あの肩を抱く仕草は「あなたは家族同様の存在です。私の腕のなかで安心しなさい」という意味があるという。
家族同様なんて言ったって、米大統領から見た日本は「うちの占領地なんだから、遠慮なく踏み入ってもかまわんよね」という感覚しかない。その米大統領に日本の女性首相が「私の腕のなかで安心しなさい」と抱かれた情景を大喜びするなんて、骨の髄まで敗戦国民だ。
米軍の前でキャッキャと飛び跳ねる高市を見て、櫻井の心も躍ったのだろう。オールド●●●●か!と言いたい。
葛城奈海は、男系男子で皇位継承問題に決着をつけるようにと要望を述べ、「初の女性総理大臣である高市早苗さんが、戦後日本の天照大御神となって、長く闇に閉ざされた戦後日本に光を取り戻すことを心から待ち望んでおります」などと書いている。
イキった最高権力者の高市を、天照大御神に例えて崇めるなんて、劣化するにもほどがある。
天照大御神に例えてよいのは愛子様だけ、日本人を心から沸かせて光を取り戻すことができるのも愛子様だけである。その愛子様を、男尊女卑の長い闇に閉じ込めてしまうべく着物姿で闊歩して、日本の女性の品位をも貶めている自分の罪深さに、いつになったら気づくのか。
これら執筆陣に加わり、山尾志桜里氏まで「高市総理の誕生を、心から誇りに感じています」と礼賛を捧げている。
高市こそが「男性に媚びを売り出世した女性首相」そのもの
山尾は、高市を「女性をことさら強調することなく」国家の土台を論じ鍛錬してきた政治家であり、「その延長線上で選ばれた『全国民のための総理』がたまたま女性であった」と述べる。
そして、高市に対する「媚を売るな」という批判を「女性蔑視の常套句」「職業人を侮辱する態度」と反論するのだ。
高市は男系男子に固執して「男の血が尊い、女の血は卑しい」という感覚をばらまくことで支持されている人間だ。「男性に媚びを売ることで出世した女性首相」そのものではないか。
トランプ大統領に媚びに媚びて、日本の属国ぶりを示した姿だって、その構図がわからないはずはないと思うのだが、どうしてしまったのか。
「媚び」という言葉の意味を誤解しているのだろうか。それとも、わざと「女性が男性に対して媚びる」というニュアンスに狭めているのか?
「媚び」は、表情、言葉づかい、服装など色仕掛けを含む意味ばかりではない。「媚びへつらう」「おもねる」「おべっかを使う」という言葉に直せば、男性が男性に対して行うことも、女性が女性に対して行うこともあるとすぐわかる。
日本人の場合は、個人が世間に対して見せる態度の1つであったりもするだろう。
自分が高市に媚びるあまり、「女性首相を甘やかす」という女性蔑視にはまり込む、そんな人間が続々と現れている。
女性を盾にした右翼言説の量産
だいたい、女性ばかり集めて、全員に高市礼賛の原稿を書かせるという「月刊Hanada」の編集方針そのものが、女性を利用して高市礼賛を演出し、売り上げを伸ばそうという魂胆丸見えである。
女性という属性をゴリ押ししているのだから、「素晴らしい首相が、たまたま女性だった」というニュアンスとは正反対だ。
私から見えている「月刊Hanada」は、次の通り。
- 女性論者を束で並べて「女性の総意、ここにあり!」と偽装
- 批判する者は「女性蔑視だ」と返して口封じすれば済む
- 強烈な極右言説でも、女性が言えば叩かれにくい
- 男尊女卑の政策だって、女性が言えば「女性差別」にならない
- 「勇ましい愛国女性」をチヤホヤしとけば責任とらずに済むから気楽
女性を盾にして、なんでもありの権力礼賛を作り上げてしまおうという構図だ。「女性首相を守れ!」という空気さえ作れば、批判は簡単に封じられる。そのためには、「女性による勇ましい言説」が欲しいのだ。
テレビでは、ジャーナリストの福島香織がこの役割を演じている。
ABCテレビ「教えて!ニュースライブ 正義のミカタ」に出演した福島は、高市の台湾有事答弁について「よくぞ言ってくれた」「日本側からレッドラインを引いた。これ今までにない日本の外交」「はじめてアメリカ追従ではなく、中国忖度でない、日本が日本の国益に立って日本の立場を日本の総理自身の言葉で国際発信できるリーダーが誕生した」「習近平が(アメリカに)泣きついたっていうのは、物凄い恥ずかしいことじゃないですか」などと発言したという(デイリー2025.11.29)。
核も持たずに中国に対して「レッドラインを引いた」など、とにかく勇ましくいくべきだというネトウヨ的熱狂を体現していてヤバすぎる。
習近平がアメリカに泣きついているわけがないだろう。トップ会談には、二国の関係、周辺国への牽制、国内へのプロパガンダなどいろんな意味が含まれていて、そんな単純な「勝ち負け」の問題ではない。
福島は「スゴイ日本でありたい!」という願望がすごすぎて、事実を幼稚なまでに捻じ曲げている。そんな言説を地上波テレビでぶちまけることが許されているのだから、女性を利用した権力礼賛づくりも相当危険なレベルにまで達していると言える。
女性によって極右をマイルド化する海外の事情
欧米では、「女性であること」を盾にして強硬な政策を推し進めるという現象がそこかしこで起きている。
例えば、アメリカでは、白人男性の政治家が語れば「差別」と批判されるようなメッセージを、若い女性の報道官や、黒人の女性作家などに語らせる戦法がとられてきた。キャンセルカルチャーに対抗するために必要な言説もあるのだが、「批判をかわす」という目的で女性や黒人を利用するという手法が確立しているのだ。
フランスでは、極右政党「国民連合(旧 国民戦線)」のマリーヌ・ル・ペン党首が著名だ。
■ マリーヌ・ル・ペン
国民戦線を創設した父親のジャンマリ・ルペンは、露骨な反ユダヤ、排外主義で幾度となく物議をかもしたが、娘に入れ替わったことで「脱悪魔化」をはかり、「私は3児の母として、子どもたちの安全を守りたい」「女性が一人で夜に歩ける国にしたい」という訴えかたで中間層・女性層の支持を一気に獲得した。
ドイツでは、極右政党「AfD(ドイツのための選択肢)」の共同党首アリス・ワイデルが台頭しつつある。
■ アリス・ワイデル
元投資銀行出身のエリート、40代のレズビアン女性で、それまでの「なんか怖い右翼のおっさんの集まり」というAfDのイメージを刷新した。だが、反LGBT政策、反フェミニズム、反イスラムという思想の持ち主だ。
イタリアでは、初の女性首相で、高市と抱擁する様子も報道されたジョルジャ・メローニ。
■ジョルジャ・メローニ
右派政党「Fdl(イタリアの同胞)」を率いる党首だ。「私は母であり、イタリアの家族を守る」として、反移民・反LGBT・反EUの政策を推し進めようとしてきた。
ヨーロッパの場合は、リベラル的な思想でナショナリズムが弱まりすぎていたこと、また、移民不安があまりに巨大になったことで、「移民排斥」の声が高まり、排外主義というものが、避けて通れないテーマになってしまった。
だが、「怖い右翼のおっさん」がそれを語ると、「ナチスか?」となり、人々が拒絶反応を示す。そこで、女性という包み紙でくるんで主張することで、ソフトに見えて支持しやすくなったという経緯があるのかもしれない。
では、日本はどうか?
日本では、ヨーロッパほど移民による混乱は起きておらず、排外主義はたびたび問題されるが、今のところ核となるテーマではない。
だが、「男尊女卑したい」という問題がある。
そこにスポッとはまったのが、「女性の顔をした男性」だ。
女性を使えば、男尊女卑も、対米従属も、対中強硬発言も、すべて「批判しづらいもの」に変わってしまう。「日本型の女の利用法」である。
最大の問題は、こうした構造にまんまと取り込まれて、「勇ましい愛国女性」が高市批判を封じるために活用されてしまうこと、そして「女性ががんばっている」というだけで拍手喝采して、「なんでもあり」になってしまう空気である。
政権維持の意味では、これほど便利な構造はないだろう。しかし、日本社会にとっては、批判を封じ、議論を弱らせているうちに、着々と危険な道へと引きずり込まれ、未来は暗闇へと傾いていくかもしれないのだ。そして、その暗闇を覆い隠すためのものが、「女性」という包み紙なのである。
(メルマガ『小林よしのりライジング』2025年12月2日号より一部抜粋・敬称略。続きはメルマガ登録の上お楽しみください)
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