「見せしめ人事」を発動しなければ気が収まらなかった高市首相
そして、同じ30日に財務省の事務次官に宇波氏が就く人事案も発表された。つまり、財務省は高市首相に“屈服”したことにより、その褒美を与えられたわけである。
高市首相としては、反減税派の頭目である宇波氏を見せしめとして勇退させ、霞が関全体の戒めとしたい腹だっただろう。だが、片山さつき財務大臣が宇波氏に助け舟を出していた。片山氏は高市氏を支える盟友であり、財務省のトップでもある。かつて財務官僚だったころの部下であった宇波氏には残ってもらいたかったのだ。
しかし、人事を武器にした財務省への圧力は、それだけでは終わらなかった。1週間後、主計局次長だった一松氏が東京税関長に転出するという異例の発表がなされたのだ。
東京税関長への異動は、ランクでいえば「指定職2号俸」から「3号俸」に移るわけで、「降格」ではない。だが、主計局次長から主計局長、事務次官という出世コースからは外れることになる。
昨年10月から主計局次長をつとめていた一松氏は筋金入りの財政再建論者であり、「10年に1度の大物財務官僚」との呼び声が高かった。感情過多な高市首相のことだ。宇波氏に代わる超エリートへの人事介入を“見せしめ”にしなければ、気が収まらなかったのだろう。
財務省OBの高橋洋一氏は「週刊フジ」の記事に、こう書いている。
20年前の第1次安倍晋三政権時に構想し、13年前の第2次安倍政権時に実現した「内閣人事局」がようやくワークした。
確かにこれほどあからさまに省庁の幹部人事を動かした例はあまりない。しかも、相手は「官庁の中の官庁」といわれる財務省である。その意味では、その昔に構想された「官僚天国」解体のための行政改革が、高市早苗という独断的行動力を有するリーダーを得て、ついに機能しはじめたと見ることもできるだろう。
だが、今や「官僚天国」がピンとこないほど、霞が関には“忖度官僚”が増えている。財務省とて例外ではなく、政治家に対するかつてのような力は影を潜めている。そんな中で、一松氏は政治家に直言できる数少ない官僚として異彩を放っていた。本来なら、こういう存在こそ大切に処遇するのが国家のためという考え方もあるのではないか。
内閣人事局の淵源は福田康夫政権下の2008年にさかのぼる。「官僚主導」から「政治主導へ」の転換をめざす自民党と民主党の与野党協議の中で、全省庁600人の幹部人事を取り扱う人事局を官邸につくるという原案がつくられた。その後の民主党政権では、予算編成をめぐって逆に財務省にコントロールされたため実現せず、第2次安倍政権のもとで2014年に創設された。
霞が関の幹部官僚の人事については、国家公務員法で「任命権者の大臣が、総理や官房長官と協議して決める」という規定がある。だが、この規定があるだけでは、事実上、人事は省庁の言いなりになってしまう。
そこで、官邸に人事局をつくって情報を集め、幹部官僚ににらみをきかせることにより、霞が関への官邸の支配力を強めようというのが、安倍・菅時代の政権側の思惑だった。実際、当時の菅官房長官が、自らが主導したふるさと納税の拡充方針に慎重な姿勢を示した局長を左遷したこともあった。
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