時として相手に圧力をかけ、自らに有利な状況を作り出すことも必要となる国際交渉の現場。しかし「逃げ道を塞がれた側」が、「追い詰めた側」の望まない行動に出る事態も往々にして起こるのが現実でもあります。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦が読み解く国際情勢の裏側戦略インテリジェンス・レポート』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、中東情勢に焦点を当て関係各国の攻防を詳しく分析。さらに交渉において相手に「適切な出口」を残すことの重要性を解説しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです
逃げ道が消えるとき-追い詰められた者たちの危うい賭け
「追い詰められた者ほど、危険な賭けに出る」
紛争の現場に長くいると、何度もこの場面に出会います。
問題は、相手を追い詰めること自体ではありません。追い詰めた先で、相手がどこへ向かうのか。そこを見誤ると、こちらが望んでいなかった方向に、紛争が一気に転がり始めます。
今週の世界では、それがいくつもの場所で同時に起きています。
ホルムズ海峡の通航が大きく細った後、サウジアラビアが頼みにしてきた東西パイプラインが無人機攻撃で止まり、その先の紅海の出口では、フーシー派がモカの港を押さえ、周辺の島々へと進出しました。
その圧力は、11月の中間選挙を控えた米国のディーゼル価格に跳ね返り、トランプ大統領は、ロシアとウクライナがエネルギー施設への攻撃停止に合意したと一方的に宣言しました。
宣言の翌晩にも、ロシアの製油所とキーウのエネルギー施設は炎に包まれています。ウクライナで消耗を続けるロシアは、NATO加盟国の空や海で、戦争の一歩手前の揺さぶりを強めています。
国際原子力機関、IAEAは20年ぶりにイランの核問題を国連安全保障理事会に委ねましたが、この一手は、イラン国内でくすぶってきた核不拡散条約、NPTからの脱退論を、再び刺激しかねません。
交渉学には、BATNAという考え方があります。交渉がまとまらなかったときに取りうる最善の代替案のことで、これが手元にある者は落ち着いて構えられ、これを失った者ほど冷静さを失っていきます。
今週号では、9つの現場を三つの層に分けて読んでいきます。
最初の層は、逃げ道を失いつつある当事者たちで、サウジアラビア、米国とイラン、そしてロシアです。
次の層は、自ら新しい逃げ道を作ろうとしている国々で、フィンランド、トルコ、日本、そして中国が登場します。
そして最後の層が、逃げ道を作ること自体を仕事にしてきた調停の世界で、これは調停官ノートでお話しします。
【1.出口を塞がれるサウジアラビア-二重封鎖と紅海の攻防】
今週、最も大きく状況が動いたのは紅海でした。
9月10日、イエメンの反政府武装組織フーシー派は、紅海に面した港湾都市モカを掌握しました。暫定政府側の部隊は、これを戦術的な撤退だと説明し、南へ40キロあまり離れたドゥバーブまで後退しました。
フーシー派はその後、紅海の入り口にあたるバベルマンデブ海峡に浮かぶペリム島に加え、ハニーシュ諸島方面にも進出したと伝えられています。
アナリストの間では、イエメンの紅海沿岸のかなりの部分が、フーシー派の支配下に入りつつあるとの見方が出ています。
要所を一つずつ押さえていくやり方は、一度ごとの動きが小さいぶん、相手に本格的な反撃の口実を与えにくく、気づいたときには選択肢がほとんど残っていないという厄介さがあります。
国連のグルンドベリ特使は9月10日の安保理会合で、イエメンの戦争は新たな、より危険な段階に入ったと警告し、2022年の停戦以来、全面戦争のリスクが最も高まっているとの認識を示しました。
イエメン政府も同じ日、外相名で安保理に断固たる対応を求める書簡を送り、フーシー派を支えるイランが海上輸送の要衝を支配しようとしていると訴えています。国連人道問題調整事務所(UN-OCHA)によれば、9月に入ってからだけで、およそ12万5,000人が住む場所を追われました。
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