■気になるイラン「外相の言葉」と「安全保障の中枢の言葉」のズレ
家計への影響も深刻です。
米国のディーゼル燃料の全米平均価格は9月11日、史上初めて1ガロン6ドルを突破し、16日には6.31ドルと最高値を更新しました。レギュラーガソリンも1ガロン4.37ドルと、1年前の3.19ドルから大きく上がっています。トラックや農業機械を動かすディーゼル燃料の高騰は、物流費と食料価格を通じて、選挙で重みを持つ農村部の有権者を直撃します。
議会の空気も変わってきました。
米下院は9月15日、イランとの戦闘から米軍を撤収させるよう求める決議を、220対204で可決しました。与党共和党からも7人が賛成に回り、下院で同様の決議が可決されるのはこれで3度目です。
この決議がそのまま米軍の撤収につながるわけではなく、上院の対応や法的な拘束力をめぐる議論も残っています。それでも、与党の一部が公然と異を唱えたことは、ホワイトハウスにとって無視しにくい政治的シグナルです。バンス副大統領が、この戦争の第一段階はすでに終わったと語り始めたのも、出口を探す政権の心理を映しているように私には見えます。
次の選挙でどちらの党に投票するかを尋ねる世論調査では、民主党が7ポイント以上リードする結果が出ており、8月下旬の調査では、イランへの軍事行動を支持する人は3割あまりにとどまりました。
ディーゼル価格の上昇は「主にロシアとウクライナの戦争が原因で、イランが原因ではない」というトランプ大統領の主張も、こうした国内の逆風と切り離しては理解しにくいものです。
では、イランにはまだ出口があるのでしょうか。
9月16日、北京を訪れたイランのアラグチ外相に対し、王毅外相は、ホルムズ海峡を早期に再開し、パキスタンの仲介でまとめられたイスラマバード覚書に立ち返るよう求めました。中国は、米イランの軍事衝突の長期化は国際社会の共通の利益に合致しないとし、緊張がイエメンや紅海方面へ広がることを望まないと、はっきり釘を刺しています。
イラン産原油の最大の買い手である中国からこう言われることは、イランにとって軽いことではありません。アラグチ外相は、ホルムズ海峡の再開についてはオマーンとの間ですでに取り決めに達しており、米国との覚書は依然として有効だと応じました。
ところが同じ日に、イランの最高国家安全保障評議会の事務局長は、イランの条件が満たされるまで交渉はない、とSNSに投稿しています。
外相は北京で柔らかい言葉を語り、安全保障の司令塔はテヘランで硬い言葉を発しました。
「これは政権内部の役割分担なのか、それとも路線の違いなのか」
調停する側から見ると、ここが非常に重要です。
私が交渉の現場でいつも気にしてきたのは、テーブルの向こうに座る相手の、さらに後ろに控えている人たち、いわゆる「バック・テーブルの存在」です。交渉のテーブルでどれほど話がまとまっても、その後ろにいる人々が首を縦に振らなければ、合意は履行されません。
外相の言葉と安全保障の中枢の言葉がずれているとき、まず確かめるべきは、どちらの言葉がバック・テーブルの意思に近いのかという点です。そこを見誤ったまま合意文書を作っても、紙の上の出口にしかなりません。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ









