2001年9月11日に発生し、今年で四半世紀という大きな節目を迎える米同時多発テロ事件。その傷跡は被災地ニューヨークのみならず、現在もアメリカ社会全体を揺さぶり続けているという見方もあるようです。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では作家で米国在住の冷泉彰彦さんが、自身の記憶とともに9.11以降の25年間を振り返り、アメリカを大きく変えた「3つの分断」を分析。さらにニューヨークが「失われた時間」を断ち切るために果たすべき役割を考察しています。
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:911から25年の歳月を振り返る
「3つの分断」の原点。911から25年の歳月を振り返る
アメリカ北東部では、晩夏になると、時おり快晴時に透明な蒼天を目にすることがあります。地元ではこれを「クリスタルブルー」と言います。その蒼天を悲劇が切り裂いた「あの日」から間もなく25周年を迎えることになります。被災したわけもないのに、個人的にこのクリスタルブルーというのは、以来、個人的にはとても苦手となりました。多くの人命が失われ、それによって深い憎悪と分断が加速した暗い記憶を伴っているからです。
いずれにしても、事件は「911同時多発テロ」という名前で歴史に刻まれることとなりました。ニューヨークの場合は、世界貿易センターのツインタワーがハイジャック機の突入により倒壊し、約3,000名の犠牲者を出したのでした。ちなみに、どうして「911」が「クリスタルブルー」の記憶を伴っているのかというと、そこには理由があります。
同時多発ハイジャックという事態を重く見た、ブッシュ政権の峯田運輸長官は、米国本土上空の全ての旅客機に対して、「グラウンド」つまり即時着陸を命じました。これ以上のテロ行為を防止するためですが、その結果、米国本土の上空には航空機の機影が消え、飛行機雲も消えたのでした。つまり、911テロの結果として、通常はあり得ない「完璧なクリスタルブルー」が現出したのでした。
その鮮やかな深い青というのは、刺すような痛みを伴いながら深い記憶となっているのを感じます。そうは申し上げても、事件も、実行犯であるイスラム原理主義グループ「アルカイダ」の名前も歴史の彼方へ消えて行きました。アルカイダの首領、オサマ・ビンラディンは既にこの世になく、以降の情勢に米国側から深く関与したチェイニーもラムズフェルドも同様です。危機管理に辣腕を振るった峯田氏も同様です。
回り回って現政権を支えるグループには、報復のために戦われたアフガンとイラクの戦役に対して、保守の孤立主義の立場から反対した層が入っています。それどころか、現職の合衆国大統領その人が、一時期は911陰謀論に凝っていたわけで、まさに隔世の感があります。更にいえば、現在、世界を動かしつつあるZ世代に至っては、この日の記憶を持つものは少ないのです。
流れた時間を考えますと、テロ被災の「傷」は癒えたという見方もできます。倒壊したツインタワー跡には記念館や鎮魂の池など追悼施設が完成し、タワー自体は「ワンWTC」という一棟にまとめられて再建されました。今から思うと、タワー跡地の整地に関しては、遺骨の散逸を恐れた遺族が反対した時期がありました。タワー再建についても、反対論があり、是が非でもツインにせよという声もあれば、再建反対という声もありました。
更に言えば、ニューヨーク市という視点から考えれば、事件後かなりの期間にわたって、例えばイスラム系の文化施設の計画には反対運動が起きたりしていました。そうではあるのですが、今は、Z世代の強い支持を背景にイスラム系の市長を選ぶところまで来たわけです。市長ということでは、事件当時のジュリアーニから、ブルームバーグ、デブラシオ、アダムス、そして現職のマムダニと顔ぶれも変わっていったのでした。
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