立憲民主党と公明党の合流によって誕生したものの、先の総選挙で大敗を喫した中道改革連合。参院両党との合流協議もまとまらず、事実上の解体が確実なものとなってしまいました。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、中道改革連合が分裂に向かわざるを得なかった背景を分析。さらに野田佳彦元首相や前原誠司氏の政治手法を厳しく批判するとともに、今後のリベラル勢力再編の可能性を論考しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:もはや分裂しかなくなってきた中道改革連合/理念なき野合では必ずこんな結末になることがどうして分からないのか?
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
もはや分裂しかなくなってきた中道改革連合/理念なき野合では必ずこんな結末になることがどうして分からないのか?
8月末までにと期限を区切ってきた衆院の中道改革連合、参院の立憲民主党と公明党の3党の合流問題は、予想通り結論に至らず、こうなるともう中道そのものを解消して、衆参とも立憲と公明という元の形に戻すしか術がないのではあるまいか。
三者三様の思惑が食い違って
この事態で主導権を握ってきたのは、参院立憲である。40人の参院議員と多くの地方議員を抱える同党としては、来年春の統一地方選と再来年夏の参院選を生き残り勝ち上がるため、中道に合流してその名で戦うのが有利かどうかが生き死にに関わる判断になる。
しかし中道は、先の総選挙で立憲・公明合わせて167議席を49議席まで激減させる大敗を喫した「失敗政党」であり、そこへ喜んで合流しようとする者など、いるはずがない。
それでも合流を求めるのであれば、合流して中道の看板で戦った方が次の選挙で当選する確率が高くなるという根拠を示して説得しなければならないが、そんなことは不可能で、そうすると結局、中道側は「落選覚悟でこっちへ来て一緒にならないか」と言っているに等しい訳で、これは始めから成り立たない話なのである。
そうすると、参院公明党としては、もう立憲は置き去りにして、自分だけ中道に合流するという手もある。しかしその場合は、現在、立憲系21人に対し公明系28人というすでに公明系が多数を占める中道が、21対49というアンバランスになり、公明系中心の中道の端っこに落ちぶれた立憲系が間借りしているかの風情になる。
だから、中道の中の立憲系は参院公明党だけが合流してくることには反対である。もしも参院立憲も合流してくれば、そのバランスは61対49になるので、何とか面子を保つことになるが、それは叶わぬことである。
公明系にしてみれば、立憲系の収拾のつかない混乱にいつまでも付き合っている暇はなく、遅くとも来春統一地方選の半年前、10月には見切りを付けて、立憲系が何を言おうと参院公明党を中道に合流させ、衆参議員が共に地方選と参院選を戦う態勢を作ろうとするだろう。それで立憲系が「出ていく」と言うなら、「あ、そうですか。残念ですね。またいつの日か一緒にやりましょう」と送り出すことになるのだろう。
「分裂」というほど格好のいいものではなく、いよいよ尾羽打ち枯らした立憲系が中道から追われて路頭に迷うことになるような「離別」となるのではないか。
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