カリム博士の理論の中心にあるのは、「世界は量ではなく、形の質によって動いている」という視点である。
ピラミッド型、ドーム、円、黄金比。
形が変われば風の流れも光の反射も音の共鳴も変わり、僕たちが感じる安心感や緊張感にまで影響が及ぶという。
この考えを土台に、博士は松果体を、そのフィールドを感じ取る器官として位置づけている。
松果体は、縮こまった目のような形をしている。
かつて実際に「目」だったことがある器官だと博士は語る。
だが、もしそれが光を受け取るための器官であるなら、なぜわざわざ脳の奥深く、外の光が届かない場所に沈められているのか。
実はこの矛盾には、進化生物学的な裏付けがある。
多くの脊椎動物の祖先には頭頂部に「頭頂眼」と呼ばれる光受容器官があったことが分かっており、イグアナの頭頂部に残る透明な鱗や、ニュージーランドのトゥアタラというトカゲに現存するほぼ完全な第三の目が、その名残として知られている。
問題は、なぜその器官が外の光の届かない場所へと沈んでいったのか、という点である。
博士はここで、かつて外の光を受け取っていた器官が、体の内側にある光を感じ取るために移動したのではないか、という仮説を立てる。
ここで登場するのが心臓である。
心臓は単なるポンプではなく、電気信号によって動く生体モーターであり、その周囲には脳を上回る強さの電磁場が生まれている。
細胞活動に伴って微細な光が放たれている可能性も指摘されており、もし松果体がこの心臓由来の「内なる光」を感知しているのだとしたら・・・
心臓の状態、感情の揺れ、意図のあり方こそが、僕たちの現実を形づくるプロセスの中心にあることになる。
これは冒頭で触れたコヒーレンス研究とも、決して無関係ではない。
心拍のリズムが整うと脳波も整う。
心臓が発する電磁場が体全体、さらには周囲の環境にまで影響を及ぼしている可能性を示唆する報告も、近年少なくない。
科学がようやく計測できるようになってきた領域と、古代から語られてきたこの種の理論とが、静かに重なり始めているように、僕には見える。
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