これは物理学の話とも重なる。
宇宙において僕たちが物質として認識できる範囲は全体の約五パーセントに過ぎず、残りの九十五パーセントはダークマター、ダークエネルギーと呼ばれる、いまだ捉えきれない領域として広がっている。
松果体が光と意識を感じ取るセンサーであり、心臓が電磁波とリズムの司令塔であるとすれば、この二つの内なる波が揃い、外界のリズムと同期したときに、普段は感知できない残りの領域から、直感やシンクロニシティという形で情報が流れ込んでくる、というのが博士の主張である。
こうした理論を、科学的に証明された事実として鵜呑みにする必要はないと僕は思う。
だが、二十五年以上、施術という現場で身体に触れ続けてきた者として言えることが一つある。
心臓の状態──どれだけドキドキワクワクしているか、どれだけ静けさの中にいられるか──
が、その人が見ている世界そのものを変えてしまう瞬間を、僕は数えきれないほど見てきた。
現代の生活は情報と刺激で満たされていて、僕たちは本来持っていたはずの、創造の源とつながっていた記憶を、少しずつ忘れてしまっている。
取り戻すために必要なのは、何かを新しく手に入れることではなく、余計なノイズを取り除くことである。
沈黙、静寂、そして自然。
施術の場が、数少ない「強制的な静けさ」をつくり出せる空間である理由も、そこにあるのだと思う。
心臓が静かに整い、素直な潜在意識というフィルムが歪みを手放し、松果体というレンズが澄んでいくとき、外の光と内の光が重なり合う場所で、僕たちはようやく、自分自身の現実を、少しだけクリアに観ることができるのかもしれない。
それは特別な誰かにだけ開かれた扉ではなく、静けさの中で身体に耳を澄ませば、誰の内側にも眠っているものだと、僕は感じている。
テレパシック感性──言葉になる前の情報を、身体で受け取る力。
今日話した理論の先にも、それは確かに息づいている。
施術後の手には、今日触れた人たちの体温がまだ残っている。
「よくなりますように…」
本日も施術に精進いたします。
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