今回は日銀による量的・質的金融緩和(QQE)の行く末を考えてみたいと思います。今後、日銀はどこに向かうのでしょうか。そして、日本経済はどうなってしまうのでしょうか。(『一緒に歩もう!小富豪への道』田中徹郎)
プロフィール:田中徹郎(たなか てつろう)
(株)銀座なみきFP事務所代表、ファイナンシャルプランナー、認定テクニカルアナリスト。1961年神戸生まれ。神戸大学経営学部卒業後、三洋電機入社。本社財務部勤務を経て、1990年ソニー入社。主にマーケティング畑を歩む。2004年に同社退社後、ソニー生命を経て独立。
超円安、物価高、金利上昇の三重苦に?出口なき緩和の行く末
日銀頼みで後手に回っている政府の経済政策
僕は今の政策は日銀に頼りすぎだと思います。確かにデフレは貨幣的な現象で、日銀が市場で流通するマネーの量を増やせば、デフレが解消に向かう部分もあるでしょう。ただ、QQE(量的・質的金融緩和/異次元緩和)のみでデフレを解消するのは無理があり、QQEと並行し実体経済を刺激して需要を増やすことが、今の日本にとってバランスの取れた処方箋ではないかと思います。
そのことは安倍さん自身がよくお分かりのはずで、首相に就任した当初打ち出した「三本の矢」のうち一本は、規制改革による経済成長でした。
それがいつの間にやらウヤムヤになり、「一億総活躍社会」などという、成否の測定が困難なスローガンに変わってしまいました。
日銀によるQQEは、確かに安倍さんの政策を後押しする重要な手段ではありますが、それのみで我が国経済の再生は無理でしょう。QQEはあくまで時間を買う政策であり、その間に政府は改革を進めるはずでした。
ところがどうでしょう。あれからはや3年が経とうとしていますが、TPP以外に目だった改革は行われていないようにみえますし、そのTPPにしても即効性は期待できません。
農業、医療、税制、年金、金融、新産業の育成…。政府がやるべきことは多いはずですが、いずれも停滞感が漂っています。
たった2日、9名の多数決で決まる日銀金融政策決定会合の功罪
考えてみれば、議会制民主主義は面倒ですね。アチコチに既得権で守られた抵抗勢力があり、それぞれに票をまとめて代表者を議会に送り込んでいます。自民党の議席が圧倒的な今ですら、既得権の壁を壊すのは一筋縄ではゆかず、それが規制改革を停滞させているといってよいでしょう。
これに対して、日銀の金融政策のほうはラクなものです。わずか9名の審議委員の多数決によって、しかもたった2日の非公開の場で政策を決めることができますので。
しかもその審議委員は、事実上政府が決めることができます(正確にいえば、政府が候補者を国会に提示し、国会の同意を得て任命される)。ですので、政府は間接的に日銀の金融政策に影響力を行使しているといってもよいでしょう。
確かに「日銀の独立性」の名のもと、日銀は政府から独立して金融政策を決めてはいるのですが、このような現状を踏まえれば、事実上日銀の政策は、政府によって誘導されているとみておくべきでしょう。
繰り返しになりますが日銀の政策決定は、わずか9名の審議委員のうち5名が賛成すれば決まりますし、重要事項の決定も、たった2日間で決めてしまいます。つまり政府が行うべき規制改革などに比べ、日銀の金融政策は極めて機動性に富んでいるといってよいでしょう。
安倍さんが当初打ち出した三本の矢のうちの「大胆な金融政策」が突出し、「規制改革による成長」が遅々として進まない理由はここにあるといってよいでしょう。
逆にいえば日銀は、身の丈に合わない荷物を背負わされているといってよいのかもしれません。その結果金融政策に負荷がかかりすぎ、苦肉の策として導入されたのが今回の「マイナス金利付きQQE」というわけです。
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日銀の賭け――マイナス金利政策がもたらす「2つの想定外」
おそらくこの政策は、日銀にとってかなり勇気のいる賭けではなかったでしょうか、事実今回の決定では票が割れ、可決はわずか一票差でした。
長短の金利が大きく下がり、すでに住宅ローン金利が下がり始めたのは成果といえるでしょう。今後住宅投資はじめ不動産投資が活発化し、実体経済へよい影響を与える可能性があります。
一方で、想定外の弊害も出てきました。
一つ目の弊害
国民が銀行預金を嫌い、現金を手元に置き始めたことです。これは個人が手元に現金を退蔵し、市場に供給されにくい構図です。マネーが経済成長に寄与せず、この場合せっかくのマイナス金利の意味が薄れかねません。
二つ目の弊害
円高も想定外ではなかったでしょうか。黒田さんの狙いは円金利の低下による円安だったはずですが、逆にマイナス金利によって世界的なリスク・オフの流れが生じてしまい、安全資産と見られる円が逆に買われてしまった格好です。
今後の銀行や生保の収益への悪影響も心配です。銀行は個人から預かる預金の金利はマイナスにできません。一方で、貸出金利はマイナス金利の影響で低下方向でしょう。生保も同じ悩みを持ちます。銀行の利ザヤ縮小は、彼らの貸し出し姿勢を厳しくし、逆に民間企業への融資が減る可能性もあるでしょう。この場合もマイナス金利の効果を相殺する可能性があります。
ただし、日銀はもう後戻りはできません。なぜならここで政策を転換すれば、日銀への信認が損なわれて大きな混乱を招くからです。
では今後、日銀はどこに向かうのでしょう…。そしてその場合、日本経済はどうなってしまうのでしょうか。
Next: マイナス金利は前人未踏の領域、誰も成功を保証できない危うさ
マイナス金利は前人未踏の領域、誰も成功を保証できない危うさ
2016年2月、日銀は未踏の領域に入りました。つまりマイナス金利の採用です。
これで日銀は、
- マネーの量
- 買い入れる金融商品(すなわちオーソドックスな日本国債だけではなく、ETFやREITまで対象にするという意味で)
- 金利
という3点で異次元な金融緩和の時代に入ったといってよいでしょう。
これに対し市場では、「すでに日銀の政策は限界を迎えつつあるのではないか」という不安が台頭しつつあるといってよいでしょう。「上記3点を強化することにより、いくらでも金融緩和を進めることはできる…」黒田さんは常々このように言いますが、どうやら市場は、冷ややかに見始めたといえるでしょう。
例えば、マネーの供給策です。
「年80兆円の供給でダメなら100兆円刷ればいいだろう、なんなら120兆円に増やしてもいいんだよ。」
仮に日銀がこのように考えたとしても、なにやら危うげです…。
かれこれ3年にわたり紙幣の増刷を行ってきた結果、すでに日銀の資産総額は我が国GDPの70%を超えています。このまま年80兆円のペースで一万円札を刷り続ければ、来年いっぱいで日銀の資産残高はGDPを上回る計算です。
別に日銀の資産がGDPを超えても直ちにどうということはないのですが、一つの危機ラインとして意識されるのではないかと思います。
ちなみに米国の場合、FRBの資産総額は約4.5兆ドル。これは同国GDP比26%ほどにすぎません。
もし市場が、マネーと実体経済のバランスの悪さに対し疑念を持ち始めるとしたら、いったいどのようなことが起きるのでしょう…。ちょっと怖い気もしますが、ここまでくれば考えないわけにはゆきません。
Next: 最悪は「円安、物価高、金利上昇」の三重苦で国民生活に大打撃
最悪は「円安、物価高、金利上昇」の三重苦で国民生活に大打撃
まず考えられるのは、円紙幣に対する信認の低下だと思います、紙幣を紙幣たらしめているのは、発行主体に対する絶対的な信頼です。この信頼がなければ紙幣はすでに紙幣ではなく、ただの紙切れです。たとえ一気に円に対する信認が失われなくても、例えば数か月、あるいは数年という時間軸で、徐々に信頼感が薄れてゆく可能性があるでしょう。言い換えれば、強めの資産インフレです。
二つ目に考えられるのは、日本国債への信認の低下でしょう。これは紙幣に対する信認の低下と同義です。日本国債は売られ、高い利息を付けなくては国債の買い手は見つかりません、つまり金利の上昇です。
ここのところ続いた低金利によって、日本政府が支払う国債の利子(利払い費)は低く抑えられてきましたが、国債の金利が上がれば、逆のサイクルが生まれるでしょう。政府が支払う国債の利払い費は増え、財政は悪化するでしょう。財政の悪化によって国債の発行額は増え、それがさらに利払い費の増加要因になります。このようにして悪循環が生まれると、なかなか止めるのは難しく、よく言われるように財政破綻が現実味を帯びてくるのかもしれません。
三つめは為替市場における円の信認低下で、これも根っこの部分は上記二つの現象と同じです。円に対する国際的な信用が低下すれば、為替市場で円は売られることになるでしょう。
上記をまとめれば、円安、物価高、金利の上昇です。もしこのような状態を迎えれば、私たち庶民の生活はかなり大きな打撃をこうむることになるはずです。
すみません…すこし悲観的なお話しをしてしまいました。が、最悪のシナリオとして頭に入れておきべきではないかと思います。
もちろん私たちは今を生きる日本人として、次の世代やその次の世代への責任があります。私たちの時代にこのような悲惨な状態にならないよう、進んで痛みを受け入れる必要があるのではないでしょうか。
Next: 追い詰められる日銀/これからの日本はどうなる?3つのシナリオ
追い詰められる日銀
3年前、黒田さんが日銀の総裁に就任したとき、まるで白地のキャンバスに絵を描くように、新たな金融政策が導入され、日本経済への期待も高まりました。新しい政策への期待から、僕自身も胸が高鳴ったのを覚えています。
民主党時代の超円高は一気に是正され、株価は急伸し、物価も2%を目指すかに見えました…。戦力の集中投入によって市場の期待に働きかける政策は、本当にうまく機能したように思います。そこまでだけでも黒田さんの手腕は、大いに評価されてよいのではないかと私は思います。
ただし、そこからがいけません。どだい金融政策だけで経済を持ち上げるのは限界があり、もう一つの矢…すなわち構造改革と合わせ両翼のエンジンが働かなければ、日本経済は離陸しないということでしょう。
政府が行うべき成長戦略がエンジン停止状態に陥るなか、金融政策だけで飛ぼうとするから、日銀に過剰な負荷がかかるのではないでしょうか。
紙幣を大量に印刷した結果、日銀のバランスシートが異常な規模に膨らんでしまったのも。政府が発行する国債を、実質的にすべて日銀が買うのも。ETFやREITなど、保有を正当化しずらい資産を日銀が買うのも。そして今回のマイナス金利も…。すべて、日銀への過剰な負荷の結果ではないかと思います。
だとしたら、私たちが行き着く先はいったいどこなのでしょうか。
これからの日本はどうなる?3つのシナリオ
考えられるシナリオは3つしかないように思います。
一つは、延々と片肺飛行を続けるというシナリオです。言い換えれば、日銀は現在のマイナス金利と紙幣供給策(すなわち量的質的緩和)を続けざるを得ないということです。繰り返しになりますが、この場合、時間の経過とともに日銀…つまり紙幣への信頼は薄れ、実物資産を買うために私たちはより多くの紙幣が必要になるでしょう。強めの資産インフレです。
二つ目は、片肺飛行が続けられなくなり、日本経済が再び長期的な停滞に入るというシナリオです。これもまたありがたくないシナリオです。再びデフレに入れば財政赤字が膨らみ、そこから先は煽り系の人たちがよく言う展開です。
三つめは、政府が心機一転、新たな成長戦略を打ち出し、日本経済が新しい成長軌道に乗るというシナリオです。本来はこのシナリオに期待したいところですが、最近のTPPの審議や労働改革などの推移見ていますと、なんだか暗い気持ちになってしまいます。
私たちは未来を予見することはできませんが、不悪実性が高まっていることだけは確かでしょう。私たちは自らできる準備を、粛々と進めるに越したことはありません。
『一緒に歩もう!小富豪への道』(2016年3月11日号、3月18日号、4月15日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による
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