東芝が経産省と組み、株主総会における議決権に関して、外国人株主に圧力をかけたということが第三者委員会によって暴かれています。これには国の中枢の様々な人物が出てきて、その報告書は非常に読み応えのあるものとなっているのですが、いかんせん長くて分かりにくいというところがあります。今回はその内容をかんたんにわかりやすく説明したいと思います。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。
外国人株主に「プロキシーファイト(議決権争奪戦)」を挑まれた東芝
この話の発端は、2020年7月31日に行われた東芝の定時株主総会にあります。議決に関して綱渡りの状況が続いていました。
というのも、東芝というとアメリカで買ったウェスティングハウスの原発が大損を出してしまったり、あるいは不正会計問題などもあり、不祥事や経営不振によって様々な苦しい状況になってきたわけです。
それで資本が足りなくなったおかげで、外国人株主など外部の株主から資本を調達したがゆえに、株主構成としては外国人がかなり多い状況となってしまっていました。
以下のグラフの通り、エフィッシモ(村上ファンド系のファンド)が15.5%、それから3D、ハーバート、ファラロン、キングストリートと、外国人投資家、特に”モノ言う株主”と言われる人たちが多くを占める株主構成となっていました。
その他、外国人も含めるとおよそ全体の62%が外国人によって占められていたということになります。
上場企業にとってひとつ大切なのは、安定株主工作ということがあります。
安定した株主がいないと外部の株主は何を言ってくるかわからないということで、株主総会の運営が不安定になってしまうわけです。
それによって会社の提案が通らない、例えば会社が提案した取締役が選任されないなど、経営が不安定となりかねません。
このような状況ですから、いよいよ経営陣は肝を冷やしていました。
当時の社長の車谷さんをはじめとする取締役の面々が株主総会によって選任されない、否決されてしまう可能性があったわけです。
それだけではなくて、これらのファンドから社外取締役への株主提案も出ていて、それが可決されたとなると、株主提案で選ばれた取締役が経営陣に送り込まれて引っかき回されるようなことになってしまいかねなかったわけです。
こういったときに起こるのが、「プロキシーファイト」と呼ばれる議決権争奪戦です。
どうやって自分の有利になる議決を取りまとめるかが、それぞれの陣営において急務となります。
国の力を使った”ズルい”東芝
しかし、東芝はここでちょっとズルいことを考えてしまいました。
経営陣は、経産省を使って何とかしようと考えたのです。実は東芝は”国策銘柄”と言われるほど、国とズブズブの関係なのです。
アメリカのウェスティングハウスを買収したときも、完全に経産省が主導して行った案件とも言われています。
そんな中で何を考えたのか、もちろん国が株主に直接働きかけるというのはなかなか難しいですが、一方でこれが彼らは、外為法を使えば何とかできるのではないかということを考えました。
実はこの外為法というのが、問題が起きていた時に改正されたばかりでした。
それまでは10%以上を有する場合は報告を求めていたのですが、今回の改正によって指定業種にかかる1%以上の出資で、事前登録が必要ということになってきたわけです。
つまり、1%以上持つこと自体は問題ないのですけれども、出資比率の1%以上を持っていた場合、その外国人投資家が当局の監視下に入るということになっています。
外為法というと、基本的には国の安全保障に関わることですから、安全保障に問題を与えるのではないかということを国が判断すれば、これらの投資家に対して売却命令を行うことができるわけです。
つまり、これを使っていちゃもんを付けてしまえば、外国人投資家を排除することができるという風にも拡大解釈できかねない法律になっています。
資本主義的な考え方からすると、ズルい法律だなという風には思いますが、これが5月18日に施行されていたところでした。
そこで東芝の経営陣は、経産省に働きかけます。
Next: その時、国(経産省)が動いた。妨害工作の方法と詳しい経緯
妨害工作の方法と詳しい経緯
まずは一番の敵であるエフィッシモを懲らしめてくださいという風に、仲の良い経産省に告げ口をします。
しかし経産省も、なんでもかんでも外為法とそう簡単にはいきません。改正されたばかりですし、下手に外為法を乱発してると、さすがに外国人投資家からの信用を失ってしまうということになりますから、これだけでいちゃもんをつけるのは簡単ではありません。
ところが東芝も引き下がらず、何とかして欲しいということを言います。
経産省としても東芝という大企業が、こんな大変な状況になってしまっては困るなという風にも考えたのかも知れません。この後、行動に出ることになります。
ちなみにこの時には東芝は業績不振によって、東証1部から東証2部に落ちていたところでした。それで何とか東証1部に復帰しようと頑張っていったところです。これで東証1部に復帰できないということになると、経産省としては嫌だなという印象を持っていたのかもしれません。
仮に株主提案が通って、現在の取締役が落ちてしまったり、新しい取締役が入ったりすると、一層掻き回されて、1部上場が流れてしまう可能性もありましたから、それは経産省としてはあってはならないという風に考えたのかもしれません。
では、どういった行動に出たのかというと、経産省としてはこの3Dというファンドに遠回しながら、コミュニケーションを取りましょうというような形で打診しました。
そこで言ったとされていることが、報告書に書かれていますけれども「隣が大火事の時に横でバーベキューしていると、それでは済まないことになることもある」と、非常に婉曲的な表現を使いました。
どういうことかというと、3Dはエフィッシモに比べると大人しいファンドではあります。東芝の一番の敵と目しているのは、村上ファンド系のエフィッシモなのですが、例えばこのエフィッシモは村上ファンド系と言いながら、本籍をシンガポールに置いているので、外国人投資家ということになります。
そこで経産省がエフィッシモに対して外為法を発動して、売却命令を出したり、今後日本での投資活動を難しくするようなことをしたら、3Dは同じように株主提案を出していますから、あなたのファンドもタダでは済まない可能性がありますというような、一見すると脅しとも取れるようなことを言ったという風にも言われています。
ハーバード基金にも裏の手を伸ばす経産省
またもうひとつ、ハーバードの基金があります。
アメリカの大学というのは積極的に基金を運用して、大学の運営資金に当てているのですが、ここに対しては経産省が直接行ったのではなくて、経産省の幹部であるM氏という人が個人的な繋がりも使って、働きかけたという風に言われています。
ところがこのハーバードの反応としては、後々ロイターの記事などでも出てくるのですが、M氏に対して「HMC関係と関係のない人物から、東芝の選挙に関して望んでもないミーティングの要請を受け、礼儀としてミーティングに応じたが、そのやり取りは内容も時期も極めて不適切なものであるとわかり、投票しないことにした」と発言しています。
これが東芝からきていたなら、適切な会話ということになるかもしれません。けれども、東芝とも直接関係のない経産省の幹部がいきなりミーティングしようと言ってきて、しかも今まさに株主の議決権を争っている直前のところで、こういう風にしてくれと働きかけてきたというのは、不適切と言わざるを得ない。「圧力を感じた」と言われてもおかしくないということで、天下のハーバードですから、毅然とした対応を取ったということになります。
ただ、結果としては投票を棄権したのですが、棄権したことがプラスに働いたということにもなっています。
なぜならもしこのハーバードが株主提案の方に賛成に回っていたら、もしかしたら通ったかもしれないからです。ということから、ここで投票させなかったというのは、意図としては上手くいったとも言えるかもしれません。
しかし、話はこれで終わりません。
Next: 菅総理「強引にやれば外為で捕まえられるんだろ?」
菅総理「強引にやれば外為で捕まえられるんだろ?」
ここで出てくるのが当時官房長官だった菅総理です。この報告書の中では菅官房長官のことを名前を伏せて「丘の上」と呼んでいたことも書かれています。
菅総理が行っているという朝食会に、東芝から幹部が参加しまして、こういった状況を説明しました。
そこで菅総理の発言としては、「強引にやれば外為で捕まえられるんだろ?」というようなことを言ったのです。
確かに先ほど説明したように、この外為法というのはかなりふわっとした法律で、正直、政府の一存次第で、外国人投資家を排除できてしまう含みを持った法律です。
しかし。それを乱発するというのも、国の権限としてはあってはならないと私は考えます。
ところが、菅総理は強引にやればいいんじゃないかと発言したということです。
これは実際には行われることはなかったのですけれども、菅総理や政府のずるい・汚い考え方が、このセリフに反映されているのではないかと感じてしまうところです。
これ自体は直接的に何か問題になっているというところではないのですが、こういう事がありましたと、報告書の中でも出てきましたということです。
それで最終的な結果はどうなったかというと、会社提案を可決、そして株主提案は否決されました。この会社提案の方で、実は車谷社長もかなり薄氷で、CEOの株主総会での議決案として滅多に見られないぐらいギリギリの採決だったわけです。
3Dやエフィッシモが出していた株主提案は、最終的に否決されました。
抵抗する村上ファンドの提案で暴かれた真実
しかし、前述の通りハーバード基金が株主提案に賛成するようなことがあれば、直接的には足りなかったのですが、もう少し票が動けば可決される可能性もあったということです。なので、やはりこの圧力をかけたという問題が響いていると言われています。
そして、流石におかしいと思ったエフィッシモは、2021年3月に臨時株主総会で、これを調査するという株主提案を出しました。
その株主提案は可決され、この第三者委員会の報告書が出てきたということになります。
その後、東芝はCVCというイギリスのファンドによって買収されるような提案を車谷社長の主導で行ってエフィッシモも排除しようとしましたが、結果、それも上手くいかなそうで、車谷社長は辞任をを迫られて今はいないということになります。
結局は車谷社長も、何がしたかったのかというところですけれども、基本的には自分の保身というものを考えたのではないかというのがひとつ考えられます。
このエフィッシモの提案や外国人株主に取り囲まれる状況では、自分の再任すらままならないというところもありました。
Next: 政治に勤しむ会社に未来はない。東芝は今後どうなる?
政治に勤しむ会社に先は無い
東芝という会社にとってみても、国とのズブズブの繋がりがあって、報告書の中にも出てきましたが、東芝ほどの会社が大変な状況になっては困るという、ある種自分たちの会社が特別であるかのような発言も随所に見られるわけです。
実際に政権と深いつながりを持っているというのも確かなのでしょうけれども、このように政治の話ばかりやってる会社というのは、先が見えないわけです。
本当に大切なのは政府を見て仕事をするのではなくて、顧客を見て仕事をすることです。いかに顧客のために尽くすか、それが最終的に企業の利益という形になって返ってきます。
経営陣がそれをせずにこうやって政治に明け暮れているようでは、会社の将来というのはを決して見えません。そういった会社に長期投資はまったくできないということになります。
実際に業績に関しても、ずっと売上高は右肩下がりになっています。株価も長期で見るとずっと下落傾向にあります。一時的に上がったりはするのでしょうけれども、結局それは投機と変わらないということになります。
一方で、東芝というと技術などはまだ持っている会社でもあります。車谷社長が退任し、今は綱川会長が兼務しているという状況ですけれども、今後、東芝にまともな経営陣が出てきて、従業員や顧客に真面目にやっている人が報われるということを切に願っています。
(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)
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『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2021年6月15日号)より
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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。