米国の債務上限引き上げをめぐる交渉がかつてないほど難航しています。延命を繰り返す状況に「毎度のこと」と安心していると、まさかの米国債デフォルトがありうる状況です。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
綱渡りの債務上限問題で共和党が責任回避
米国ワシントンでは債務上限問題を巡って瀬戸際交渉が続いています。この交渉が数か月も難航する中で、米国のバイデン大統領は4日、米国債のデフォルトが回避できる保証はない。共和党のマコネル上院院内総務いかんだ、と警告しました。その前にイエレン財務長官が議会の公聴会で10月18日に資金が底をつく。それまでに債務上限を引き上げないと、デフォルトとなって米国の信任を失墜すると警告していました。
そして今週、債務上限の22年末まで適用停止を求めた3度目の交渉が始まり、6日には来年末まで上限の適用を停止する動議が出されましたが、共和党がまたもこれを拒否、採決が延期されました。
こうした事態を受けて、1か月物のTB(財務省短期証券)の利回りは一時1.39%まで上昇、10年国債利回りも1.573%まで上昇しました。ダウは一時500ドル余り下げ、緊張感が高まりました。
その中でバイデン大統領は企業トップと相次いで会談、デフォルトという異常事態を避けるために、企業の支援を求めました。つまり、共和党に圧力を掛けるということです。
これらを受けて、共和党のマコネル上院院内総務は、今年の12月まで、債務の上限を一時的に拡大することを容認する、と表明しました。
これを受けて、当面のデフォルト懸念が後退したととられ、大幅に下げていた株価も反発、ダウは500ドル超の下げから一転、最後は100ドル余り上昇して終わりました。1か月物TBの利回りも0.05%に、10年国債利回りも1.52%まで低下しました。
共和党の妥協を受けて、今後は12月までのつなぎ措置としての債務引き上げ法案を民主党が作成し、過半数の票を得て、これを確認する手続きが必要ですが、民主党のシューマー上院院内総務からの発言はなく、民主党全体の意向は依然不透明です。
ホワイトハウスも共和党の提案に応じるかどうか、明確にしていません(編注:原稿執筆時点2021年10月6日。米議会上院は7日、政府の借入限度額を定めた債務上限を引き上げ、12月3日まで政府資金を確保する法案を賛成多数で可決しています)。
かつてないほど難航する債務上限問題の調整
米国では債務の上限問題で短期的に政府機関がシャットダウン(閉鎖)されたことはありますが、これまでデフォルト(債務不履行)に陥ったことはありません。
市場もほとんどがデフォルトは考えられないと見ています。しかし、今回の債務上限問題への対応を見ていると、これまでとは違う空気を感じます。
財政年度末にあたる9月30日、議会上下両院は9週間分の暫定予算を可決し、当面の政府職員の給与支払いや、アフガンからの入国者支援などの資金を確保しました。従って政府機関の閉鎖は回避されました。しかし、この暫定予算に合わせて債務上限既定の22年末までの適用停止再延長案は共和党に阻止され、債務上限問題はまだ宙ぶらりんの形になっています。
バイデン大統領はトランプ政権時代に民主党が協力して3回も上限適用の停止に協力し、結果的にトランプ政権は8兆ドルも債務の拡大が可能になった。
今こそ超党派で債務危機を回避すべきと、共和党に協力を求め、今週3回目の上限適用停止交渉に入っていますが、冒頭に示したような一時的妥協にとどまっています。
Next: 民主党内でも債務規模縮小に賛否両論。動けぬバイデン
民主党内にも債務規模縮小に賛否の声
共和党はバイデン政権の3兆5,000億ドル規模の医療、教育、気候変動対策の縮小を求めていますが、民主党内にも規模縮小の声があります。上院民主党の穏健派、ジョー・マンチン議員も、3.5兆ドルから1.5兆ドル規模への縮小を求めています。
その一方で、下院民主党の左派が規模縮小を拒んでいます。
もともと左派のサンダース議員らは6兆ドル規模の対策を求めていたのに、バイデン政権のために3兆5,000億ドルに縮小することを飲みました。民主党左派としてはこれ以上の減額は飲めないとして、下院では1兆ドルのインフラ投資案より先に3.5兆ドルの医療、教育案を通すべき、と主張しています。
つまり、バイデンの大規模財政プランは共和党と民主党左派の相反する声の板挟みにあって身動きが取れなくなっています。
中間選挙を狙った共和党戦略
共和党としても、自分たちの反対によって米国債がデフォルトし、米国の信任を失墜させたととられると、共和党が犯人にされ、次の中間選挙に不利になります。
そこで共和党は中間選挙を考え、「共和党に頼らず、上院民主党だけで決められる財政調整措置(リコンシリエーション)を使えばよい」、と突き放しました。
しかし、これを使う場合、様々な手続きと、暗黙のルール(財政年度内に1回しか使えないというもの)もあります。バイデン政権はすでにこの財政調整措置を1回使っています。10月から新しい財政年度に入ったとはいえ、これを使うと、次に何かあった時に財政危機に追いやられるリスクがあります。
しかも、トランプ政権の共和党は一枚岩になっていたのに対して、現在の民主党は左派、中道で分断しています。この民主党の分断が共和党政権には「吉」と出たのですが、バイデン政権では「凶」となりました。
一枚岩の共和党から「協力者」を得ることが困難な一方、身内の民主党から「反乱者」が出るリスクがあり、民主党が多数派を維持できないリスクがあります。
その分、トランプ政権時よりも財政危機への対処では困難な状況にあります。
Next: 民主党がデフォルトを選び、責任を共和党に押し付ける作戦も
民主党があえてデフォルトさせる可能性もある
共和党は自らを悪者にされたくないので、この問題には手を染めないから、上院で50議席を持つ民主党が2か月間の臨時上限引き上げ法案を通し、さらに来年は「リコンシリエーション」で上限適用の停止再延期をすればよいと放り出しています。
しかし、この手続きは前述のように複雑で時間がかかります。多くの条件をクリアしないと通せません。民主党の分断を考えると、簡単ではありません。
このため、米国でのデフォルトリスクがこれで払しょくされたことにはなりません。
民主党の中には、共和党のせいにするために、あえてデフォルトを選択する考えもうかがえます。部分デフォルトであっても、市場の混乱は避けられません。
また手の付けられないほど巨額となった米国債務を「ご破算」にするために、あえてデフォルトの手段を利用するとの考えも聞かれます。
世界最大の米国債市場でデフォルトが発生すれば、イエレン財務長官が指摘するように、米国の信任低下、ドル債の格下げ、長期金利の大幅上昇、ドル不安、株安となって米国経済が悪化し、その影響が日本も含めた周辺国に及びます。
まだしばらくはワシントンから目が離せません。
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『マンさんの経済あらかると』(2021年10月7日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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