ソフトバンクグループが8月8日に発表した4-6月期決算は、純損失が3兆1,627億円と、四半期ベースで過去最大の赤字となった。うち、ビジョンファンド事業からの投資損失は2兆9,191億円に達した。私は同ファンドがそれなりのパフォーマンスを上げている時から、バブル的だと指摘していた。その意味では、孫社長の述べる「市場環境や戦争、コロナの影響はあくまで言い訳」は、言い訳にもならない、もともと極めて危険なファンドだったと言える。(『 相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー 相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー 』矢口新) ※この記事は音声でもお聞きいただけます。
※本記事は矢口新さんのメルマガ『 相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー 相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー 』2022年8月15日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に 今月分すべて無料のお試し購読 今月分すべて無料のお試し購読 をどうぞ。配信済みバックナンバーもすぐ読めます。
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。
ソフトバンク・ビジョンファンドのバブル崩壊か?
上場企業2022年4-6月期の純利益は前年比26%減と2四半期連続で減益となった。自動車や電機が原材料高や供給制約で振るわず、円安による押し上げ効果では補えなかった。
ソフトバンクグループが株安で巨額赤字を計上したことも、全体を押し下げた。日本企業の減益幅は、世界全体の5%減よりも落ち込みが大きかった。
ソフトバンクが8月8日に発表した4-6月期決算は、純損失が3兆1,627億円と、四半期ベースで過去最大の赤字となった。うち、ビジョンファンド事業からの投資損失は2兆9,191億円に達した。上場する投資先の株価急落による損失に加え、未上場の投資先の評価額も計上した。また円安により、国内会社の米ドル建て純負債が円ベースで増加し、為替差損8,200億円を計上した。
これにより、ハイテク・ベンチャーへの投資を謳い2017年に立ち上げた1号ファンドと、2019年からの2号ファンド(ラテンアメリカファンドを統合)を合わせた利益がほぼなくなった。1号ファンドの累計損益は1兆5,172億円のプラスで、2号ファンドは1兆3,387億円のマイナスとなっている。
2016年の世界のベンチャーキャピタル総投資額が1,500億ドル以下だったところに、1号ファンドは1,000億ドル(ソフトバンク3割出資)を90数社のベンチャー企業に振り分けた。
2号ファンドは560億ドル(ソフトバンク全額出資)で、ピーク時には2日に1社という異例のペースで投資を決めたという。同ファンドの投資先は267社だが、上場したのは14社。大半は未上場投資先の評価損となる。
「有頂天になっていた」孫正義氏が猛省
ビジョンファンドは、ソフトバンク純資産の半分近くを占めている。
「有頂天になっていた」と、孫社長は語った。「1号ファンドでは1社に1兆円近いような投資をし、大振りで三振というものがたくさんあった。これを反省し2号ファンドではしっかり組織を作り、1社あたりの投資額も小さめにして、行けると信じていた。だが打席で振りまくったら大きな評価損を出した。市場環境や戦争、コロナの影響はあくまで言い訳。もう少し厳選して投資していればこれほどの痛手を負わなかった」。
同氏は、ビジョンファンド部門の運用コストを大幅に削減し、新規投資を厳選する考えを示した。
一方で、昨年以降、ビジョンファンドからは幹部の離職が相次いでいる。昨年には副社長兼最高戦略責任者を務めた佐護勝紀氏、今年に入っては最高執行責任者を務めていたマルセロ・クラウレ氏が退社。直近では長年ビジョンファンドを統括してきたラジーブ・ミスラ氏が主要な職務の大部分を退くと報道された。ちなみに、クラウレ氏の退職金と長期報酬は127億円だという。
また公表によれば、4-6月に合計で約1兆7,000億円を調達、6月末時点の手元流動性は約3兆8,000億円に積み上がった。
内訳は、保有するアリババ株の一部を先渡し売買契約で、約1兆3,000億円を調達した。この先渡し売買契約では、返済時には金融機関に現金で返すか、差し出した株式を充てるかを選ぶことができるという。1-3月にもアリババ株を活用して約4,800億円を調達していた。また、米通信会社Tモバイル(旧スプリント)の株式の一部を親会社のドイツテレコムに約3,000億円分売却し、アーム株を担保とするローンで約600億円調達した。
先渡し売買契約での返済時に、現金で返すか差し出した株式を充てるかは、アリババ株の上げ下げに左右されることになる。この時の選択権(オプション)を得た方は、プレミアムを払ったことになるはずだ。
Next: アリババ依存でバブル崩壊。ビジョンファンドが危険な4つの理由
ソフトバンク・ビジョンファンドが危険な4つの理由
ソフトバンクは、8月中旬以降のアリババ株を利用した先渡し売買契約は、現物決済のみにすると発表した。これに伴い、アリババ株の保有比率が20%以下(先渡し売買契約で差し出した株式を充てると14.6%)に低下して持分法適用会社から外れるため、7-9月期決算では関連利益を計上することになり、税引き前利益に対する影響額は約4兆6,000億円に達する見込みだという。
これで分かるのは、ソフトバンクの業績はビジョンファンドとアリババに大きく依存しているということだ。これにアームを加えれば、同社は事業会社というより、投資会社だと言っていい。ちなみに、同期間のソフトバンク事業の利益は約2,200億円だった。
このことは、ソフトバンクの業績は、ベンチャー市場、中国市場、半導体市場の動向を強く受けることを示唆している。また、大きな外貨建て債務があるので、円安にも弱い。現状は残念ながら、これらのどこも良くないのではないか?
一方で、ソフトバンクグループは同日、発行済み株式の6.3%にあたる1億株、4,000億円を上限とする自社株取得枠を設定した。取得期間は8月9日から2023年8月8日までの1年間。同社は昨年11月、最大1兆円の自社株取得を決議し、7月末までに7,048億円を取得しているが、この取得期間が終了した後も、自社株取得を継続できるように、新たに枠を設定した。取得した自社株は消却する予定。
これは自己資本比率の低下を意味し、これまで以上にレバレッジ経営を進めることになる。一方、利益が出れば、小さな自己資本で(大きなレバレッジをかけ)利益を出すことになるので、ROEの上昇が期待できるようになる。
私は「投資の学校」向けの「バブルのケーススタディ」で、ソフトバンク・ビジョンファンドを、2020年2月と、2022年7月の2回取り上げた。つまり、同ファンドがそれなりのパフォーマンスを上げている時から、バブル的だと指摘していた。
その意味では、孫社長の述べる「市場環境や戦争、コロナの影響はあくまで言い訳」は、言い訳にもならない、もともと極めて危険なファンドだったと言える。
その理由を箇条書きにすれば、以下のようなものとなる。
1. 2016年に1,500億ドル以下だった市場に、2017年に1,000億ドルを88社に投資
2. 巨額の資金は焦りの現れ?
3. 無理を強いられるスキーム
4. バブルは必ず崩壊する
それぞれ解説したい。
<1. 2016年に1,500億ドル以下だった市場に、2017年に1,000億ドルを88社に投資>
これは買えば上がるという発想で、パワースポーツ選手で言えば、ステロイドを投与すれば勝てるようになるというものだ。
以前、長期間にわたって自転車競技の世界チャンピオンだった人の薬物使用が発覚し、過去の栄光がすべて取り消されたことがある。
ステロイド氏自身は自業自得だが、万年2位や3位だった人はどうなる?賞金が得られなかっただけでなく、自己の才能に限界を感じ、競技を止めた人がいるかもしれない。つまり、ステロイド氏は、その競技全体の未来を損ねたことになる。
同じことはベンチャーにも言える。
数億円、数十億円の資金があればと奮闘している、横並びで大差のないベンチャーの1つに、1兆円近い資金を提供することはフェアだろうか?
圧倒的な支援を受けたその1社の周りで、多くのベンチャーが潰されたと言っていい。
また、WeWork(ウィーワーク)に見られたように、器以上に巨額の資金を手にしたベンチャー経営者が、自分を見失ったようなケースもあるだろう。
つまり、ステロイド・ファンドは、ベンチャー市場の未来を損ねたことになる。
Next: ベンチャー1社に1兆円投資して何を得たいのか?歪められた競争原理
<2. 巨額の資金は焦りの現れ?>
ベンチャー1社に1兆円投資して何を得たいのか?倍になれば2兆円?どうして1ディールだけで兆円単位の儲けが欲しいのか?
私にはそこに投資家としても、企業経営者としても、何ら「純粋なもの」を見出せない。
ディーラーが破滅する時、しばしば巨額の資金を扱うようになる。にわかにビッグ・プレーヤーとして有名にはなるが、実態は、巨額の資金でしか巨額の損失を取り返せなくなっているのだ。
「金持ち喧嘩せず」とは、金持ちは、リスクを取らなくても、事態を納められる。事態が悪くなることはないということだろう。
では、「金持ちになっても喧嘩する」のは、リスクテイカーとしてカッコイイだろうか?
仮に金持ちが自分の身体を張って喧嘩するならば、カッコイイかも知れない。しかし、ファンドとして他人の資金や、企業経営者としてソフトバンク社全体を巻き込むことは避けるべきではなかったか。
<3. 無理を強いられるスキーム>
1号ファンドは1,000億ドルで、ソフトバンクは3割出資で成果分配型だ。7割は外部出資で、4割は固定分配型、3割は成果分配型だ。
問題は、この固定分配型で、投資してもしなくても、評価損が出ていても、毎年投資元本の7%を支払わねばならない。400億ドルの7%は28億ドルになる。ドル円135円で、3,780億円だ。
「1号ファンドでは1社に1兆円近いような投資をし、大振りで三振というものがたくさんあった」のは偶然ではない。固定分配だけで毎日10億円以上が流出していくファンドなので、じっくりと投資先を吟味などしていられないのだ。
熟慮すれば大損する、突っ走るしかないスキームでも成功できるとすれば、世の中全体がバブル化している時だけではないか?
<4. バブルは必ず崩壊する>
2021年末までの世界の金融市場は未曽有の金融緩和と、前代未聞の財政支出がもたらしたバブルだった。どちらも、これまでとは桁違いの資金供給を行った。世界的なインフレもそれが主因だ。
バブルの構造を考えてみよう。
100万円の資金がある時、100万円の投資物件を買えば、もう買えない。200万円になったものを売ると、もう200万円のものは買えない。手数料やスプレッド、税金などで200万円以下になっているからだ。
これを市場全体に広げてみても、100万円以下や200万円以下の投資物件に広げて見ても、突き詰めれば、同じようなことになり、そこからの値上がりはない。
値上がりするのは、新たな資金供給や、新たな信用供与がなされる時だ。使える手持ちの資金が増える時だ。リーマン・ショック後の世界には、マイナス金利や未曾有の資金供給によって、使える手持ちの資金が急増し、資産バブルが引き起こされた。仮想通貨を含め、基本的には何を買っても上がったのだ。
それはコロナ・ショック後に、大掛かりに再開された。そして、誰もが見たことのないような相場となった。SPACやNFT、ミーム株なども、そうした極限のイージーマネーで盛り上がったのだ。しかし、上げたのは投資物件だけでなく、物価も急上昇した。
資金供給や信用供与が永遠に続くならば、バブルの継続は可能かも知れない。MMTは正当化されるかも知れない。ところが、実体経済をはるかに上回る資金供給は必ずインフレに繋がるので、MMTは一時的なあだ花に終わる。バブルも、所得の分配をいびつにしただけで終わる。
Next: バブルは弾けるからバブル。ビジョンファンドの試練はここから
バブルは弾けるからバブル
世界の中央銀行や政府は、自分たちが乱発した資金の後始末に追われている。彼らの政策が残したものは、詰まる所、資金の偏在を促したための貧富格差の拡大と、それが誘発しつつある不安定な社会だからだ。
だからこそ、世界の金融政策は2022年の初めから「正常化」を急いでいる。中国人民銀行は緩和こそしていないが、GDPの30%を占める不動産市場の規制を行っているので、正常化にそっぽを向いているのは日銀くらいなのだ。
つまり、バブル継続に不可欠な資金供給や信用供与が永遠に続くどころか、資金を回収し、信用供与を規制し始めている。
100万円の資金がある時、100万円の投資物件を買えば、もう買えない。インフレで投資資金が食われるようになると売るしかない。インフレが続き、金融引き締めが続くと、使える手持ちの資金が減少していく。
市場で誰かが売りたいと思っても、買い手に資金力がなければ思った価格では売ることができない。市場全体から資金が流出している時には、売り手は換金を急ぐが、買い手には余力がない。バブルはそのようにして崩壊する。
ソフトバンク・ビジョンファンドはバブル期に誕生し、バブルそのものの運営をしてきた。世界はもうそうしたバブルを支えることができないのだ。
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』(2022年8月15日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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