ブラック企業というのは「人材使い捨て文化」が生み出したものだ。ブラック企業は、最初から使い捨てるために非正規雇用者を使って非人道的に奴隷労働させる。この使い捨てシステムを定着させたのが竹中平蔵なので、ブラック企業の生みの親も竹中平蔵ということになる。(『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』)
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プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、主にアメリカ株式を中心に投資全般を扱ったブログ「フルインベスト」を運営している。
従業員を奴隷のようにこき使い、使い捨てする会社が生まれた
仕事というのは、どんな仕事でも困難が付きものだ。ラクで、面白くて、役に立って、楽しくて仕方がない仕事ばかりではない。好きな仕事に就いていても、時には大失敗し、追い込まれ、窮地に落ち、まわりから批判されるような目に遭う。
しかし、人々はそれでも歯を食いしばって仕事を続ける。どんな仕事でも一定の実績と経験を積まなければ、プロフェッショナルになることができないからだ。あらゆるケースを乗り越えてこそ、一人前になれる。
「仕事を長く続けるのは重要である」という認識はそういう意味で正しい。
しかし、そうは言っても100%それが正しいというわけではない。たとえば、自分の入った企業がブラック企業であったのなら、むしろそこで長く続けるというのは自殺行為でしかない。
ブラック企業は、従業員を育てようとは思っていない。従業員を奴隷のように酷使させて搾取するのが目的だからである。
通常は、長く仕事が続けられるように会社側は配慮するし、そのための福利厚生も用意する会社も多い。従業員は財産だと言って大事にしてくれる会社もある。かつての日本経営型の企業は「従業員は家族みたいなもの」という意識で、終身雇用を謳っていたのである。
しかし、時代は変わった。今もそうした経営哲学を持った企業は日本には多いかもしれないが、そんな会社ばかりではなくなった。1990年代のバブル崩壊を経て、2000年代から日本の社会環境は変わったのだ。従業員を奴隷のようにこき使い、使い捨てする会社が大量に生まれたのである。
気づいている人は少ないが、ブラック企業の生みの親も竹中平蔵
小泉政権に経済財政担当相として潜り込んだ竹中平蔵は、非正規雇用者の拡大を押し進めていった。それによって日本社会も変質し、従業員を使い捨てするようなシステムになった。竹中平蔵はこのように言っている。
「正規雇用と言われるものは、ほとんどクビを切れないんですよ。クビを切れない社員なんて雇えないですよ、普通。それで非正規というのをだんだんだんだん増やしていかざるを得なかった」
どこの会社も景気の調整弁として非正規雇用者を取り入れるようになったのだが、やがて「最初から労働者を使い捨てにする会社」も出てくるようになったのである。
そうした会社がブラック企業と呼ばれるようになった。ブラック企業というのは「人材使い捨て文化」が生み出したものなのである。足りない人材を補うために非正規雇用者を活用するのではなく、非人道的に酷使して使い捨てるために非正規雇用者を使う。
気づいている人は少ないが、労働者を使い捨てるシステムを定着させたのが竹中平蔵なので、ブラック企業の生みの親も竹中平蔵なのだ。ブラック企業は竹中平蔵の進めた非正規雇用と共に日本社会に定着した。
ブラック企業の労働環境は悲惨だ。最初から使い捨てする人材なので、企業は無理難題・過重残業・パワハラで従業員を奴隷扱いする。
そうやって、合わない仕事、長い拘束時間、無理な納期、激しい圧力をかけられ続けると、人は精神的にも肉体的にも壊れていく。
しかし「仕事は真面目にしなければならない」と思う人は、ブラック企業であったとしても、そんな簡単に辞められるわけではない。
会社の恫喝や命令やパワハラや無理難題に萎縮して言われるがままになるのと、すぐに辞めるような行為を繰り返していると「次に働く場所がなくなってしまう」と恐れる気持ちもあるからだ。
家族がいる人は家族を食わせるためにも辞められない。自分の信用のためにも、生活の安定のためにも、辞めたくても辞められない。「辛くても耐えなければならない」と考えて、ブラック企業に良いように搾取されていく。