日本の主要メディアのウクライナ報道は、完全に大本営発表になっている。実際にウクライナで起きていることとはあまりに異なる。したがって今回はウクライナで本当に起きていることを紹介したい。(『 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ 』高島康司)
※本記事は有料メルマガ『未来を見る! 『ヤスの備忘録』連動メルマガ』2022年9月9日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。
実際の状況を伝えない西側メディア
日本を始めとした西側の報道は実質的に大本営発表状態になっており、現実とはあまりに乖離している。実際に起こっている状況はなんとしても伝えなくてはならないと思った。
ウクライナが7月から宣言していた南部ヘルソン州の奪還に向けた攻勢が、やっと8月29日に始まった。それからというもの、日本を始めとした西側メディアでは、ウクライナ軍の反転攻勢でロシア軍が撃退され、ウクライナが領土を奪還しているというニュースが多く流れている。
ゼレンスキー大統領も、「生き延びたいのであれば、ロシア軍は退却する時がやって来た。自分の家に帰りなさい。ロシアに戻るのが怖ければ降伏しなさい。われわれは戦争捕虜の保護を定めたジュネーブ諸条約のすべての規範を順守することを約束する」とロシア兵に訴えている。
日本でも、ウクライナ軍の反転攻勢の成功を伝えるニュースばかりが報じられている。例えば以下のようなニュースだ。
ウクライナ軍は4日、南部ヘルソン州のヴィソコピリア村の病院にウクライナ国旗を掲げた。昨年3月3日、ロシアのウクライナ侵攻開始から1週間後にロシア軍に制圧されたこの地域の奪還に成功したからだ。
ヘルソン州議会のユーリー・ソボレフスキー第一副議長はテレグラムで、ヴィソコピリアがロシアの支配から解放されたと発表した。ケルソン州の北、ドニプロペトロフスク州との行政上の境界に位置するこの村は、ドニエプル川の黒海への出口にあたり、戦略的に非常に重要な場所だ。
出典:奪還したヘルソンの一部にウクライナ国旗が翻る – ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト(2022年9月5日配信)
また次のようなニュースも典型的だ。
ウクライナのゼレンスキー大統領は5日に放映された番組で、ロシアに占拠された地域の奪還作戦について「(南部)ヘルソン州だけではなく、全ての方面で展開している」と述べた。ロシアは今月11日に占領地域での自国への併合の是非を問う住民投票の実施を模索してきたが、ウクライナの反転攻勢を受けて延期に追い込まれた。ウクライナの反撃とロシアの苦戦が顕著になっている。
毎日こうしたニュースが大手の主要メディアでは延々と流れているので、ウクライナ軍が領土を奪還するのは時間の問題ではないかとの印象を持つ。またロシア軍が掌握する「ザボリージャ原発」の問題も、ウクライナ軍の攻勢でロシア軍が撤退するのは時間の問題ではないのかという見方も見られるようになった。
しかし、ウクライナ軍とロシア軍の両方をよく知る軍事専門家や専門機関の評価を見ると、まったく異なった状況が見えてくる。
ウクライナは勝利しているどころか、南部ヘルソン州を中心にした攻勢は成功していると言えない状況だ。ロシア軍からの領土の奪還もほとんど実現していない。
よく言っても戦線は現状維持がやっとで、相変わらず膠着状態が続いている。
Next: ウクライナ軍は勝っていない。軍事専門家の伝える実際の戦況
軍事専門家の伝える実際の戦況
以下は筆者が参照している専門家や専門サイトの戦況分析である。以下にそれらを列挙する。戦況分析は地名など非常に細かいが、分かりやすくするために詳しい地名は省いた。
<アジアタイムズ>
香港をベースにした英字ニュースのサイト。専門性に定評がある。ここは複数の軍事シンクタンクから得られる情報を総合して、戦況分析を提供している。
8月29日にヘルソン地域のいくつかの地点でロシアの防衛線を突破したという報告を受けているが、現在ではそのような突破は起こっていないことが明らかになっている。もちろん、このことは、頻繁に行動をリアルタイムで追跡しているNATOのオブザーバーにとっても明らかである。
3月に設定された南のヘルソン市とミコライフ市のほぼ中間、ヘルソン市から北北東に約60キロ、インフレート川を渡るウクライナの橋頭堡周辺、ヘルソン市の北東、アルハンヘルスケからドニエプル川までの約100から110キロの支配線はほとんど変化していない。
注目すべきは、ドネツクから西へ向かうロシア軍が、ここで1キロ、あそこで2キロと進んでいることだ。時間が経てば、このように遅い前進でさえ、ドネツク州の西部にロシア軍が侵入する脅威となる。ウクライナ側が南方へ兵力をシフトさせるのを防ぐには十分だろう。
北側のドネツク州の行動は、ドンバス渓谷の入り口を支配するバクムトの輸送拠点に対する、ロシアのワグネル準軍事部隊の先導による継続的な圧力によって支えられている。ドネツク市の南側でロシア軍は北上し、調査を続けている。
すべての前線で、ロシア軍の大砲が毎日最大4万発を発射しているのに対し、ウクライナ軍は約6千発から最大で8千発を発射している。ウクライナ空軍の出撃回数20回に対して、ロシアは1日100回を下回ることはなく、明らかに航空戦力を予備として保持している。(※筆者訳)
これを見ると明らかだが、南部ヘルソン州のロシア軍の支配地域には変化がない。つまり、ウクライナ軍の攻勢は成功していないということだ。
またロシア軍は、空軍力でも火力などでも圧倒的にウクライナ軍を上回っているので、ウクライナ軍の攻勢が成功するとは思えないというニュアンスだ。
<Ejercitos>
スペインの著名な軍事情報モニタリングサイト
一般論として、状況はここ数日と同じで、戦線は数週間にわたって実質的に静止したままである。この状況は、海外で訓練された新しいウクライナ軍の到着により、ウクライナに有利に、またはロシアの第3軍団の一部がこの地域に到着すれば、逆にロシアに有利になる可能性がある。(※筆者訳)
ここもウクライナ軍の攻勢でも大きな変化は見られず、膠着状態が続いているという認識では一致している。
<ストラトフォー>
「CIA」が最大のクライアントのシンクタンク。「CIA」の出先機関とも言われ、米外交政策に一定の影響力を持つ。
ウクライナは2カ月ほど前から南部ヘルソン近郊で攻撃を開始したが、ほとんど成果を上げていない。ウクライナの大規模な反撃がヘルソン地域で迅速に展開される可能性が低いのは、最近のロシア軍の増援以外にもいくつかの理由がある。まず、ウクライナには基本的に大規模な攻撃作戦を実施した経験がない。第二に、最もよく訓練されたウクライナ軍部隊は多大な犠牲を払い、大部分がドンバス地域に留まっている。そして第三に、ロシア軍はウクライナ軍を制圧するための大砲や弾薬で優位性を保っている。(※筆者訳)
ここもウクライナ軍の攻勢は成功していないと見ている点で、他のサイトと一致している。
Next: 本当の戦況を伝える情報源を定点観測。この戦争の落とし所は?
<ジャック・ボー元スイス参謀本部大佐>
このメルマガ このメルマガ の記事で何度も紹介したことがある専門家にジャック・ボー元スイス参謀本部大佐がいる。ボーは2012年からNATOに出向しており、ウクライナ軍の動きをモニターしてきた。ウクライナとロシアの双方の動きを知る軍事専門家として著名だ。9月1日にフランスの雑誌のインタビューに次のように答えている。
質問:西側諸国では、この戦争によってロシア軍が弱体化し、装備が役に立たないことが「証明された」と一般に言われています。これらの主張は本当でしょうか?
ボー:いいえ。6カ月以上にわたる戦争の結果、ロシア軍は効果的かつ効率的であり、その指揮統制の質は西側諸国をはるかに凌ぐと言えるでしょう。しかし、私たちの認識は、ウクライナ側に焦点を当てた報道と、現実の歪曲に影響されています。
まず、現地の現状である。メディアが「ロシア人」と呼んでいるのは、実際にはロシア語を話す連合軍で、ロシアのプロの戦闘員とドンバスの民兵で構成されているこ
とを忘れてはならない。ドンバスでの作戦は主にこれらの民兵によって行われ、彼らは「自分たちの」地域で、自分たちが知っている町や村、友人や家族のいる場所で戦っている。そのため、彼らは自分たちのためだけでなく、民間人の犠牲を避けるためにも、慎重に前進している。このように、西側のプロパガンダの主張とは裏腹に、連合軍は占領した地域で非常に優れた民衆の支持を得ているのである。それから、地図を見るだけでも、ドンバスは建物が多く、人が住んでいる地域であることがわかる。これは、あらゆる状況において、防御側に有利で、攻撃側の進行速度が低下することを意味している。(※筆者訳)
そして、南部のヘルソンの大攻勢については次のように述べている。
南部を制圧するはずだった8月のヘルソン大攻勢については、欧米の支持を維持するための神話に過ぎなかったようだ。今日、私たちは、ウクライナの成功が実際には失敗であったことを目の当たりにしている。ロシアに起因するとされた人的・物的損失は、実際にはウクライナのそれよりも多かった。6月中旬、ゼレンスキーの首席交渉官で側近のデビッド・アラカミアは、1日あたり200~500人の死者が出ていると話し、1日あたり1000人の死傷者(死亡、負傷、捕虜、脱走者)に言及した。これにゼレンスキーによる新たな武器要求が加わると、ウクライナの勝利というのはかなり幻想のように見えることがわかる。
7月、ウクライナの国防大臣アレクセイ・レズニコフは、ウクライナの領土保全を回復するために、100万人規模のヘルソンへの大反攻を声高に叫んだ。しかし、実際には、ウクライナはこのような遠大な攻撃に必要な兵力、装甲、航空援護を集めることができていない。クリミアでの妨害行動は、この「反攻」の代わりとなるものだろう。実際の軍事行動というよりは、コミュニケーションのための演習のように見える。これらの行動は、むしろウクライナへの無条件支援の妥当性を疑問視している西側諸国を安心させることを目的としているようです。(※筆者訳)
このジャック・ボーのインタビューは非常に長いものだが、興味深い点は東部ドンバス地方でのロシア軍の侵攻が遅い理由を説明していることである。
東部では「ルガンスク人民共和国」や「ドネツク人民共和国」の民兵が中心となって戦闘しており、ロシア軍の部隊は彼らを後方から支援している。これらの民兵は自分の住んでいる地域で戦っているので、民間人の死傷者を抑えるのに注意を払っているというのだ。
またボーは、南部ヘルソンではウクライナの攻勢は失敗していると見ている。
サボリージャ原発奪還作戦
このように、ウクライナ戦争の軍事情勢を詳しくモニタリングしているどの機関や専門家も、南部ヘルソンにおけるウクライナ軍の攻勢は失敗しており、ロシア軍の支配地域の奪還には成功していないとしている。また東部ドンバス地方では、ロシア軍はゆっくりとしたペースで侵攻を続けている。現状に大きな変更はないようだ。
また、9月1日にロシア国防省は、最大60人からなるウクライナの破壊工作グループ2つが、「サボリージャ原子力発電所」の北東3キロにある「カホフカ貯水池」の岸辺に上陸し、同施設を奪取しようとしたと発表したが、ロシア軍はこれを撃退したと発表した。
日本ではこのニュースはほとんど報じられなかったか、または報じられたとしても「ロシアの一方的な発表」で根拠がない情報だとされていた。
ところが、ロシア軍の戦闘員によって、撃退されたウクライナの破壊工作部隊の動画がSNSにアップされている。画面には「サボリージャ原発」のある都市、「エネルゴダール」の名前がある。
ショッキングな映像だが、これが現状だ。
Next: 米軍の高官も提案する政治的決着
米軍の高官も提案する政治的決着
日本を含む西側の主要メディアの報道だけを見ていると、特に南部ヘルソンではウクライナ軍による反転攻勢が成功しており、ロシア軍の敗退は時間の問題ではないかという印象を受けてしまう。
だが、すでに見たように、ウクライナ軍の反撃は失敗しているようだ。この状況が、日本でまともに報道されるようなことはない。
しかし、ウクライナ軍のこのような劣勢を見て、ウクライナ戦争を終結させるためには、アメリカはウクライナへの軍事支援を停止し、ロシアとの政治交渉を仲介すべきだという意見も米軍の高官からも出てくるようになっている。
2008年から2009年まで国務次官補を務めたマーク・キンミット退役米陸軍准将は、9月1日に「ウォールストリート・ジャーナル」に「NATOの兵器をウクライナに送る際の物流上の危うさ」という意見記事を書いた。
この記事によると、「戦場での消費量が生産量を上回り、ウクライナに提供された(NATO諸国の)余剰在庫がほぼ枯渇していることを示している。NATOは最先端兵器システムの在庫が減少していることに対処しなければならなくなる」として、アメリカを始めとしたNATOの武器支援が限界に近づいているとの認識を示した。そして、次のように提案する。
「ゼレンスキー大統領にとって最も悩ましいものだが、領土の譲歩を伴わない(あるいは伴う)暫定的な外交的解決を迫ることである。プーチン大統領を相手に、それは不可能かもしれない。双方が勝っている、あるいは少なくとも負けていないと信じている限り、交渉のインセンティブはほとんどない。
しかし、補給が途絶えれば、自軍は戦場での活動だけでなく、外部からの支援の減少をウクライナ国民に伝えることになり、悲惨な事態になることをゼレンスキーは認識しなければならない。外交的解決に乗り出すのは不愉快だし、敗北主義者と見られるかもしれないが、現在の泥沼から這い上がる可能性がほとんどない以上、交渉は後回しにするよりも今やったほうがいいのかもしれない。」
このように、ウクライナは勝ち目がないのだから、ロシアとの政治交渉による解決を模索すべきだと提案した。
報道管制下のウクライナ
日本では、いまだにウクライナの勝利を喧伝する報道ばかりが目立つ。しかし、南部ヘルソンにおけるウクライナ軍の反転攻勢は成功していないし、また東部ドンバス地方では、ロシア軍の斬新的な侵攻が続いている。だがこうした動きがまともに報道されることはほとんどない。
それというのも、ヘルソンの攻勢は始まった8月29日から、ウクライナは厳しい報道管制を敷いているからだ。このメルマガの記事でも何度か取り上げた独立系のジャーナリスト、パトリック・ランカスターはウクライナ政府から、同国で活動しているすべてのジャーナリストに以下の通達があったことを伝えた――
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」(2022年9月9日号)より一部抜粋・再構成
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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