円安が進んでいる。円安は輸入物価を上昇させるだけではない。円高時に日本に出稼ぎに来ていた海外労働者たちが帰国し、今度は国内で暮らせなくなった日本人が、職を求めて海外に出稼ぎに出る可能性が出てくるのだ。その中に、日本の競争力を縁の下で支えてきた研究者たちや、極めて重要な職種の人々が含まれるかも知れない。(『 相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー 相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー 』矢口新)※この記事は音声でもお聞きいただけます。
※本記事は矢口新さんのメルマガ『相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー』2022年10月17日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。配信済みバックナンバーもすぐ読めます。
1954年和歌山県新宮市生まれ。早稲田大学中退、豪州メルボルン大学卒業。アストリー&ピアス(東京)、野村證券(東京・ニューヨーク)、ソロモン・ブラザーズ(東京)、スイス・ユニオン銀行(東京)、ノムラ・バンク・インターナショナル(ロンドン)にて為替・債券ディーラー、機関投資家セールスとして活躍。現役プロディーラー座右の書として支持され続けるベストセラー『実践・生き残りのディーリング』など著書多数。
「投機的な」為替介入でドル円乱高下
21日のニューヨーク外為市場で、日本当局が円買いドル売りの市場介入を行った。東京時間21時30分過ぎにドル円は1ドル151円90銭台となり、32年ぶりの円安を更新していた。9月22日には1998年6月以来となる円買い介入を実施しているので、今回は追加介入となる。
チャートで確認すると、ドル円は23時35分から急落し始め、午前1時には146円台前半にまで下落した。複数の海外メディアの報道では144円台半ばまで下落したようだ。
チャートサービスと、現場のディーラーから聞き取った報道との差は、1時00分~04分の4分間に、チャートにはない約1円半の値幅をディーラー相手にはつけた可能性を示唆している。これは、うち1分近くは流動性がほとんどなかったことを示唆しているのだ。
このことは、あなたが145円台でドル買いのオーダーを入れていたなら買えず、損切りのドル売りオーダーを入れていたなら、執行されていた可能性を強く示唆している。
これは投資家にとっては許し難い不合理なことだが、流動性がないと実際に起こりうることだ。市場が薄くなり流動性が落ちてきていた週末のニューヨーク市場の午後に巨額の円買いドル売りを行い、大きな値幅での円高誘導を狙った当局の姿勢に問題があるだろう。
流動性が高い、例えば東京時間の午前10時頃ならば、値幅は限られていただろうが、多くの輸入企業がより安くドルを買えたはずなのだ。
9月22日の介入は午後5時過ぎだった。東京時間を避け流動性の低い時間帯を狙えば、確かに大きな値幅を動かすことができる。しかし、それは円の実需の存在を無視した「投機的な」市場介入だと言っていい。相場操縦と言い換えてもいい。
ドル円はその後148円台半ばまで反発した後、4時過ぎに146円台半ばまで再び下落、その後147円台半ばまで上昇して取引を終えた。このままドル円が再び上昇すると、買えていない輸入企業が150円台でもドルを買ってくることになる。そうなれば、実需にとっては許し難い不合理な介入だったことになる。
ちなみに、私は先週、投資家向けのコメントで「前回規模の為替市場介入を少なくとも後数回は繰り返すことができる。仮に私が財務省の担当者だったとすれば、テクニカル的な判断からも今週(10月17日~21日)行うかも知れない」と書いた。
ここで言うテクニカル的な判断とは下図の通りだ。
左端に見られるのは、32年前と言われている以前のドル円の高値だ。当時の膨大とも言える貿易黒字を背景に、ドル円は2011年頃には75円台まで下落する。それが、東日本大震災で貿易赤字となり、ドル円は大底を打った。
私がテクニカル的な判断から10月17日~21日の週にも介入かと述べたのは、目先の抵抗線にあたるとも言える、2012年からのサポートラインのパラレルラインに到達しそうだったからだ。150円は節目でもあるので、その前後での介入を想定していた。そして、介入以外でドル円が下げる要素は現状ではないので、そこまでは上げると見ていたからだ。
そのため、アドバイスを求めてくる人たちに対しては、経験則から考えうる可能性としてはと断りながら、私なら150円前後では決してドル買いからは入らない、介入があれば流動性が一時的にはなくなるので、損切りしてもスリッページだけでも1、2円の損失が出る可能性があると警告していた。
Next: この円安は、日本の「才能」海外流出を懸念すべき水準
ドル円レートを決める3大要因
ドル円レートを決める3大要因を再度繰り返しておく。
1. 日本の貿易収支(円の実需の売買を示す)
2. 日米金利差(資本実需の動向を示唆する)
3. 投機的売買(取引金額的には圧倒的だが、保有期間に制限がある)
長期トレンドに与える影響は(1)(2)(3)の順番。短期的な動向では、まったく逆の(3)(2)(1)の順番となる。
これは短期的な動向は取引金額に左右されるが、長期トレンドは保有期間に左右されることを意味している。
これらを分析すれば、「現状では中長期的な円安を止める手立てはなく、短期的にも目先の円安を示唆している」というのが結論だ。
日銀が「利上げできない」4つの理由
日銀の黒田総裁は21年12月に物価上昇について「2%に及ぶ、もしくは超えるといった欧米のようなことになる可能性はまずない」と語っていた。
しかし、想定外の物価3%上昇が発表されたこの21日には、賃金上昇を伴う物価上昇が実現するように「金融緩和を実施していく」と語った。27-28日に開かれる金融政策決定会合では大規模緩和を維持する公算が大きいのだ。
黒田総裁の見解はともかく、日銀が利上げをできない理由についても繰り返しておく。
<1. 国内需要は大きくない>
GDPギャップはコロナ前の2019年10-12月期から2022年4-6月期まで11四半期連続でマイナス(=需要不足)。利上げでこれ以上需要を減らしても、インフレを抑えられないだけでなく景気をさらに悪化させるだけ。
<2. ゾンビ企業が耐えられない>
帝国データバンクは2022年7月、BISの「ゾンビ企業」の定義である「3年以上にわたってインタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)1未満、かつ設立10年以上」に該当する企業を調査し、国内に約16.5万社の「ゾンビ企業」が存在すると推計した。
つまり、利益で利子が払えない企業が16万社以上存在する。利上げはそれらゾンビ企業を追い込むだけでなく、さらに多くのゾンビ企業を創出する。
また、全企業の6割以上が欠損法人(赤字で税金を払えない企業)だ。
<3. インフレは海外発>
日本はエネルギーのほとんど、食料の大半を輸入しているので、国内での利上げは無力。
<4. 財務省が許さない?>
「財務省のホームページには、普通国債残高は1,000兆円を超えており、金利が上昇すれば利払費が大幅に増えることになります」と明記されている。
日銀には大規模緩和を止める意欲が見られないだけでなく、意欲があってもできないのだ。円安を止める能力も介入以外にはない。また、その介入でも外貨準備をすべて使ったところで、効果は短中期的に留まり、長期的には阻止できず、信用力のさらなる低下と、打つ手が皆無になることしか意味しない。
日本を再生させるには、円安になれば貿易黒字になるような当たり前の姿に、まともな経済成長が見込める国に戻すしかない。だからこそ、私は税制改革を伴う構造改革が必要だと繰り返しているのだ。
※参照:日本が幸せになれるシステム・65のグラフデータで学ぶ、年金・医療制度の守り方(著者:矢口新/ペーパーバック版・Kindle Edition)
さて、ここからの円安は「累積債務と円安で加速する才能流出」を懸念すべき水準となってきた。有期雇用の雇い止め懸念が一例だ。
Next: 1,000人もの研究者たちが失職する?円安で加速する「才能」流出
1,000人もの研究者たちが失職する?
以下に東洋経済から一部引用する。
一般の労働者も研究者も有期雇用の通算期間の起算日は、いずれも改正労働契約法が施行された2013年4月1日になる。研究者の場合、そこから10年になる2023年4月1日まで雇用が続いていれば、無期転換申込権を得る人が多い。
しかし、多くの大学や研究機関では、有期雇用の研究者らを無期雇用に転換するためのお金が十分にない。2004年度の国立大学法人化を契機に、財務省によって大学が比較的自由に使える安定財源の運営費交付金は2015年度までに総額で1割以上削られた。そのあおりで各大学などは無期雇用のポストの数を削減している。その後も運営費交付金は増えていない。
そうした事情がある中、各大学や研究機関は「10年特例」による無期転換申込権の発生を阻止するために2023年3月末までに有期雇用の研究者を雇い止めにする──。すべてはわかりきっていたシナリオだ。政府や政治家は、そこに対して事前にどう対処するかが問われていたはずだった。
出典:9年前に予見された「研究者大量雇い止め」の戦犯 | 就職・転職 – 東洋経済オンライン(2022年10月21日配信)
全頁紹介の拙著にあるように、日本の税収の事実上のピークは1990年度だ。そのため、日本政府は(無駄な支出やバラマキ外交は削らないが)随所で削りやすい予算を削ってきた。また、1997年度が経済規模のピークなので、民間企業からも貴重な人材が海外に流出し、海外企業に追い抜かれ、差を広げられる結果となってきた。
それが今後は円安で加速される可能性がある。「研究者大量雇い止め」では、1,000人もの研究者たちが失職するかも知れないからだ。
研究者たちだけではないかも知れない。以下は英国の事例だ。
中国軍は元英空軍パイロットの訓練技術と専門知識を求めて人材スカウトを行っている。そして、英政府はそれを阻止しようとしていると、英国防省が火曜日に述べた。
30人ほどの元英軍パイロットたちが中国に渡り、人民解放軍の人材育成のために働いていると思われると、BBCが火曜日に報道した。求人は増加しているようだ。元パイロットたちは中国のために働くことに高額の報酬が提示されている。
中国軍に参加したパイロットたちは、オーストラリアからもいるという。
円高時ですら、海外のチームに移籍したプロスポーツ選手などは、日本とは桁違いの報酬を手にしてきた。そして、それは日本の一般人にさえ、日本では得られない夢を与えてきた。
日本経済の低迷と膨大な政府債務に加わった円安は、才能の流出が一般人のレベルにも及ぶ可能性を示唆している。日本でまともな待遇が得られないのなら、雇い止めで暮らせなくなるのなら、海外に行くことは誰にも止められない。活躍しているプロスポーツ選手や学者が称賛されるのなら、誰でもがチャレンジしてもいいはずだ。
累積赤字と円安で加速する「才能」流出は、もう誰にも止められない。すべてはわかりきっていたシナリオだ。 ※2022年10月中に初月無料の定期購読手続きを完了すると、以下の号がすぐに届きます。
※本記事は、矢口新氏のメルマガ『
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相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー
』2022年10月17日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会に
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相場はあなたの夢をかなえる ー有料版ー
』(2022年10月17日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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