2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件(9.11テロ)へのサウジアラビアの関与と、それを糾弾すべきアメリカ側の「弱腰」を明瞭に示す出来事が起きています。(『いつも感謝している高年の独り言(有料版)』)
サウジアラビアをコントロールする能力を喪失したアメリカ
9.11テロにサウジ政府・王族関与の疑い
始まりは、9.11テロ事件にサウジアラビア政府と王族が関与しているとの疑いに基づき、米国法廷で裁判を実施せよという「9.11テロリズム訴訟法案」が、2016年1月に米国上院司法委員会を通過したこと。
ここで重要なのは、この法案が共和党と民主党の合同提出法案だったことです。
(ア)は「9.11テロリズム訴訟法案」の表紙です。次期大統領候補だったクルーズ、ルビノ両上院議員も共同提案者に名を連ねています。
この動きに対して、サウジアラビアのAdel al-Jubeir外務大臣はワシントンを訪問し、オバマ大統領に「法案が成立した場合、750B$(7500億ドル)分の米国債を売却する」と脅迫したとの報道がこちらです。
※Saudis warn of economic reprisals if Congress passes 9/11 bill – CNNPolitics.com
※Saudi Arabia Warns of Economic Fallout if Congress Passes 9/11 Bill – The New York Times
現在、サウジアラビアの9.11テロ関与についての情報は、米議会の公式見解である「9.11テロ調査報告書(現在公表版は585頁)」から28頁分が削除されており、未公表となっています(この28頁分をサウジアラビアが米国政府に要求したとの報道も流れています)。
また、9.11実行犯ではないものの、実行犯と一緒にアリゾナで飛行操縦訓練を受けていたとされるアルカイダの爆弾製造プロであるサウジアラビア人(Ghassan Al-Sharbi)が、2002年にパキスタンで逮捕され、それ以来、米グアンタナモ基地で拘束されています。
(イ)はグアンタナモ基地で拘束されているGhassan Al-Sharbiの情報(国防総省機密文書)です。さらにFBIは彼の航空免許がサウジアラビア大使館の公式封筒に入っていたことを確認しているとの報道まであるのです。
米大統領報道官「オバマ大統領はこの法案に署名しない」
(ウ)は4月18日の記者会見の重要部分です。アーネスト米大統領報道官は4月18日、婉曲的な表現ではありますが、「9.11テロリズム訴訟法案」が可決すれば、9.11テロ計画の関係者の家族(サウジ王族)への訴訟ができることになるので、オバマ大統領はこの法案に署名しないだろうと語っています。
さらに、サウジによる米国債売却に関しては、4月20日にオバマがサウジアラビアを訪問した際の議題になるかについて「私は知らない」と述べています。
このアーネスト米大統領報道官の記者会見、記者たちは突っ込むものの、アーネスト報道官が話をはぐらかすため、自然と長いやりとりになっています。アーネスト報道官は、「この法案が可決した場合、合意署名をするか?」との質問に対し、「オバマ大統領は現在の法案内容では署名しないと思う」と回答しています。
また、「サウジアラビアが保有している米国資産を売却すると脅迫しているが、オバマ大統領はこの件でサウジアラビアと協議するのか?」という記者の質問に対しては、「この問題が議題に上るかどうかは分からない。国際金融システムの安定に対してサウジアラビアも同じ立場にあり、それを十分に認識していると私は確信している」と答えています。
つまり、アーネスト報道官はサウジによる脅迫の事実を否定はしていません。彼は、サウジアラビアも愚かではないから、そのような米国債の大量売却をすれば自分たちの首を絞めることになる、よってそのような愚行を冒すはずはない、とだけ回答したのです。
Next: 凋落した米国の立場が明瞭に。オバマ大統領サウジ訪問の裏側
オバマ大統領サウジ訪問の裏側
翌4月19日、アーネスト米大統領報道官と記者とのやりとりは、サウジによる米国債売りの問題に集中しました。これは当然至極のことで、オバマ大統領のサウジ訪問直前だったからです。
その際、アーネスト報道官は「サウジ政府、サウジ機関、サウジ高官が9.11テロを知りながら、テロリストを支援したという証拠は存在しない」と繰り返し強調しました。
4月20日、オバマ大統領がサウジ訪問の旅に出発。これは初めての訪問でした。同時に50B$の武器供与を手土産にしたとの報道が流れました。
4月21日、オバマ大統領はサウジアラビアに到着したのですが、それを出迎えたのはサウジ国王ではなく単なる役人だけで、歓迎の儀式もなく、寂しいものであったようです。これは現在のアメリカの立場を象徴する光景でしょう。
オバマ大統領はサウジ国王と会談後に「誤解を完全に解いた」と語りましたが、ことはそれほど簡単ではないのです。
他方、サウジ王族の一人であるPrince Turki Al-Faisal皇太子(元駐米大使・元サウジ情報局長官)はCNNのインタビューに対し「サウジアラビアは米国への依存を見直す必要がある」と語り、両国の関係が良好ではないことを指摘しています。
奇妙な数値
さて、これら一連の流れの中で奇妙な数値が出ています。サウジアラビアのAdel al-Jubeir外務大臣の脅迫は「米国資産の売却」であり、その額は750B$でした。この数字はいったい何なのか?どこから出てきたのか?です。
(エ)は、同国の2016年2月時点の外貨準備データです。その外貨建て資産はたったの582B$です。750B$とは程遠い規模、その差は168B$にもなります。つまり、別の口座でサウジアラビアが密かに保有している米国資産がどこかにあるのです。その口座では、今日最も重要な準備資産である金準備も隠し持っているはずです。
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件、世界貿易センターが破壊され、ペンタゴンが破壊され、多くの犠牲者を出した9.11テロの犯人の大半はサウジアラビア国籍でした。
しかし米国のオバマ大統領は、この「9.11テロ訴訟法案」に対し、「米国の国益を損なう」ので絶対反対との意志を示しています。これは取りも直さず、サウジによる米国債の大量売却が国家のデフォルトに繋がるからなのです。
こうなるとよく見えてきます。なぜアメリカはサウジアラビアの原油増産を押さえられないのか?米シェール産業が壊滅しつつあるのにもかかわらず、そしてそれによって米大手銀行が危険水域に入っているにもかかわらず、どうしてサウジアラビアを説得できないのか?
米国はサウジアラビアを抑える能力を失ったのです。もはや米国にとって、中近東をコントロールすることは不可能に近いほど困難です。
Next: ブルームバーグが米国財務省にサウジの米国債保有高の公開を要求
ブルームバーグが米国財務省にサウジの米国債保有高の公開を要求
その後ブルームバーグ社が米国財務省に、サウジアラビアの米国債保有高の情報公開を要求しました。下記がブルームバーグ報道です。
U.S. Discloses Saudi Holdings of Treasuries for First Time – Bloomberg
米国財務省の統計に拠れば、サウジアラビアの2016年3月の米国財務省証券保有高は(サウジが脅迫の際に主張した)750B$ではなく116.8B$であった、そして1974年以降から現在まで、サウジアラビアの保有高はOPEC湾岸産油国としてのグループに合算されてきたとのことです。
報道のポイント(1)
米国財務省は、サウジアラビア単体での財務省証券保有高を公表しておらず、1974年以降ずっと、OPEC湾岸産油国グループとしての合計金額しか公表していなかった。今回初めて、サウジアラビア単体の保有額は116.8B$(2016年3月時点)であったことを公表した。
これはブルームバーグ社が財務省に対して情報公開を要求した結果明らかになったもの。この結果サウジアラビアは財務省証券保有高トップ10ヶ国に入った。第1位は中国の1.3T$,2位は日本の1.1T$である。
首都ワシントンの研究所 Woodrow Wilson International Centerの中近東専門家 David Ottaway氏は「政治とは秘密が伴うもので、もちろん財政も秘密なのだが、今回明らかになったのはサウジアラビアの財務省証券保有高が驚くほど少なかったことだ」とコメントした。
だが反対に、疑問はさらに拡大している。サウジアラビアの外貨準備額は587B$である。そしてIMFのデータによれば、世界の国々の中央銀行はおおむね、外貨準備の3分の2程度を米ドル資産で持つものだからだ。
(筆者注:つまり400B$程度が米ドル資産だと考えていた。116.8B$とは少なすぎる!)
さて、このブルームバーグのオリジナル記事に折線グラフが掲載されています。これはサウジアラビアの米国財務省証券保有高の推移を示したものです。
Next: 湾岸産油国グループは米国債以上に米国企業株を売却している?
報道のポイント(2)
いくつかの国々は自国外の金融センターで米国財務省証券を保有する場合があり、その場合は、その金額分は他国の保有高の中に紛れ込むことになる。例えばベルギーは2月時点で143B$を保有しているが、その大半は中国の外貨準備になっていると言われている。
1974年より米財務省は財務省証券保有高を各国個別に発表してきたのだが、財務省方針により、サウジアラビア等のOPEC湾岸産油国の個別保有高は公表せず、産油国グループの合計高のみを発表してきた。それに拠ると、OPEC諸国合計額は2015年7月時点で298.4B$、2016年2月時点で281B$だった。
しかし原油価格の下落、財政赤字補填、中近東での戦争拡大等で、サウジアラビアの保有高が注目をあびる事になってきた。2015年、サウジアラビアは財政赤字補填の為に外貨準備の16%を減らしており、全世界の債券市場に大きな影響を与えている。
湾岸産油国個別の財務省証券の保有高は下記の通り。
Country | USD Bln |
---|---|
Saudi Arabia | 116.8 |
United Arab Emirates | 62.5 |
Kuwait | 31.2 |
Oman | 15.9 |
Iraq | 13.4 |
Qatar | 3.7 |
Nigeria | 3.1 |
Bahrain | 1.2 |
Algeria | 0.7 |
結局、このブルームバーグの記事でも、サウジアラビア自国内での米国債、財務省証券の保有高は分かるものの、それ以外のサウジ国外での保有高は不明なのです。
サウジアラビアの外貨準備公表データでは、外貨建て資産額は2014年11月の726B$が2016年3月576B$へと大きく減っています。外貨建てですから、米ドル建て以外にも、ユーロ建て、人民元建て、日本円建てなどの資産も含まれています。
次に米国財務省の公式データを見ると、米財務省統計ではアジア原油輸出国というグループにサウジアラビアが含まれています。記事にあるようにサウジアラビアだけでなく、湾岸産油国の保有高も含まれた合計金額です。
なお、ナイジェリア、アルジェリアは財務省統計上、アフリカ原油輸出国というグループに含まれています。
これには国家だけでなく、一般企業、個人の保有高も含まれています。
さて何が顕著に減っているか?米財務省証券類にもまして、米国企業株の減少が目立ちます。湾岸産油国グループは米財務省証券以上に米国企業株を売却しているようです。
※太字はMONEY VOICE編集部による