マネーボイス メニュー

From Wikimedia Commons

東証2部転落のシャープを鴻海はどうするつもりか? 3つのシナリオ=栫井駿介

シャープが債務超過により、東証1部から東証2部に指定替えとなります。巨額の液晶製造設備への投資失敗が招いた末路と言えます。それでも、台湾企業の鴻海が手を差し伸べたことで破たんは免れました。東証2部への転落は終わりの始まりか、それとも復活の嚆矢となるのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

東証2部転落は終わりの始まりか、それとも復活の嚆矢か

東証1部には戻れない

東証には「指定替え基準」があり、債務超過になった時点で東証1部から東証2部へ指定替えとなります。シャープは2016年3月期に、巨額赤字の計上により債務超過に転落してしまいましたから、8月1日付で東証2部に指定替えとなる予定です。

【関連】株価4割下落でも“お家騒動”に揺れるクックパッドはまだ割高だ=栫井駿介

東証2部に指定替えになったからといって、すぐに上場廃止の危険が迫っているわけではありません。上場廃止になってしまうのは2期連続債務超過になった場合であり、まだ1年間の猶予が残されています。

予定通りにことが進めば、今年の10月までに鴻海による約4,000億円の出資が完了するので、債務超過は解消され、当面の上場廃止の可能性はなくなります

しかし、東証1部に戻るためには、「流通株式比率35%以上」という条件があります。流通株式とは、大株主等以外が保有する株式のことです。つまり、鴻海が66%以上の株式を保有している限り、シャープは東証1部に戻ってくることはできません(100%-66%=34%株主の利益は尊重されない

6月23日に定時株主総会が開かれ、そこで鴻海による出資が決定されます。

時価を大幅に下回る株価での出資となるため、株主総会の特別決議が必要です。特別決議には、議決権総数の2/3以上の賛成が必要ですが、鴻海の出資がなければシャープは破たんしてしまうので、おそらく可決されるでしょう。株主総会が終わり次第、正式に出資の手続きに入ることになります。

ここで気をつけたいのが、鴻海が出資する基準となる株価です。その金額は88円と、5月27日(金)の終値147円を大幅に下回っています。これは「有利発行」と呼ばれ、既存株主にとっては株式価値が目減りすることを意味します。

発行済株式の約2倍の株式をその価格で発行するので、加重平均すると約108円が現在のシャープの価値ということになります。

出資が完了すると、鴻海はシャープの議決権の2/3を保有することになります。そうなると、鴻海はどんな議案でも株主総会で可決できるので、シャープを完全に思いのままに操ることができます。したがって、シャープの今後は鴻海および会長のテリー・ゴウ(郭台銘)に委ねられるのです。

株式会社は良くも悪くも多数決ですから、鴻海以外の少数株主の利益が尊重されなくても文句は言えません。シャープの株主にとって相当不利な状況です。

Next: 少数株主は大損も?シャープの今後を考える3つのシナリオ



シャープの今後を考える3つのシナリオ

シャープ株への投資を考えようと思ったら、鴻海のテリー・ゴウが何を考えているかを想像するのが近道です。考えられるシナリオを3つ挙げてみました。

シナリオ1:液晶部門を分離

シャープの液晶事業を分離し、鴻海のグループ企業で同じく液晶を作っているイノラックスと統合することが考えられます。鴻海がグループ内に同じ機能の会社を抱えている必要性はなく、お互いの技術を持ち寄ることによって競争力の強化を図ることができます。

鴻海は出資の際に、出資がうまくいかなかった場合にも液晶事業だけを買い取る条件をつけたことからも、液晶だけは何としてでも欲しいという本音がにじみ出ています。

液晶事業はこれまでシャープのお荷物でしたから、鴻海が買い取ってくれることは前向きな側面もあります。液晶の敗戦処理が終了し、経営的にも資金的にもその他の事業に集中することができれば、昔のように尖った商品を作り出すことも可能になるでしょう。

実際に、鴻海の出資が決定してから、「ロボホン」「蚊取り機能付き空気清浄機」の発売など、再び挑戦的な取り組みを始めています。

ただし、それでも株主にとって明るい状況とは言いません。シャープが利益を稼げるようになれば、鴻海はシャープの利益を何らかの手段で吸収しようとするでしょう。みすみす少数株主に利益を渡す理由はありません

そうなった場合に、次のシナリオである完全子会社化という方向性も浮上します。

シナリオ2:完全子会社化

完全子会社化とは、鴻海がシャープ株式を100%取得してしまうことです。2/3の議決権を持っていれば、残りの株主を全て排除してしまうことは容易にできます(これをスクイズアウトと言います)。その場合、シャープは上場廃止となります。

鴻海にとって、シャープが上場しているメリットはもはやありませんから、いつ完全子会社化をしてもおかしくありません。上場しているだけで少数株主への説明が必要ですから、その面倒を省くことを考えても十分ありうるシナリオです。

企業を買収する際には、株価に対する上乗せ(プレミアム)を株主に支払うことが通例ですが、既に2/3の株式を保有しているので、プレミアムの付かない時価で取得できます

残りの株を安く買おうと思ったら、シャープの業績を悪く見せることで株価を押し下げることが最も合理的です。

完全子会社化も、少数株主にとっては何のメリットもないシナリオです。

Next: シャープ株主にとって唯一望ましい「シナリオ3」とは



シナリオ3:株価を吊り上げて売却

シャープの株主にとって唯一の望ましいシナリオは、鴻海がシャープを立て直し、買った時から大幅に株価を上昇させてリターンを得ようと考える場合です。これはファンドの考え方と似ています。

実際に、ソフトバンクは企業を買収し、バリューアップして売却益を得ることを事業の一部としています。しかし、テリー・ゴウのシャープ買収への執着を見ると、早期の売却は望むべくもなさそうです

考えられるとしたら、鴻海が財務的な苦境に陥り、資金を得るためにシャープを売却する時です。しかし、鴻海は今のところ潤沢な資金を保有していますから、シャープを売却して資金を得る必要性は当面なさそうです。

シャープ <6753> 日足(SBI証券提供)


シャープ <6753> 月足(SBI証券提供)

以上3つのシナリオを考えても、当面シャープの株価が上昇する可能性は決して高くありません。一方で、鴻海が2/3の議決権を保有している限り、株主の利益が失われるリスクは常につきまとっているのです。

Next: 今のところシャープへの投資にうまみはない



今のところシャープへの投資にうまみはない

これまで見てきたように、鴻海が議決権の2/3を保有している以上、シャープ株に投資するうまみはありません

唯一の明るい話題は、液晶の処理が終わることで、シャープが再び尖った商品を市場に送り出すようになる可能性があることです。

鴻海の製造能力と資金力にシャープのアイデアが加わることで、これまでにない革新的な商品を生み出せないとも限りません。もちろん、そのためには経営陣や従業員の努力が大前提です。

6月23日の株主総会では、鴻海出身の戴正呉氏が社長に就任することが予定されています。これまでテリー・ゴウの下で働いていた彼がどれほど独自性を発揮できるかは未知数ですが、その手腕に期待したいところです。

つばめ投資顧問は相場変動に左右されない「バリュー株投資」を提唱しています。バリュー株投資についてはこちらのページをご覧ください。記事に関する質問も受け付けています。

※上記は企業業績等一般的な情報提供を目的とするものであり、金融商品への投資や金融サービスの購入を勧誘するものではありません。上記に基づく行動により発生したいかなる損失についても、当社は一切の責任を負いかねます。内容には正確性を期しておりますが、それを保証するものではありませんので、取扱いには十分留意してください。

【関連】スズキ株急落~投資家は三菱自動車の「二匹目のドジョウ」を狙えるか?=栫井駿介

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年5月29日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

無料メルマガ好評配信中

バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問

[無料 ほぼ 平日刊]
【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。