先月末、金価格はついにグラム1万円を付けました。天秤の片方に金1グラムを乗せ、反対側に1万円札を乗せてバランスするようになったことになります。17世紀にオランダで新種のチューリップの球根1つで家が1軒買えた「チューリップ・バブル」を彷彿させます。グラム1万円の金は「バブル」の再来でしょうか。(『 マンさんの経済あらかると マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
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プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
20年で金価格は6.5倍
この20年でみると、日本の物価が安定を維持したのに対して金価格が大きく上昇しました。
日本の消費者物価は2002年から22年までの20年で都合7%、年率0.3%の上昇にとどまっています。
その一方で金価格は、20年前は1オンス400ドル、1グラム1,500円だったのが、足元では1オンス1,900ドル、1グラム1万円と大きく上昇しています。ドル価格では5.5倍、円価格では6.5倍となっています。
1グラムの金の粒に1万円の価格がつく事態は、チューリップの球根1つで家が買える状態に近いイメージがもたれ、「金バブル」を連想させますが、「バブル」下でよく見られた「借金をして買う」状況とはやや異なります。17世紀のオランダでは借金をして翌年の球根の買い付け(先物買い)をしていましたが、今日の日本ではそこまでバブってはいません。
特に、ドル価格ではこの3年ほどオンス1,800ドルから2,000ドルのレンジ内にあり、価格の急騰は2000年代に見られただけで、この10年でも2,000ドルを付けた後調整も見られ、横ばい圏の動きとなっています。
その中で日本での価格上昇が速かったのは、為替が円安となったことと、日本の価格が海外相場よりも高い二重相場になったこともあります。1990年前後の借金付き狂乱バブルとは状況が異なります。
日本価格高の背景
今日の金価格には「日本プレミアム」がついています。
海外価格を円表示すると、12日時点のオンス(31.1グラム)1,920ドル、1ドル146.7円で換算すると、1グラム9,050円あたりとなります。しかし、日本での買値は1グラム1万20円となっています。前の週には一時グラム10,105円を付けました。
海外に比べて日本での金価格上昇が大きい裏には、為替が円安になっていることと、「日本プレミアム」がついているためとみられます。
為替の説明は不要と思いますが、2012年の民主党政権末期には1ドル70円台まで円高が進んでいましたから、この10年でドル円は2倍になりました。それだけで金価格は2倍になります。
また、金には金利がつかないので、高金利時には高金利商品に負けます。昨年来、欧米では急速に金利が上昇したために、金は不利になり、金価格は2,000ドルを下回る水準で頭打ちになっています。この3年間はほぼ横ばいです。この間のインフレ率上昇を考えれば、実質の金価格はむしろ低下していることになります。
しかし日本ではほかの金融商品に金利がついていないので、金利の高い欧米以上に金が選好される面があります。日本では預金も国債も金利がほとんどつかないので、金融商品がインフレの下で目減りし、この間価格が上昇してインフレに強いとみられる金により大きな需要が向かいます。
日銀の超低金利策が日本でより大きな金需要を呼んでいるともいえます。
Next: 日本のゴールド価格は日銀次第?海外の金相場はまだ上がりにくい状況
海外金相場はまだ上がりにくい
今後の相場環境を見てみましょう。
金は絶対通貨の側面があり、ペーパー・マネーであるドルの裏返しの面があります。中東ではドル以上に金が「通貨」として高く評価されています。国が危機に直面した場合、ドルを持っていても海外脱出の船に乗せてもらえない可能性がある一方で、金があればどこまでも船に乗せてもらえると言います。
このため、ドルが不安な時に金が買われやすく、ドルが強いときには金需要は落ちます。そして金利が高いときには金利のつかない金よりも高金利の米国債やドイツ国債が買われやすくなります。
ここしばらくは、金利高のドル高と、高金利の国債に需要が向かいやすい分、海外での金需要は盛り上がりません。しかし、インフレの蓄積で金の実質価格が下落している分、いずれ買いが入る余地はあります。
欧米金利がピーク・アウトする局面は債券の絶好の買い時なので、これから長期金利のピークを迎えるとすれば、国債買いが有利で、金はやや遅れを取ります。
ある程度金利が下がってくると、改めて金が輝きを取り戻します。
日本の環境は年内がピーク?
海外での金相場が当面大きく動かない可能性があるだけに、日本での金価格は多分に日銀いかんということになります。
日銀の金融政策が少なくとも今後、3つのルートから日本での金相場に影響します。
まず為替のルートです。日銀が大規模緩和を続けて円安が進めば、それだけ円ベースの金価格は上昇します。あまり速いスピードで円安が進むと為替介入で円安が修正されるリスクはありますが、日銀の緩和維持で緩やかに円安が進めば、日米関係や財務省と日銀の関係がよくないだけに為替介入は難しく、金価格にはプラスです。
しかし、日銀が緩和の修正姿勢を見せると、それが円高材料となり、金価格を下げることになります。7月に日銀がYCCの弾力化に出て以来、長期金利が上昇気味で、今週は10年国債利回りが0.7%台をつけました。今後YCCやマイナス金利の撤廃から、来年には政策金利の引き上げの可能性もあり、円高となる可能性が高まります。
2つめは金の競争相手となる金融商品に金利が付くようになると、リスクを回避したい投資家が、金利のつかない金から金利のつく国債や債券にシフトする可能性があり、金利が高くなればそれだけ金に不利となります。来年利上げで円高となるとダブルパンチとなります。
Next: 日銀の政策次第?ゴールド相場はどう動くか
3つめは最後の砦、日銀まで金融引き締めに出ると、世界の市場でリスク投資が減退する可能性があり、国際商品としての金も、コモディティとしてリスク回避の売りが出やすくなります。
つまり、日銀が金融緩和を修正して利上げに転じると、これら3つのルートから金価格に下げ圧力がかかります。円での金価格は、日銀の政策いかんとなります。
YCCの弾力化も、植田総裁は「金融緩和を続けるため」と言い、緩和姿勢は変わらないとしていますが、これまでの物価や賃金の上昇を見て、日銀幹部の中にも緩和の縮小、転換を見る向きが出始めています。
日銀のインフレ見通しが変わり、2%を超えるインフレがしばらく続くと見れば、久々に金利のつく世界に戻る可能性があり、その時は金フィーバーも冷める可能性があるので要注意です。
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- エネルギー偏重の物価対策に限界(8/28)
- 為替介入を難しくしている2つの要因(8/25)
- 物価政策に集約される岸田政権の本質(8/23)
- 二極化する米国経済の帰結は(8/21)
- 変わる米中「新冷戦」(8/18)
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- 弱すぎる中国経済が制約に(8/14)
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- ウクライナの次に待ち受ける地政学リスク(8/7)
- 米ソフトランディング期待を脅かす指標(8/4)
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- 中国経済対策を受けた株高の持続性(7/28)
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- 日銀「さくらリポート」に2つのヒント(7/12)
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- 諦め社会での少子化問題対処(6/28)
- 米利上げのゴールが見えない(6/26)
- マイナンバーカードの失敗を考える(6/23)
- 日銀の自由度を高めるFRBの追加利上げ予想(6/21)
- 相場を脅かすFRBと市場の物価認識差(6/19)
- 物価安定目標の真意が問われている(6/16)
- 中国経済がおかしい(6/14)
- 爆弾を抱えた外人主導の株高(6/12)
- 政府の物価対応では景気が持たない(6/9)
- 選挙の具にされた少子化対策(6/7)
- インフレが低圧均衡を打ち砕く(6/5)
- 中国の台湾進攻を半導体で抑止(6/2)
- 米国の景気後退確率は(5/31)
- 長期ヴィジョンに則った経済戦略(5/29)
- 米国陣営鮮明化の功罪(5/26)
- インフレ加速と不確実性の綱引き(5/24)
- 景気足踏み下で株価バブル後最高値の怪(5/22)
- 専制中国は経済衰退への道(5/19)
- 誤った景気認識の付けは大きい(5/17)
- インフレの質が変わった(5/15)
- 名実ギャップの落とし穴(5/12)
- デカップリング経済の帰結は(5/10)
- 同じ土俵で戦えないEV(5/8)
- 4月の東京都区部CPIが示唆するもの(5/1)
- 10年ぶりに注目される日銀展望リポート(4/28)
- 海外からの投資拡大の条件(4/26)
- ウクライナの敗北は想定しなくてよいのか(4/24)
- インフレのカバー度合いに格差(4/21)
- 財政規律を取り戻せるか(4/19)
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- 政策を支配する陰の力(4/14)
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- 逆風下での植田日銀スタート(4/10)
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- FRBの利上げと量的緩和並行の矛盾を解く(4/5)
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- 見えにくいもう1つのウクライナ戦争(3/31)
- 選挙意識の「なんでも補助金」傾斜(3/29)
- 市場のテーマが変わった(3/27)
- 政権交代につながる米金融不安(3/24)
- 金融不安は大規模緩和の産物(3/22)
- やはり拡大した賃上げ格差(3/20)
- 引き締めは一番弱いところから効いてくる(3/17)
- 日銀大規模緩和は成功、の認識が問題(3/15)
- 中国経済再開の期待と実像(3/13)
- 政府に物価高対策を任せられるのか(3/10)
- 米国の引き締め効果を弱める実質金利の低さ(3/8)
- 植田日銀の緩和継続を脅かすインフレ(3/6)
- 日本の輸出に逆風(3/3)
- 異次元の少子化対策に疑義(3/1)
- フリーサイズは誰にも合わない(2/27)
- ウクライナ侵攻から1年(2/24)
- FRBの信認正念場(2/22)
- ドイツに抜かれる(2/20)
- 米国経済の認識ギャップは勝機かリスクか(2/17)
- 植田日銀総裁は日本のバーナンキか(2/15)
- 賃上げ倒産増加の懸念(2/13)
- 三流政治が経済の足を引っ張る(2/10)
- 日銀、負の遺産整理の道筋(2/8)
- 市場に翻弄されるFRB(2/6)
- 岸田政権を脅かす物価の急上昇(2/3)
- フラット化が日本の賃金物価を押し上げ(2/1)
- 後がなくなった日本経済(1/30)
- フル・コロナ中国の衝撃(1/27)
- 米国債務上限問題の波紋は(1/25)
- 異次元緩和10年が残した負の遺産(1/23)
- ベクトルが変わったドル円相場(1/20)
- 米国政治機能不全のリスク(1/18)
- 黒田日銀最後の展望リポート(1/16)
- 30年ぶりの賃上げがもたらすもの(1/13)
- 新年のブラックスワン(2)~ウクライナ(1/11)
- 新年のブラックスワン(1)~中国(1/6)
- 究極のエネルギー革命の胎動(1/4)
- 新年の米国景気、金利は上振れの可能性大(12/28)
- コアコア2.8%上昇の衝撃(12/26)
- 日銀「異次元緩和」の修正が始まった(12/23)
- ゼロコロナ対応にみる中国指導部の力(12/21)
- 防衛費増税混乱の裏側(12/19)
- 米インフレ抑制のコスト(12/16)
- 習近平一強中国の不安定さ(12/14)
- 次の日銀総裁に期待すること(12/12)
- 自動車依存経済に黄色信号(12/9)
- 為替市場の先行きはバンピーロード(12/7)
- トランプ拒否の影響(12/5)
- 政府に機能不全の危機(12/2)
- 米国株は秋相場(11/30)
- 高級ブランド店から商品が消えた(11/28)
- ウクライナ戦争の歪んだ論理(11/25)
- 市場の懸念に反して快走する米国経済(11/21)
- GDPの減少より深刻な所得の減少傾向(11/18)
- 2年越しのインフレで日銀も利上げへ(11/16)
- FRBはインフレ抑制を緩められない(11/14)
- 市場の注目、中間選挙の次は中国(11/11)
- 円安活用にも円安がネックに(11/9)
- バイデンに逆風の景気認識(11/7)
- 日銀の無理な物価認識は通らなくなる(11/4)
- 米中間選挙の影響裏表(11/2)
- 財政の私物化は止めてほしい(10/31)
- 過小評価される反グローバル化の影響(10/28)
- 習近平1強体制の危険性(10/26)
- 利上げできない最大の理由は日銀のバランスシート(10/24)
- 台湾を目玉にするしかなかった習近平の苦境(10/21)
- バイデン、サウジの裏切りに報復か(10/19)
- 株のベアマーケットはいつ終わるのか(10/17)
- スタグフレーションへの対応と通貨の関係(10/14)
- 引き締め途上でクレシット・リスク(10/12)
- 「賃金が上がるよう緩和」は危険な方便(10/7)
- 政治管理下に入った円相場の行方(10/5)
- 20年ぶりのドル高に狼狽する周辺国(10/3)
- 日米のインフレを左右する「帰属家賃」(9/30)
- 株式市場、しばらくは「逃げるが勝ち」か(9/28)
- 綻びが目立つ日銀の大規模緩和継続論理(9/26)
- FRBの積極利上げ、ここまでの産物(9/21)
- インフレが長引くこれだけの理由(9/16)
- 行き過ぎた円安を止める力は(9/14)
- 企業への優先資源配分神話が通じなくなった(9/12)
- 物価高対策で露呈する岸田政権の限界(9/9)
- ウクライナでドイツの地位低下(9/7)
- 変わる「デュアル・マンデート」のバランス(9/5)
- 対照的なジャクソンホール発言(9/2)
- FRB積極利上げのジレンマと隠れたリスク(8/31)
- ウクライナ戦争の勝者と敗者(8/29)
- 北戴河後の中国に異変?(8/26)
- 再び強まる円安圧力(8/24)
- 変節するインフレの中身(8/22)
- ゼロコロナだけでない中国経済の危機(8/19)
- 3四半期連続プラス成長を喜べない現実(8/17)
- 日銀のリフレ策は消費不況をもたらす危険性(8/15)
- 台湾をめぐる米中の駆け引き(8/12)
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- 7月の雇用統計から米国の追加利上げを占う(8/8)
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- 支持挽回を狙うバイデンに危険な香り(8/3)
- オイルマネーの還流をゆがめたウクライナ侵攻(8/1)
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- ウクライナ危機長期化回避策は(4/20)
- インフレは格差を拡大(4/18)
- 民意と乖離する日銀の景気物価判断(4/15)
- ウクライナ戦争斜め読み(4/13)
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- 物価をめぐる政府と日銀の亀裂(3/28)
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- インフレ通貨ドルは買いか売りか(2/25)
- 米利上げ織り込み済みの落とし穴(2/21)
- スタグフレーションへの処方箋(2/18)
- MMTが機能しないことを示した米国のインフレ(2/16)
- 窮地に立たされる日銀(2/14)
- ウクライナ紛争とロシアンルーレット(2/9)
- FRBの常識を捨てる時(2/7)
- 岸田政権支持率を脅かす2つの誤算(2/4)
- 試練に立たされるFRB(2/2)
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- 中国5.5%成長を拒む2つのリスク(1/28)
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- 壬寅(壬・トラ)が大きな転換を呼ぶ(1/24)
- 米国の引き締め転換で炙り出される債務問題(1/21)
- 夏の参院選を左右する岸田政権の防衛、エネルギー戦略(1/19)
- トランプ「三銃士」の苦難(1/17)
- ドル高持続の前提が危うい(1/14)
- 日銀の大規模緩和が出口を迫られる(1/12)
- FRBのインフレ抑制如何で米国のバブル崩壊リスクに(1/7)
- 新年経済のカギを握る中国経済(1/5)
『
マンさんの経済あらかると
マンさんの経済あらかると
』(2023年9月15日号)より一部抜粋
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による
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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。