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日銀追加緩和決定で円高・株高が同時進行も、日本株は再度下値トライへ=E氏

日銀は7月29日に開催された政策決定会合で追加金融緩和を決定しました。英国のEU離脱に伴い国際市場が不透明な動きを続けていることを受け、上場投資信託(ETF)の買い入れ額を年6兆円に倍増するほか、邦銀のドル資金調達コストの上昇を踏まえ、ドル調達の円滑化措置も導入します。

日銀による追加緩和は今年1月のマイナス金利の導入決定以来、半年ぶりのことになりますが、追加緩和の結果を受けた円相場と日本株は対照的な動きになりました。円は一時102円台になるなど急伸しましたが、日本株は激しく乱高下したものの急速に買い戻しが入り、結局、日経平均は92円高の16569円で取引を終えました。

このところ、日本株と円相場は連動性が高く、円高時は株安になり、円安のときはそれを好感して日本株は上げていましたが、本日は円高なのに株高という従来とは正反対の動きになったのです。

なぜこのようなことになったのか?そして、今後の相場見通しはどうなるのかについて説明します。(『元ヘッジファンドE氏の投資情報』)

プロフィール:E氏
国内大手生保、ゴールドマン・サックス、当時日本最大のヘッジファンドだったジャパン・アドバイザリーでのファンドマネージャー経験を経て、2006年に自らのヘッジファンドであるINDRA Investmentsを設立し国内外の年金基金や富裕層への投資助言を開始。2006年10月からのファンド開始後はリーマンショックや東日本大震災で、期間中TOPIXは5割程度下落した中で、6年連続のプラス(累積30%)のリターンを達成。運用歴25年超。

円高・株高モードは長続きせず。7月日銀金融政策決定会合の分析

なぜ追加緩和決定で円が急伸したのか?

まず、本日の日銀政策決定会合での追加緩和は事前にマーケットに織り込まれていました。

Bloombergがエコノミスト41人を対象に15-22日に実施した調査では、追加緩和予想が32人と全体の78%を占め、直前予想としては量的・質的金融緩和が導入された2013年4月の会合以降で最も高くなっていたのです。

しかも、緩和を予想したエコノミストの多くがETF購入額の拡大を予想していたので、今回の会合結果はまさに予想通りの展開でした。

通常、期待値が高すぎたり期待する人が過半の場合、予想通りの内容が出ると、それがポジティブであっても株価は下げるケースが多いです。それは事前の株価にその内容が織り込まれているからです。追加緩和を期待して事前に買っていた人が過半だったら、予想通りの材料だったら売るしかありません。これは株に限らず為替市場も同様です。

では、なぜ追加緩和及びETF買い増しが事前に織り込まれていたにも関わらず円相場は急伸したのでしょう?それは、日銀政策決定会合で何が出てくるか判らなかったので、円を買えなかったからです。

米ドル/円 1分足(SBI証券提供)


日経平均株価 1分足(SBI証券提供)

つまり、円相場はメインシナリオとして追加緩和の内容がETF買いに留まると予想していたものの、日銀がサプライズの通貨安政策を出すリスクが残っていた以上はメインシナリオで円買いが出来なかったのです。

しかし、マーケットの読みどおりETF買い入れ増額という決定内容だったため、安心して?円買いが出来るようになったのが本日の動きです。

Next: 今日で「金融・財政政策への妄想と期待」はすべて消失した



投資家の「妄想と期待」はすべて消失した

先日の、28兆円の経済対策に関する報道を受けての円相場の動きでもわかるように、直後は円安に反応しましたが、1日もしないうちに報道前の水準まで上昇してしまいました。

それは、7月参院選で与党が圧勝してからの円安を支えてきた妄想や期待が一つ一つ剥がれてきたからです。

本日の会合で追加緩和を決めた理由がBrexit(英国のEU離脱)に伴う国際情勢の不透明さであることでも判るように、今の国際金融情勢は決してリスクオンではありません。資本市場が不透明になったり混乱する際は安全資産需要が高まるので、今のような地合は円やスイスフラン、ゴールドが買われやすいのです。

にも関わらず、この3週間ほど円相場は円安に振れているのは、様々な期待や妄想で「円を買うのが怖い」と思わせてきたためです。参院選後に安倍首相が大型経済対策を指示した以降、ヘリマネや50年債を発行して日銀が引き受けるなど円売り材料となる報道が相次ぎました。

これらのうちの多くはあまりに非現実的なので、期待というより妄想に近い話だったのですが、究極の通貨安政策といっても良い中央銀行による国債引き受け説が市場に流れ続けていたので、この3週間、経済対策期待もあり円相場は円安気味に推移していました。

しかし、ヘリマネも広義のヘリマネも50年債も永久国債も否定され、通貨安に繋がる経済対策のための赤字国債発行も行わないと言明され、挙句の果てに経済対策は28兆円という「盛りに盛った数字」が出てしまったことで、立て続けに出てきた円売り材料も出尽くし感が漂ってきたのです。

先日概略のみが先行的に発表された経済対策は、ヘッドラインは28兆円と威勢が良かったので円は急落しました。しかし、財政措置は13兆円と従来の10兆円よりは多いものの、多くは複数年度に亘る事業で、GDPに寄与する真水部分は5兆円程度になりそうだと直ぐにばれてしまいました。真水5兆円だったら、今年4月の熊本地震直後に災害対策で大型補正を行うと政府が言ったときの対策と事業規模は変わりません。

大型経済対策による財政悪化で円売りになるというシナリオも消えたので、円を買いたい投資家にとって最後のリスクが本日の日銀によるアクションでした。

コンセンサスはETF買い入れだが、もしかしたらヘリマネ級の新手の円売り政策を出してこないか?国債買い入れを大幅に増額しないか?という不安があったので、円買いに歯止めが掛かっていたのです。

しかし、日銀のアクションが想定通りだったため、安心して円が買われたのです。

つまり、本日の日銀政策決定会合で、参院選以降売り材料になっていた金融政策や財政政策の妄想や期待は全て消失したのです。姿が見えないから怖いのであって、姿が見えてしまい、それが円相場に何の関係がないETF買いでしたら円を買うにあたっての政策リスクは無いに等しいのです。

これが、本日の日銀政策決定会合で追加緩和が発表された直後から円が急伸した理由です。

Next: なぜ円高が進む中で日本株は下げずに戻したのか?



なぜ日本株は下げずに戻したのか?

では次に、なぜ日本株は下げずに戻したのかについて説明します。

事前コンセンサスが織り込まれていたのは日本株も同様です。ならば、追加緩和でETF買いが発表されたら、材料出つくしで売られてもおかしくありませんでしたし、実際直後は前日比300円安まで売り込まれました。

それが徐々に買いが入りほぼ高値引けに近い水準で終ったのは、円相場と違い日本株はETF買いの需給的メリットを受けるためです。しかも事前にETF買いを予想したエコノミストも、ETF買い入れを従来の倍増に増額するというのは想定していませんでした。

つまり、想像していた以上に日銀がETFを買うことになったので、日本株相場を牽引してくれるという期待が出たからです。

結果、日本株と円相場はこの半年で最大ともいえるデカップリング(非連動)で終わりましたが、この非連動、即ち円は上がり易いけど株は上昇トレンド、が続く可能性は低いでしょう。

つまり、本日の日本株高はアヤであり、来週以降は無理して上げた反動で売られやすいと思われます。

日銀によるETF買いは、相場の下支え要因にはなりますが、決して上値追いはしません。基本的に、日銀は前日比で下落したときにしか買いを入れないためです。

実際、今年4月1日から昨日まで12000億円近いETFを市場から買い入れていますが、それにも関わらず参院選で与党が圧勝し円安にシフトするまでは16000円割れが続いていたのです。

また、本日は非連動でしたが、円が再度100円に向けて上昇したら、業績下ブレ懸念が再度高まることで、日銀の買いでも支えきれない売りが出てくるでしょう。

今年1月の日銀政策決定会合でマイナス金利を導入したときもそうですが、発表日と翌日程度はご祝儀的な買いで堅調に推移しますが、投資家は現実を見るようになります。

今の現実とは、世界は決してリスクオンではないので円は基本的に買われやすいということと、円が買われたら日本株は売られやすいという事です。

しかも、本日の追加緩和で、日銀は更に政策の持ち駒を減らしてしまいました。今回マイナス金利幅の拡大を見送ったのは、民間金融機関の収益悪化に配慮するためでしょうし、国債買い入れ増額を見送ったのは、日銀が買い過ぎた結果、流動性が極端に枯渇している国債市場に配慮したためでしょう。

このように追加緩和のネタが使えなくなりつつありますが、かといって新手の手段はリスクが高いです。4月日銀政策決定会合前に「日銀が貸し出しへのマイナス金利導入を検討」という、結果的にはガセネタが流れましたが、これをやった場合、民間銀行は既存貸出先から低利での借り換えを迫られるなどして収益悪化は必至です。

また、話題になったヘリマネは法律で禁じられているので、もしやろうとしたら法改正や影響を見極めるための有識者懇談会の開催が不可欠でしょうから、早くても数年先のことでしょう。

こうした中で、今回のETF買い入れ増額は、日銀にとっては「手持ちの手段で、もっとも実行しやすかった」というだけです。

Next: 来週以降の日本株は再度下値トライへ



来週以降の日本株は再度下値トライへ

しかし、このETF買いも無尽蔵に出来るわけではありません。既に、日銀のETF市場占有率は6割を超えてきています。日経平均採用銘柄の9割以上で、中央銀行である日銀が大株主上位10位以内というのは異常事態です。

このため、もっともやりやすかったと思われる今回のETF買いの政策決定ですら、2名の反対票が出ました。

これは「よりリスキーな新手のアイデアを検討したら反対が過半を越え却下される」リスクが高くなっていることを意味します。

なので、今回の日銀政策決定会合は予想通りの追加緩和となり、予想より多かったETF買いを好感した買いで日本株は上がりましたが、早晩、日銀の追加緩和余地がなくなることを懸念しての売りが出てくるでしょう。

つまり、今回の大盤振る舞いで当面の緩和は出尽しと思われる可能性が高いのです。

不幸にも8月は日銀政策決定会合が開催されませんので、今後マーケットがどんなにリスクオフになろうとも、日銀の緩和期待は醸成されません。おまけに、政府も考えられる上限を超えた「盛りに盛った数字」を出してしまったことで、材料出尽くしと捉えられました。

中央銀行や政府の持ち駒がなくなったと見たら、投機筋は円買い・日本株売りを仕掛け易くなるので、来週以降の日本株は再度下値をトライするトレンドに入るでしょう。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年7月29日)

※太字はMONEY VOICE編集部による

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