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危険なドル高、上値追い。イエレン議長ジャクソンホール講演結果分析=E氏

先週金曜にジャクソンホールで開催されたイエレンFRB議長講演の内容は、市場が予想していた以上にタカ派でした。このため米国株は売られドルは急伸しています。本日は、この講演の重要度と今後日本株マーケットにどのような影響を及ぼすかについて説明します。(『元ヘッジファンドE氏の投資情報』)

プロフィール:E氏
国内大手生保、ゴールドマン・サックス、当時日本最大のヘッジファンドだったジャパン・アドバイザリーでのファンドマネージャー経験を経て、2006年に自らのヘッジファンドであるINDRA Investmentsを設立し国内外の年金基金や富裕層への投資助言を開始。2006年10月からのファンド開始後はリーマンショックや東日本大震災で、期間中TOPIXは5割程度下落した中で、6年連続のプラス(累積30%)のリターンを達成。運用歴25年超。

イエレンFRB議長が何を発言しようとも、最後は円高・株安に行く

例年以上の注目を集めたジャクソンホール講演

まず、先週のジャクソンホール会議の位置づけですが、一般にジャクソンホール会議と呼ばれるこの会合は、カンザスシティー連邦準備銀行が毎年8月に主催するシンポジウムのことです。

FRBを始めとする世界各国の中銀関係者や政策担当者や学者らが参加するこの会合は、シンポジウムのほかに金融当局者やエコノミストらに向けた講演があるほか、集った要人に対するインタビューが随時報道されることある金融市場の一大イベントです。

ただ、世界中の中央銀行要人が集いますが、別に金融政策について話し合う場ではなくアカデミックな議題も多いので、要人が勢ぞろいする割には重要な発表が出てくるわけではありません。

過去にはバーナンキFRB元議長がこの場で金融政策の変更について仄めかしたこともありますが、昨年イエレンFRB議長はこの会合を欠席しています。

そんな会合が今回注目を浴びたのは、2ヶ月連続で非常に強い雇用統計が出たことで、6月と7月のFOMCでは利上げ時期の明示をしていないが、もしかしたらイエレンFRB議長が心変わりをして利上げに前向きになったのではないかとマーケットが勘ぐったためです。

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イエレンFRB議長の「心変わり」

実は、イエレンFRB議長の突如の心変わりは今回が最初ではありませんので、今年に入ってからのFOMC会合の変節を簡単に説明しておきます。

FRBは昨年12月のFOMC会合で、リーマンショック後初めてとなる利上げを決定しました。当時のFOMC参加者の平均的な見方は2016年(今年)の利上げ回数は4回でした。これは、昨年12月時点で今年2016年は平均して3ヶ月に1回の利上げがあるとFOMCメンバーが考えているということを意味します。

しかし、年初からの世界的な株価急落もあり、米FRBの次回利上げは繰り延べになったほか、3月FOMC会合でのメンバー平均の今年の利上げ回数の予測は2回と半減したのです。

ただ、それでも今年2回の利上げを想定していたので、(日ごろFOMCメンバーが言っている)緩やかな利上げペースを想定するのなら、今年6月と今年12月をFOMCメンバーは利上げ時期として想定しているのではないかとマーケットは考えていました。

実際、原油高が顕著になり雇用に力強さが見えてきた今年5月に入ると、FOMCメンバーは次々と「6月か7月の会合での利上げ可能性」について言及を始めたのです。

従来から、FOMCメンバーは市場の不意打ちを避けるために、利上げが近いとメンバーが考えるようになった場合は、会合前に各メンバーがマーケットに利上げ可能性を織り込ませるように発言をしていくというスタンスを採用しています。

実際、当のイエレンFRB議長も5月下旬の議会証言で「向こう数ヶ月の利上げが望ましい」という発言をしています。このため市場は「早ければ来月(6月)、遅くとも7月の利上げ」を織り込み始めていたのです。

しかし、6月初旬に発表された5月雇用統計が思いのほか悪く、非農業部門雇用者数の増加幅はコンセンサス16万人増に対し実績は3.8万人増まで落ち込んでしまったのです。

この雇用統計に対しては、単月の数字では金融政策に影響を与えないという発言をしていたFOMCメンバーも一部いたのですが、6月中旬に開催されたFOMC会合では、利上げはおろか「利上げ時期の目処」すら消えてしまいました

6月FOMCの声明文やイエレンFRB議長会見では、会合の翌週に控えていたEU離脱を問う英国の国民投票が不透明ということも利上げを見送った理由として説明されていました。しかし、それ以上に大きな利上げ先送り理由は、単月の雇用統計が悪かったということだったのは疑いようがありません。

なぜなら、Brexitショックが思いのほか軽微に終わり、7月の世界のマーケットがリスクオン気味に推移した中で開催された7月FOMCですら利上げ時期の明示がなされなかったからです。

Next: FOMCメンバーの「利上げやるやる詐欺」とイエレン議長「タカ派」への変節



利上げやるやる詐欺

このように、それまで市場に明示していた利上げ時期すらいわなくなってしまったことで、FOMCメンバーは「FOMC会合前は偉そうなことを言っているが、結局景気腰折れを恐れるあまりに、会合では利上げは当面打ち出すことは無い」という「やるやる詐欺師」として見られるようになってしまったのです。

この結果、6月FOMCのドットポイントでは依然として今年の利上げ回数を2回と予想するメンバーが主流だったのに、「どんなに強い指標が出ても、今年は利上げなんてないだろう」とマーケットが考えるまでになってしまったのです。

しかし、7月初旬発表の6月雇用統計だけでなく、8月初旬発表の7月雇用統計までもがコンセンサスをはるかに超過する雇用の伸びを示したことで、再びFOMCメンバーが心変わりしてきたのです。

8月に入ると、ロックハート総裁、ジョージ総裁、ウィリアムズ総裁、そしてFOMC屈指のハト派でイエレンFRB議長の側近であるダドリーNY連銀総裁までもが、近い将来の利上げを支持する発言をし始めています。

6月FOMC会合直後のFOMCメンバーは、「ちょっとくらい強い統計が出ても、明確にターゲットインフレを上回るくらいにインフレ率が加速する兆候が見えるまでは利上げの必要はない」というくらいに利上げに否定的だったのに、2回連続で強い雇用統計が続いただけで再度利上げに対し前向きに変節してしまったのです。

8月はFOMCが開催されませんから、今回のジャクソンホールでのイエレンFRB議長講演は、多くのメンバーがタカ派に豹変する中でイエレンFRB議長の公式な見解が聞ける初めてのタイミングでした。このため、今回のイエレンFRB議長講演の注目度が高くなっていたわけです。

しかし、その一方で、大したサプライズにはならないという見方も根強く残っていました。それは、イエレンFRB議長が今までのFRB議長の誰よりも表現が曖昧で明確な表現を避ける傾向が強いためです。

つまり、「イエレンFRB議長はどうせ利上げ時期を言わないので、年内利上げの確度が上がることもない」という見方をする市場参加者も多かったため、ジャクソンホールでのイエレンFRB議長発言後は利上げ期待の後退で「米株高/ドル安」を予測する見方が多かったのです。

イエレンFRB議長「タカ派」への変節

しかし、今回のイエレンFRB議長講演は、冒頭で書いたように予想以上にタカ派だったと思います。

金曜のジャクソンホールに於ける講演でイエレンFRB議長は利上げに関して以下のことを述べました。

労働市場の堅調さが続いていることや、経済活動とイン フレに対する当局の見通しを考慮すると、フェデラルファンド(FF)金利引き上げの論拠はこの数カ月で強まったと考えられる。

この発言のポイントは以下の点です。

最初のように表現はかなり利上げにポジティブでしたが、利上げ時期は今回も明示されませんでした。このため、米国株やNY為替市場は一瞬利上げ前倒しで反応したものの、「年内利上げについての言及がない」と判断して、利上げ後退による株高・ドル安に反応しました。

この流れが変わり下落に転じたのは、CNBCの質問に対してフィッシャーFRB副議長が以下のように発言したと報道されたからです。

Next: 判断ミスを暗に認めたイエレン、日本株にはポジティブ?それとも



「判断ミス」を暗に認めたイエレン

フィッ シャー副議長は、9月に利上げが実施され、年内に複数回の利上げがあると予期するべきかとのCNBCの質問に対し、「イエレン議長がこの日の講演で述べた ことは、この2つの質問に対し『イエス』と答えることと整合性が取れている」と述べた。ただ、こうしたことは経済指標次第となるとの見方も示した。

フィッシャーFRB副議長はイエレンFRB議長の側近中の側近なので、「イエレンFRB議長は相変わらず時期の明示をしなかったものの、発言の真意は年内利上げにあり、場合によっては9月利上げの道筋も残されているという意味だったようだ」とマーケットが解釈したのです。

これを受けて26日金曜のマーケットは、ダウとS&P500は下落して終わり、債券が利上げを織り込み下落し、ドルは上昇したのです。

つまり、一部報道にあるように、「イエレンFRB議長が9月利上げを示唆」したのではありません。フィッシャー副議長によれば、「イエレンFRB議長の発言では、9月利上げの可能性排除されていない」ということだけです。

ただ、イエレンFRB議長が「金利引き上げの論拠はこの数ヶ月で強まった」と述べたことは、「6月FOMCで突如弱気に変節したのはミスだったかもしれない」ということを暗に認めているといっても良いので、現在のFOMCメンバーたちは早々の利上げを予想していた今年5月のような心境だと思われます。

日本株上昇の持続性や上値余地は乏しい

このイエレンFRB議長発言を受けて今後の日本株がどうなるかですが、短期的にはドル高のおかげで円高が柔らぐので日本株は上がり易くなりますが、その持続性や上値は乏しいと見ています。

まず、金曜のNY市場で円が売られたのは円固有の要因ではなく、ドルの下落に伴ってのものに過ぎません。

基軸通貨国である米国の利上げは、世界中にばら撒かれたドルが本国へ還流することを意味しますので、新興国やコモディティは下落しやすくなります。また、金利上昇の結果、株式のリスクプレミアムが上昇するために、世界的に株式が調整しやすくなります。

今年1月の初回利上げ時に世界のマーケットがどうなったかと思い出せば分かるように、ドルが上がると危機的になるアセットや国は数多く有ります。

例えば、中国は労働者の賃金高騰で中国の輸出競争力が低下しているので、ドル高になると中国元を切り下げないと、ただでさえ不振の中国輸出は更に落ち込むのは不可避です。

これを避けるために昨年8月や今年1月に中国当局は元を切り下げ、この結果世界的な急落を招いたのですから、米国の利上げは新興国通貨安やコモディティ安だけでなく、過去1年の株価急落の元凶である中国の元切り下げを誘発しやすいのです。

Next: この円安は短命。日本株を襲う二大ネガティブカタリストとは?



日本株を襲う二大ネガティブカタリスト

このような中で、円は対ドルで売られ続けるでしょうか?

リスクオフ時、円はゴールドを並び安全資産として買われますので、今回も円は対ドルで売られますが長続きはしないでしょう。世界的に調整色が強くなるに連れて、ドル以上に円が独歩で買われ易くなると見ています。

このとき、日本株には米株安と円高という二大ネガティブカタリストが襲ってくるのです。

つまり、イエレンFRB議長が利上げを言及しようがしまいが最後は円高・株安に行くのですが、利上げ前倒しが織り込まれる過程でドルは上がり易いので、(利上げの言及が無かった場合よりは)円高になるまでに時間がかかるというだけです。

ドル安による円高はストレートですが、ドル高の結果、世界がリスクオフになることで、安全資産である円が買われるというように、株安へのプロセスが多少長くなるだけです。

このように、トレンドが円安になったわけではないので、日本株の上値と持続性も限定的でしょう。上値追いは危険です。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年8月28日)

※太字はMONEY VOICE編集部による

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