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米国の北朝鮮攻撃は期待薄?トランプのシナリオに翻弄される日本=近藤駿介

トランプ大統領の就任100日間の行動は、決して「場当たり的」ではない。シリアや北朝鮮への武力的圧力について、「内政の失敗を隠す目的のものだ」とか「世界の警察官に戻ろうとしている」との分析は的外れだ。

冷静に見れば、「ビジネスマン大統領」トランプのしたたかなシナリオは、ここにきて大きな成果を挙げはじめていることが分かる。最高のお客さんは韓国、そしてもちろん我が国日本である。(近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガに加え、有料メルマガ『元ファンドマネージャー近藤駿介の現場感覚』好評配信中。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月分すべて無料のお試し購読をどうぞ。月初の購読は得にお得です。

「核実験はやめろ、ミサイルは撃て」ビジネスマン大統領の狙い

トランプは「場当たり的」という大いなる誤解

4月29日で就任100日を迎えたトランプ大統領に対するメディアの評価は、概ね「内政で成果を挙げられていないので、外交、安全保障部門で成果を見せようとしている」というものになっている。

そして、シリア攻撃北朝鮮に対する武力的圧力に至るまでの一連の外交・安全保障に関わる動きの分析、評価も、内政の失敗を隠す目的ためのもので、戦略的ではなく場当たり的だというものというのが通り相場になっている。

しかし、本当にトランプ政権の外交・安保政策は「場当たり的」なものなのだろうか?

トランプ氏は29日、米大統領就任から100日を迎える。「米国第一」の内向きな公約を掲げた異端児は、看板の成長戦略や移民制限などで思うような成果をあげられずにいる。そのつまずきを覆い隠そうと、シリアや北朝鮮にはこわもてに出る。
出典:トランプ政権100日 海図なきブラフ戦術 – 日本経済新聞(2017年4月29日)

確固たる戦略さえあれば、ブラフで譲歩を引き出すことも可能だ。だが戦略なき脅しは、政策を二転三転させるだけのフェイクに終わりかねない。トランプ氏に抱く世界の危惧はそこにある。
出典:同日本経済新聞

就任100日間のトランプ大統領の行動を「場当たり的」と分析してしまうのは、トランプ大統領を「既存の政治家」の延長線上で捉えているからだ。ところが、「ビジネスマン大統領」という視点から冷静に分析すると、トランプ大統領の外交・安保政策はかなりしたたかに、戦略的に行われている事実が浮かび上がってくる。

最初の伏線、F35の大幅値下げ要求

まず思い出さなければならないのは、トランプ大統領は就任前から最新鋭ステルス戦闘機F35の価格が高過ぎることを批判し、製造会社であるロッキード・マーチン社のCEOと会談を持ったことである。

その結果、大統領就任直後の1月末に、ロッキード・マーチンから契約間近だった90機の価格6億ドル(約660億円)の引下げと、1800人の新規雇用という満額回答を引出している。

ここで注目するべきは、ロッキード・マーチンが、売上の減少を招く販売価格の引下げと、コスト増に繋がる新規雇用に素直に応じたことである。

大手メディアは単純に「トランプ大統領の圧力に屈服した」と報じたが、株主からの強い圧力に晒されている米企業の経営者が何の見返りも求めずにあっさりとトランプ大統領の圧力に屈服すると考えるのは、総理大臣に対する忖度が常識化している国の発想だといえる。

大統領もビジネスマンなら、その交渉相手もビジネスマンであることを忘れてはならない。トランプ大統領の外交・安保政策にとって、ここが最初の伏線であったと捉えると「ビジネスマン大統領」の戦略が透けて見えてくるはずだ。

日本に恩を売りつつ「北の脅威」を強調

トランプ大統領は、この交渉によって日本向けF35ステルス戦闘機の価格も値下げされたことに対して、日米首脳会談(現地時間2月10日・11日)の際に安倍総理から感謝表明があったことを明らかにしている。

この2月の日米首脳会談最終日には、北朝鮮が新型ミサイルの発射実験を強行し、急遽安倍総理とトランプ大統領が揃って記者発表を行うことになった。

この共同での記者発表は、夕食会で安倍総理からミサイル発射に対するメッセージを発する考えを伝え聞いたトランプ大統領が、より強いメッセージにするために同席することを提案したといわれている。

その席上トランプ大統領は「アメリカは重要な同盟国である日本を100%支持する」という強いメッセージを出している。トランプ大統領のこうした発言は、北朝鮮に対する警告とともに、日本国内に北朝鮮リスクを強く印象づけるものだった。

シリアを攻撃して見せ、中国をけん制

そして日米首脳会から2か月近く経った4月6日・7日、日米首脳会談が行われたトランプ大統領の別荘「マー・ア・ラゴ」で、今度は米中首脳会談が開かれた。

この米中首脳会談前日の5日には、北朝鮮は再びミサイル発射を行った。さらに、米中首脳が夕食会に臨んでいる最中の6日、トランプ大統領は化学兵器を使用したことを理由にシリア政府軍に対して巡航ミサイルを59発撃ち込んで見せた

夕食会の最中にトランプ大統領からシリア空爆の報告を受けた習近平主席は、会談決裂という選択をすることはできず、「化学兵器の使用には反対する。トランプ大統領の決断に賛同する」という、事実上米国のシリア空爆を黙認するコメントを発表させられる格好となった。

Next: トランプが北朝鮮攻撃に踏み切る可能性は低い。真の狙いは?



「大規模爆風爆弾(MOAB)」を実戦で使用

米中首脳会談後の12日には国連安全保障理事会が開催され、シリアで起きた化学兵器による攻撃を非難し、アサド政権にこの件で調査に協力するよう求める決議案が諮られた。

決議案自体は常任理事国であるロシアが拒否権を行使したことで否決されたが、シリア関連決議案で過去6回拒否権を行使してきた中国は棄権に回ることになった。米中首脳会談席上で黙認した手前、拒否権を行使することが難しかったからだ。

その翌日の13日には米軍は「すべての爆弾の母」とも称される「大規模爆風爆弾(MOAB)」をアフガニスタンにある過激派組織「イスラム国(IS)」の拠点に投下し、オバマ政権と異なりトランプ政権は実際に行動をすることを示した。

一般的には、シリアやアフガニスタンに対する一連の空爆は、北朝鮮に対して武力行使も辞さない意向を示す目的で行われたものだと報じられている。

しかし、こうした見方は、北朝鮮が国家として米国や同盟国に反撃する能力を有している現実を軽視したものだといえる。

シリアと北朝鮮は「まったくの別物」

国家として米国に反撃できる状況にないシリアやアフガニスタンなどは、トランプ政権の行動力を示すには格好の標的であるともいえる。しかし、国家として存在し、核弾頭を既に所有している可能性のある北朝鮮に対する軍事行動は、米国や同盟国が多大なる返り血を浴びる可能性を秘めたものであり、シリアやアフガニスタンとは次元の異なるものである。

トランプ政権は、空母カールビンソンを中心とした打撃軍を朝鮮半島付近に派遣し、北朝鮮に対して軍事圧力を掛け続けている。しかし、当初4月15日にも朝鮮半島付近に到着するといわれていたカールビンソンが実際に朝鮮半島付近に到達したのはそれから10日以上遅くなってからであった。

もしトランプ大統領が北朝鮮に対して軍事的行動も辞さないという考えを持っていたのであれば、もっと迅速な動きを見せてしかるべきである。

「小さなミサイルの発射」を黙認するのはなぜか?

米国が軍事的圧力を強める中、北朝鮮は4月29日に、4月に入って3回目となる弾道ミサイル発射実験を行った。北朝鮮のミサイル攻撃に対する避難訓練が実施されるなど警戒感が高まっていた日本国内では、地下鉄が安全確認のために一時停止するなど、これまでにない対応がとられた。

これに対して、2日前の27日に「大規模な衝突が起こる可能性がある」との危機感を示していたトランプ大統領は、「もし核実験をやるのなら、私も中国の習近平国家主席も不愉快に思うだろう」と核実験に踏み切らないよう警告を発したものの、「金正恩党委員長がやろうとしたのは、核実験でも大きなミサイルの発射でもなく、小さなミサイルの発射だった」と述べた。

こうした発言から推察されるのは、トランプ大統領は「核実験と大きなミサイルの発射」と「小さなミサイルの発射」を明確に分けており、「核実験と大きなミサイルの発射」は許さないが「小さなミサイルの発射」なら黙認するということである。

Next: 韓国、そして日本への「THAAD配備」という美味しすぎるビジネス



「世界の警察官」に戻るつもりはない

こうした区別は、端的に言えば「核実験と大きなミサイル発射」は米国に対する直接的脅威になるのに対して、「小さなミサイルの発射」は東アジアの危機に留まるからである。

こうした判断基準は、「America First(アメリカ第一)」を掲げるトランプ大統領にとっては当然のものだといえる。

トランプ大統領の一連の北朝鮮政策について、専門家の間からは「世界の警察官」に戻ろうとしているという指摘も挙がっているが、それは既存の政治的発想に基づいたもので、「ビジネスマン大統領」に対しては的外れな指摘といえる。

見落としてはならないのは、「ビジネスマン大統領」の目には北朝鮮問題に伴う東アジアの危機は利用価値のあるものに映っている可能性があることである。

「韓国へのTHAAD配備」という伏線回収

北朝鮮問題の緊張感が高まったことで、4月末に韓国にTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)が配備された。

この一基10億ドル(約1,100億円)するTHAADを製造しているのは、トランプ大統領就任直後にステルス戦闘機F35の価格を6億ドル(約660億円)引下げることを受け入れたロッキード・マーチンである。

THAADの韓国配備自体は、大統領選挙期間中の2016年7月に米韓で正式合意されていたものである。ただし、早ければ4月にも配備されることになっていたが、中国の強い反発などもあり予定通り配備できるかは定かではない状況にあった。

しかし、4月になって北朝鮮問題の緊張度が一段と増したことに加え、トランプ大統領が中国に「為替操作国」認定を当面見送るというアメをしゃぶらせ、北朝鮮説得という無理難題の責任を負わせることで、予定通りTHAADを配備できる環境が整ったのである。

ステルス戦闘機F35の値下げと1800人の新規雇用を約束し、トランプ大統領の圧力に屈服したと見られていたロッキード・マーチンだが、裏ではTHAADを予定通り韓国に配備するという実利を得たのである。

これを偶然とみるか、一連のディール(取引)とみるかで、トランプ大統領の戦略に対する評価は180度変わってくることになる。

最高の「お客さん」は日本

さらに、北朝鮮問題の緊迫化によって、日本でもTHAAD配備の機運が高まってきている。

トランプ大統領が正式就任する直前の1月には、稲田防衛相がグアムの米軍基地を訪問してTHAADの視察を行い、「THAAD導入の具体的な計画はないが、1つの選択肢として何が可能か検討したい」とTHAAD導入に前向きの発言している。

そして翌2月には自民党内に、THAAD導入を含む「弾道ミサイル防衛に関する検討チーム」が立ち上げられている。

日本がTHAAD配備を前向きに検討するようになったのは、北朝鮮がミサイル実験を続けているからである。つまり、北朝鮮が「小さなミサイルの発射」を繰り返す状況が続けば、日本国内でTHAAD導入機運が高まる構図になっているのである。

Next: 米国車を買わせるより簡単。だから「北朝鮮の脅威」は終わらない



アメリカ車を買わせるより簡単

こうした構図が明らかだとしたら、したたかな「ビジネスマン大統領」が、中国に北朝鮮への圧力をかけさせ続けることで「核実験と大きなミサイルの発射」は封じ込めつつ、「小さなミサイルの発射」は黙認し、日本でのTHAAD導入機運を高めさせようという戦略を描いたとしても不思議なことではない。

今回のTHAAD韓国配備費用10億ドルの負担については、トランプ大統領は韓国側に負担させる意向を見せていたが、とりあえず米国側が負担する方向に落ち着きそうな気配となっている。しかし、日本のTHAAD配備費用を米国が負担する可能性は低いといえる。

昨年の日本の対米貿易黒字額は、自動車関連の526億ドル(約5兆8400億円)を中心に689億ドル(約7兆6500億円)と、中国に次いで2番目になっている。このような自動車関連を中心とした多額の貿易赤字が、日本の非関税障壁によるものではないことを「ビジネスマン大統領」が理解していないわけはない。

そして当然、対日貿易黒字を縮小するためには、日本に米国車を買わせるより防衛装備品を買わせるほうが、はるかに現実的かつ効果的であることも知っているはずである。

日本に対する「北朝鮮の脅威」は終わらない

「北朝鮮の体制を転換させる目標はない」

4月9日にティラーソン米国務長官はこのように発言している。もし、この発言が本当ならば、米国が北朝鮮に対する軍事介入に踏み切る可能性はかなり限定的だといえる。米国が軍事介入に踏み切れば、結果として北朝鮮の体制が転換してしまうからだ。

トランプ大統領が描いているシナリオは、北朝鮮に「核実験と大きなミサイルの発射」以外の手段での瀬戸際外交を続けさせ、日本での北朝鮮脅威論をより高めることかもしれない。

「F35を数百万ドル(数億円)も値下げしてくれた」ことを喜んでいる安倍総理は、トランプ大統領がF35の数百万ドルの値引きを餌に10億ドルのTHAADを購入させるシナリオを描いているとは想像もしていないのかもしれない。

「核と長距離弾道ミサイルは許さないが、小さなミサイルはどんどん撃て!」

政治経験のないトランプ大統領の外交・安保政策には戦略がないなどと、これまでの常識に基づいてもっともらしい批判する政治の専門家たちが、「ビジネスマン大統領」のしたたかな戦略の餌食になる日もそう遠くはないのかもしれない。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年5月2日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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