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「緩和強化」という言葉遊び~黒田日銀の“転進”で終わる株高モード=E氏

先日の日銀会合で決定された、長短金利を誘導目標とする「新しい枠組み」は、市場が喜んだとおりの追加緩和か?それとも近々、失望に変わりうるものなのか?答えは明かです。(『元ヘッジファンドE氏の投資情報』)

プロフィール:E氏
国内大手生保、ゴールドマン・サックス、当時日本最大のヘッジファンドだったジャパン・アドバイザリーでのファンドマネージャー経験を経て、2006年に自らのヘッジファンドであるINDRA Investmentsを設立し国内外の年金基金や富裕層への投資助言を開始。2006年10月からのファンド開始後はリーマンショックや東日本大震災で、期間中TOPIXは5割程度下落した中で、6年連続のプラス(累積30%)のリターンを達成。運用歴25年超。

日銀はマイナス金利深堀を諦めていない。気づきはじめた市場

「新しい緩和策」へのネガティブな見方が広まる

9/21の日銀政策決定会合で、日銀は長短金利を誘導目標とする新しい緩和策を発表しました。

今年7月の日銀政策決定会合後に、「これから緩和手段の総括的な検証を行い、9月日銀政策決定会合時に同時に発表する」と説明してきたので、今回の会合では効果の検証だけでなくなんらかの追加緩和もあるのではないかという見方が支配的だったこともあり、直前のBloombergの調査ではエコノミストの過半が追加緩和を予想していました。なので、アクションがあったこと自体はサプライズではありません。

ただ、大方の予想はマイナス金利幅の拡大だったので、今回の新しい枠組みはサプライズに取られました。特に、発表直後は詳細な内容が不明確ながらも、「緩和の強化」という報道が相次いだことから、円相場は102円台まで急落、日経平均は一時300円高と急騰しました。

しかし、引け後に開かれた黒田日銀総裁会見などで、「これは追加緩和か?」という疑問が広がるにつれ円は買い戻され、日本株はアフターマーケットで下落に転じ、秋分の日を挟んだ金曜のマーケットも軟調に推移しました。

【関連】日銀の新政策は追加緩和ではなく引き締め。株高・円安は短命に終わろう=馬渕治好

いまだに今回の緩和策に対し評価する声も聞かれるものの、厳しい見方をする識者も少なくありません。というより、時間が経って冷静に中身を見るにつけネガティブな見方が増えてきています。

期待は消失しつつありますが、かといって失望になっているわけでもないので、株、為替とも動きにくくなっています。イベントが終った安心感で、日銀政策決定会合直後の急騰の調整なしにいつまでもこんな小康状態が続くのでしょうか?

そこで、日銀政策決定会合から数日が経った今、今回の日銀政策決定会合で決定された「新しい枠組み」は市場が喜んだとおりの追加緩和なのか、それとも失望に変わりうるものなのかについて書いてみたいと思います。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和政策」とは?

まず、今回日銀政策決定会合で決定された「新しい枠組み」は、長短金利操作付き量的・質的金融緩和と言い、具体的には長期金利操作金融緩和の継続期間明確化を柱としています。

といっても、これだけではなんだか分からないでしょう。このうち、2番目の「金融緩和の継続期間明確化」はオーバーシュート型コミットメントと呼ばれ、分かりやすくいうと「ターゲットのインフレ率に近づいたからといって緩和を止めることはしないでオーバーシュートさせますよ」といった内容と思ってください。これは目標に近づいても緩和を直ぐに止めないという意思表示をしただけで、今現在の緩和規模とは関係がありません

なので、今回の「新しい枠組み」で重要な決定事項は、「これから長期金利を操作します」ということだけと言っても良いです。今回、日銀は「目標インフレ率を超過するまで長期金利がゼロ近辺になるようなオペレーションを行う」ことを決めたのです。

非常に異質な取り組みではあるが

これは今までの日銀を始めとする世界の中央銀行の金融政策ではない、非常に異質な取り組みです。その意味で、「ポジティブかネガティブかどうかは別として、サプライズなのは間違いない」です。

伝統的に中央銀行の金融政策は短期金利を操作してきており、米FRBならFFレートであり、ECBはリファイナンスオペの最低応札金利をメインとして、下限政策金利として中銀預金金利、上限政策金利として限界貸出金利を採用しています。

一方、日銀は公定歩合を長く政策金利として使用してきましたが、1999年のゼロ金利政策でこれ以上公定歩合を動かせなくなったので、以降は無担保コール翌日物が誘導目標とされ、政策金利の役割を果たすことになりました。

しかし、2013年4月の日銀政策決定会合で、黒田日銀総裁は政策金利による金利目標を廃止し、金融市場調節の操作目標を金利からマネタリーベースへと変更したのです。これが黒田バズーガ第一弾であることは言うまでもありません。そして、以降の日銀政策決定会合での緩和政策はマネタリーベースを増やすことで対応してきました。

このマネタリーベースの緩和政策を見直し、従来の金利重視の政策に戻すというのが今回の日銀政策決定会合の重要決定事項ですが、先ほど書いたように、単純に従来の金利重視の政策に戻すわけではないのです。

それが長期金利の水準を操作して金融政策を運営するという「長期金利操作」です。

といっても、短期金利の誘導目標を撤廃すると言っているのではありません。ご存知のように、日銀は今年1月の日銀政策決定会合でマイナス金利の導入を決定しましたが、この短期金利による金融政策は依然として緩和手段として残す一方で、金融政策遂行のために長期金利も操作して水準をコントロールするというのです。

Next: 10年国債利回りはすでにマイナス/長期金利を見れば「金融引き締め」



現在の10年国債利回りはマイナス

なぜ、このようなことを決めたのか?そして、これが緩和なのかを考える前に、今回の日銀政策決定会合前の長短金利の水準を見ておきましょう。今年1月の日銀政策決定会合の決定で短期金利はマイナスになりましたが、それから1ヶ月程度して長期金利もマイナスに入っています。そして、今、日本の10年国債の利回りはマイナスなのです。

短期金利と長期金利の利回りがほとんど変わらないことをイールドカーブがフラット化しているといいますが、日本は極端にイールドカーブがフラット化しているのです。

このどこが悪いのか?についてですが、今回出された効果の検証では「過度なフラット化は、金融機能の持続性に対する不安をもたらし、マインド面を通じて経済に悪影響を及ぼす恐れ」があるとまとめられています。一方において、経済や物価に与える影響は短期・中期金利の方が大きいという分析も発表されています。

長期金利操作導入の経緯

この日銀の効果の検証を元に、今回の長期金利操作導入の経緯を推察するとこのようになります。

「物価目標の遂行という意味で、従来のような短期金利による政策運営を行うことは引き続き望ましい」
「しかし、今はイールドカーブがフラット化しており、長期金利もマイナス水準になってしまっている。過度なフラット化が金融経済に与える悪影響を考えると、長期金利を放置したまま、これ以上マイナス金利を深掘りさせるのは危険かもしれない」
「このため、今回新たに長期金利の目標も決め、操作することにした」

かなり噛み砕きましたが、概ね上のような感じでしょう。これを読むと分かるように、長期金利操作という今回の決定の柱は「緩和手段ではない」ということです。

誤解を招かないように再度言い換えると、「今回の長期金利操作の決定は、短期金利操作による緩和をスムーズにするために不可欠なものだが、長期金利をゼロにするという目標自体は緩和ではない」のです。

要するに、日銀は銀行界から批判を浴びているマイナス金利に固執し、「今後もマイナス金利の深堀りをしたいので、その前に経済に悪影響を及ぼす長期金利のフラット化を食い止める」ために、今回の決定をしたのです。

長期金利だけを見れば「金融引き締め」

この長期金利操作が市場が切望し、そして発表直後に大喜びした緩和ではない最大の証拠は、長期金利の目標水準がゼロ金利近辺ということでもわかるでしょう。

長期金利を当面ゼロにするように、マネタリーベースを調整しますという文言を聞いたときに、多くの投資家は「これはすごい緩和だ」と喜んだかもしれません。

しかし、先ほども言ったように、今年3月以降、日本は長期金利もマイナス水準なのです。

今、マイナスの長期金利をゼロに引き上げるようなオペレーションをしますというのは、長期金利を上げることですよね?

つまり、日銀の今回の決定は市場が期待した緩和どころか、長期金利だけを見れば「金融引き締め」になっているのです。

勿論、この長期金利と短期金利の分断を行うことで、短期金利を今後も引き下げられるという目論見なので、永続的な引き締め政策を決定したのではありません。

しかし、発表直後に日本10年国債の利回りがゼロ近辺まで跳ね上がったように、短期的には金利上昇をもたらす内容を決定したのです。

Next: マネタリーベースは「年間80兆円増」から減る可能性も出てきた



マネタリーベース目標撤廃の意味

今回の決定が市場が期待する量的緩和という観点からもネガティブだということはマネタリーベースの目標撤廃でもわかります。

今回、日銀は長期金利をゼロにするという目標の代わりに、従来のマネタリーベースの目標の撤廃をしています。

つまり、2013年4月の黒田バズーガから始まったマネタリーベースでの政策運営は終わりとなり、従来の金利ベースでの政策運営に緩やかに変わっていくのです。

この結果、マネタリーベースは現行の年間80兆円増から減る可能性も出てきました。

マネタリーベースによる政策運営とは、「日銀が金をばら撒くことで、過剰流動性をもたらして、物価を引き上げる」ことを目標にしています。ばら撒くといっても日銀が直接やるわけではなく、民間銀行に渡すマネーが増えると、貸し出し増などを通じて市中にマネーがばら撒かれるという間接的なものなので、日銀が直接ばら撒くというヘリマネとは全く違います。

しかし、従来の金利による運営ではデフレから脱却できなかった日本経済が、少なくとも株価だけ見ると黒田バズーガ以降大幅に上昇したのは事実なので、マネタリーベース増大による過剰流動性増加効果は、金利調節よりは効果的だったと思われます。

そのマネタリーベースの政策運営を止めて、長期金利をゼロに保ちながら短期金利のマイナス幅を拡大させて緩和させましょうというのが今回の肝だとしたら、従来のマネタリーベースによる政策比較で考えて追加緩和と呼べるでしょうか?

実際、日銀は「長期金利をゼロ近辺にするために、現行のマネタリーベースである年間80兆円を増減させる」と言っているのです。

第一次黒田バズーガで決定されたときのマネタリーベースの増加目標は年間60~70兆円でした。これが2014年10月の第二次黒田バズーガでマネタリーベースは10~20兆円増額され、年間80兆円マネタリーベースが増加するペースに変更しました。

金利を下げたり、マネタリーベースを増やすのが金融緩和、追加緩和というのなら、今回の決定は「長期金利はマイナスからゼロに上がる」「マネタリーベースは場合によっては80兆円を下回ることがある」というのは緩和でしょうか?

むしろ、「金融引き締め」であり、量的緩和の「出口戦略」と言った方が適切では無いでしょうか?

勿論、マネタリーベースを増減させると言っているので、即座に減らすとは言っていません。しかし、今長期国債がゼロからマイナスのゾーンにいるということは、「現時点では、長期国債をターゲットのゼロにするにはマネタリーベースを減らすオペレーションをする必要がある」ということなのです。

今の長期金利水準が2%なら今回の決定は素晴らしい緩和政策になったでしょうが、あいにく今は長短金利ともマイナスなのです。それをゼロにするために、マネタリーベースを減らして強制的に長期金利を引き上げるというオペレーションのどこが「追加緩和」なのでしょうか?

Next: マイナス金利深堀こそ日銀金融政策の柱/言葉遊びは通用しない



マイナス金利深堀りこそが日銀の金融政策の柱になった

黒田日銀総裁や官邸が「緩和強化」「追加緩和」という表現をしているだけで、実際は緩和ではなく、現時点では金融引き締めでしかありません。

今回の長期金利操作の決定のお陰で、今後マイナス金利を深掘りする際は緩和になりますが、今年1月のマイナス金利導入決定以降の円高・日本株安を思い出せば分かるように、日銀が今後の緩和の柱として位置づけているマイナス金利拡大は市場が嫌うことです。

株式市場にとって直接ネガティブではありませんが、マイナス金利拡大は民間銀行の短期的な収益を悪化させますので、21日の後場に急伸した銀行株は「今回の決定は将来的に銀行株が最も嫌うマイナス金利深堀りこそが日銀の金融政策の柱になった」ということに気付くだけでも相当の株価下押し要因になるでしょう。

加えて、株式ETFの買い方を変えて、従来100%だった日経平均型ETFから、今後はTOPIX型ETFに軸足を移します。今年7月の日銀政策決定会合で日経平均型ETFの買い方を倍増させた結果、世界の株式指数で最も「小額で操作しやすい」日経平均は日銀による買い支え期待もあり不当に高値操作されてきたといっても過言ではありません。

この日経平均の買い方を従来の半分にするということは、日銀の買い期待で8月以降買ってきた投資家の失望による投げを日経平均指数では受け切れないのです。この結果、急上昇したNT倍率は、「行って来い」にはならないものの急下落するでしょう。

つまり、今回の日銀政策決定会合で決定された内容の真意が市場に浸透するに連れて、マイナス金利導入を受けた今年2月の相場のように円は上がり易くなり、日本株は売られやすくなるのです。特に、日経平均は需給の梯子を外された形になるので、世界の主要国の株式の中では独歩で売られやすくなったと思われます。

「これは緩和の強化なので喜べ」という言葉遊び

勿論、当事者が「これは引き締めでも出口戦略でもない。緩和の出尽くしでもない。緩和の強化なので喜べ」と言い続けているので、直ぐに激しい失望は呼びにくいですが、気付いた人からネガティブに反応していくでしょう。

先ほども書きましたが、黒田バズーガのマネタリーベースによる政策運営の肝は「円安・株高」政策と言っても過言ではありません。黒田日銀は中央銀行としては異常なくらいに株価を意識して、株を高値にすることが目標のようにしています。これは、インフレ目標の達成手段としてはあまり意味がない日本株の買い支えを大量に行うことでも明らかです。

今回、マネタリーベースの目標を放棄して、場合によってはマネタリーベースは減少するということを言った以上、表立っては言わないもののこの円安・株高政策を放棄したという事に他なりません。

中央銀行による通貨安政策が事実上終ったのならば、投機筋は円高で攻め易いでしょうから、今年2月のような急激な円高・株安になり易いのです。

市場参加者の過半が今回の日銀政策決定会合は株高政策の終焉を決定したことと同義だということに気付くまではマーケットは方向感がないかもしれませんが、批判的な報道が増えてきている以上、臨界点はそれほど遠く無いでしょう。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年9月25日)

※太字はMONEY VOICE編集部による

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