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なぜ政府は「家計消費4.6%大幅減」の原因を天気のせいにするのか?=斎藤満

8月の家計消費支出は前年比で4.6%も減少しました。政府は苦しい言い訳をしていますが、これは大ウソです。消費低迷の理由を、「天候不順」で片づけるわけにはいきません。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

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「天候不順のせい」は大ウソ。日本の消費が増えない4つの理由

8月の消費支出-4.6%で「苦しい言い訳」

政府はこれまで個人消費の低迷を認めつつも、雇用賃金が着実に改善したと、アベノミクスの成果を強調し、消費も今後は改善に向かう、との見方を提示し続けてきました。

ところが、9月30日に公表された総務省の「家計調査」は、8月の家計の消費支出が物価変動分を除いた実質で前年比4.6%も減少したという、「不都合な事実」を政府に突き付けました。

この事実を前に、政府は苦しい言い訳をせざるを得ませんでした。所管の総務省は、「8月の消費は台風など天候不順で、外食やエアコンなどへの支出が減少した」と天候のせいにしています。

そして、勤労者の実収入は物価変動を差し引いた実質で1.5%増えている点を強調、暗に8月の消費減少は特殊要因によるもので、消費環境は良くなっているので今後は増える、と言いたいようです。

しかし、8月の消費内容を丹念に見ると、違う姿が見えてきます。消費が8月に4.6%も減少した「犯人」を見てみると、「自動車関係費」がこのうち1.42%も押し下げていて、ついで「設備修繕費」が0.71%、さらに「交際費」が0.58%、それぞれ消費を押し下げています。

これらは必ずしも「天候不順」のせいとは言えません。別の理由がありそうです。

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そこで消費不振が続く理由を探っていくと、アベノミクスに象徴される政策起因によるものが2つ、高齢化や新世代の消費行動など、構造的な要素が2つ、合わせて4つの要素があって、これらが最近の消費を圧迫していることが分かります。天候要因と片づけるわけにはいきません。

理由その1:見えない負担増

まずは政策にかかわる問題です。政府は雇用の改善に伴って賃金が増えてきたと言いますが、その一方で、社会保険負担が増えているために、これらを除いた家計が実際に使える「可処分所得」は増えていないことです。

8月の実質実収入は確かに前年を1.5%上回っています。しかし、その一方で税や社会保険料負担など「非消費支出」が5%も増えているため、実際に使える可処分所得は実質で0.6%しか増えていません。

しかも、このうち物価が下落してくれたおかげで0.5%押し上げられているので、名目上はほぼゼロです。今後政府日銀の物価押し上げが成功すると、その分実質購買力はマイナスになります。そればかりか、政府はこっそりとさらなる増税を企てています。それが「配偶者控除」の見直しです。

表向きは一億総活躍を目指すためと言い、働く女性と専業主婦との不公平を是正するとか、女性が十分所得を稼げるようにするとかの理由をつけて、配偶者控除を見直すことが検討されています。

これは一般に103万円の壁とか、130万円の壁とか言われるものです。例えば、配偶者の所得が年間103万円以内なら、本人は非課税でかつ夫は38万円の配偶者控除を受けられ、夫の税金は軽減されますし、また配偶者の年間所得が130万円以内なら、夫の扶養家族として社会保険料を自ら払わなくて済みます。

政府は、「女性の活躍を目指す」という理由のもとに、この配偶者控除を見直し、なくす方向で考えています。これは早い話が「増税」をしたいと言うことにほかなりません。増税というと反発を買うので、女性の活躍とごまかしています。

それでなくとも、国民年金の掛け金や、健康保険料、介護保険料などが知らぬうちに増えていて、国民の実質負担は増え、購買力がそがれています。これをさらに配偶者控除を減らし、あるいは廃止して、国民負担を高めようとしているのです。

配偶者も多少の所得増ではかえって可処分所得は減ってしまいます。子育てや介護の都合でフルに働ける人は限られています。壁にとらわれずに存分に働けと言われても、働けない人が多いのです。

Next: アベノミクスで日本人がどんどん貧しくなっている、これだけの証拠



理由その2:将来不安が消費を抑制

政策にかかわる圧迫要因の2つ目として、購買力が増えないほかに、家計は将来の不安を覚え、そのために消費を増やせない事情があります。

8月の消費減少の特徴として、消費性向が前年より4%ポイントも低下(貯蓄率が上昇)していることがあります。消費の減少費目が必ずしも天候要因では説明がつかない中で、全般に消費を抑えている背景には、この将来不安が関わっていると考えられます。例えば年金が減少傾向にあり、先細りにあります。

そればかりか、労働者の4割が非正規雇用で、その平均年収は170万円にとどまり、あらたに貯蓄する余裕さえありません。

すでに貯蓄を持つ世帯でも、マイナス金利政策で貯蓄が金利を生まず、いずれマイナス金利で貯蓄が減るのではないかとの心配をし、しかも政府日銀はなんとしても物価を上げようとしています。

今の貯蓄では将来が賄えなくなります。これらは消費を抑え、少しでも貯蓄を増やしておこうと思わせます。

理由その3:高齢者は実は豊かでない

こうした政策起因の消費抑制要因のほかに、構造的な問題が2つあります。

まず、高齢化が長期的に消費を抑制します。一般に高齢者は豊かで、シルバー消費や孫への支出増が期待されています。しかしここには誤解があります。

総務省の家計調査では、世帯主の年齢階層ごとの世帯当たり貯蓄額が示されています。これによると、世帯主が65歳以上の2人以上の世帯は平均で2430万円の貯蓄を持っていることになっています。

ところが、ここには一部の大金持ちが平均値を押し上げている背景があります。65歳以上の世帯を保有貯蓄金額ごとに並べて中央値をとると1547万円になり、さらに、保有金額階層別に世帯数を並べると、最も世帯が多くなっているところは、貯蓄額が100万円未満の世帯となっています。

数の上では貯蓄をほとんど持っていない高齢者世帯が最も多く、一部の超資産家によって「高齢者像」がゆがめられています。

これを示唆する話があります。政府は介護離職を減らそうと、介護施設の建設に力を入れています。ところが、入居一時金がなく、月々のコストが数万円程度と安い「特別養護老人ホーム」に入居をしたくても入れずに待機している高齢者が14年3月時点でも52万人以上います(厚労省)。

その一方で、中高所得高齢者向けの施設にはすでに空きがあり、そこへさらに政府が増設しようとしています。所得が少なく、安い施設にしか入れない高齢者が多いのですが、これらへの対応が実にちぐはぐです。

すでに団塊の世代がみな65歳以上の高齢者となり、ますます高齢者の割合が増えますが、年金中心の高齢者世帯は、政府の賃金引き上げ策の恩恵にはよくせず、貯蓄のない世帯が多く、年金の減額、医療費負担の引き上げが待っています。これでは消費が増えるはずがありません。

Next: 日本の消費を抑制する「若者の○○離れ」はなぜ起こるのか?



理由その4:若者の消費パターンの変化

構造的な消費抑制要因のもう一つは、若者世代の消費行動が変わってきていることです。

ざっくり言えば、「所有型消費」から「体験型消費」に変わってきています。これは日本だけでなく、米国でも顕著にみられる現象です。共通していることは、彼らは生まれて物心がついて以来、所得が増えるという状況を知らずに育っています。

高度成長期のように、所得は毎年増えていくものと思えば、今借金をしてでも車やオーディオを買い、さらには家を建てようという気になります。当時は所有が豊かさの要素と考えられていました。

ところが将来所得が増える保証がなく、下手をすれば職を失って所得を維持できなくなるリスクがある中では、借金をしてまで物を買うことは大きなリスクになります。

そこで車が必要な時にはシェアして使えばよく、車を買う必要はないと考えます。そもそも、年収170万円の非正規雇用では車を買う余裕もありません。

米国でも日本でも、若者世代を中心に、「シェアリング・エコノミー」が広がりつつあります。物を買って所有するのではなく、必要な時にシェアしたり借りたりして「体験」できればよいとする考え方が広がっているのです。

最近では若者の間でも購入するなら新品でなく、中古品を安く手に入れる風潮が強まり、スマホの普及で簡単にこれらを手にすることができるようになりました。ブランド品ばかりか、普段着の衣類まで中古品市場が広がっています。

中古品の拡大は、仲介手数料以外はGDP上の付加価値生産にはなりません。皆が中古品で済ませる間は、消費者は満足しても、生産や所得、GDPを増やさなくなります。

体験型消費の典型は『ポケモンGO』です。8月はスマホを眺めつつ、街を練り歩く若者があちこちで観察され、一部では交通渋滞を招くほどでした。8月の家計調査でも、「通信費」が消費を0.3%押し上げていましたが、その分、所有型の消費は一層抑制されます。

この若者世代の体験型消費の拡大が、消費全体を抑制する形になっています。

Next: このままでは、消費低迷の原因は永久に「天候不順」のまま!?



天候不順のせいにせず、一刻も早い政策の見直しが必要

アベノミクスの下では、オリンピックなどイベントを作っては財政支出を増やし、一部業界、企業に便宜を図り、利権の拡大を図る一方で、財政負担を納税者、個人に押しつけようとしています。

これで企業や一部の政治家は潤っても、それが景気につながるような支出に回らず、むしろ景気が圧迫される上に財政赤字がかさみます。そこで財政赤字のつけを、インフレ増税社会保険料負担など目に見えにくい形でこっそり家計に負担させようとの動きが見られます。

賃金格差の拡大を示す指標が政府データからも確認されているだけに、最近は「同一労働・同一賃金」の掛け声が聞かれますが、これに応えられる企業は限られています。

政府が無駄な支出を拡大し、企業が内部留保を積み上げ、投資や賃金に還元せず、家計が疲弊する政策を続ければ、消費が増えないばかりか、経済の効率が悪化し、無理なインフレで社会が不安定になります。

一刻も早い政策の見直しが必要です。「消費減少は天候のせい」との言い訳の裏には、日本が抱える大きな問題が隠されているのです。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2016年10月4日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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金融・為替市場で40年近いエコノミスト経歴を持つ著者が、日々経済問題と取り組んでいる方々のために、ホットな話題を「あらかると」の形でとりあげます。新聞やTVが取り上げない裏話にもご期待ください。

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