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「おれが流した風説じゃない」聡明なワル投機家・Pさんが仕掛けたQ銘柄急騰事件

投資歴54年の山崎和邦氏が思い出の投機家を振り返る本連載、今回は「尊敬すべきワル投機家」Pさんです。30余年前、東証2部のQ銘柄急騰劇は、すべてがPさんの計算ずくでした。

「百万株買うから条件を飲め」聡明なワル投機家・Pさんの仕掛け

今回は、ご本人や周辺関係者の素性を決して明かすわけにはいかない、そんな投機家の話だ。そこで実際のイニシャルすらふせて、仮にPさんとお呼びする。

投機家Pさんは、私たち仲間内で「スマートガイ(聡明な奴)」「辻さん」「といっつあん」などの異名を取った人物である。

辻は「十(ジュウ)にシンニュウ」と書くから、伝統的に金融取引に秀でるユダヤ人(Jews / Jewish)の頭脳にも侵入してゆく凄い奴。といちは「十一」で、十(ジュウ)以上のキレ者、ほどの意味だ。

株式市場における彼の人物評は「性、狷介にして傲慢」になる。世間一般の人ならいざ知らず、鮮やかな実績を有するワルが受ける評としては決して悪くない。

そう、彼は日常の常識人ぶりからは想像できない、尊敬に値する「ワル」であった。

私が支店長を務めた60~70年代の野村証券には「この人にはかなわない」と思える、怪物めいた人物が何人もいた。その後常務を務めた三井の会社では、皆、秀才で仕事熱心な「ナイスガイ」ばかりで、御しがたい「スマートガイ」タイプはいなかった。Pさんは野村時代に出会った「怪物」の一人である。

Pさんは野村のヤリ手だったが、仕事だけでなく、万事に抜け目がなかった。野村を早々と辞して不動産業を始め、株式市場でもよく蓄財した。

その蓄財が工夫とアイデアに富んでいて、ちょっと普通の方法ではないのである。私も野村を辞めて自由の身だったから、Pさんのプロジェクトに一枚噛んだ。そのひとつを紹介しよう。

30数年前のことだ。野村証券のあるイケイケ課長が、発行株数が少ない東証2部の某小型株の買いを提案してきた。聞けば、単一価格で百万株の売り物があるという。

この「事件」はつとに時効が成立しているが、関係者に差し障りがあると迷惑をかけるから、念のため銘柄名をQ社とする。

Pさんは、そのQ社のチャートや出来高を吟味すると、話を持ちかけてきた証券マンに「百万株すべて買ってやるが、それには条件があるから一札書け」と切り出した。

通常、証券マンは一札入れて顧客に何かを保証するということは絶対にやらない。だがPさんの出した条件は、一目、誰から見ても不当ではない、至極真っ当なものだったのである。

その条件とは、「私がQ社株を百万株買った後、売り注文を出した際には、必ず1ヶ月以内に何某かの法人または個人に全株を買い取らせるべく、媒介を振れ(今でいう「クロス商内」を付けよ)」だった。

別に何割上の価格で買い取れとか、何パーセントの利益を保証せよとかの一札ではない。売却は時価でよいから、売り注文後1ヶ月以内に必ずクロスを付けておくれよ、というだけの約束だ。

証券マンにとって「一発100万株のペロを切る」魅力は前回お伝えしたとおりである。彼は商内欲しさに、「その条件ならお安い御用」とばかり、Pさんの要望に応じることになった。

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「風説」を追い風に株価3倍でクロス執行を迫る鮮やかな手口

時価での媒介商内を約束させた上で、Q社株を百万株保有したPさん。ここから先の手並みが、「スマートガイ」としての本領発揮であった。

Q社はもともと発行・不動株数が少なく、出来高も薄い小型株である。そこでPさんは毎日、市場に出ている売り注文を全部買った。全部と言っても、これは日に千~2千株程度で済む。

それをしばらく続けた後、やがて売り注文が枯れてくると、そのタイミングを見計らってPさんは成行で大量の買い注文を出した。

このところ少量ながら毎日売り注文が消化され、ジリ高傾向にあったQ銘柄に、急遽大量の買い注文が一本で来た体である。

市場では「これはどこか大きな投資主体による乗っ取り(今でいう敵対的M&A)に違いない」との風説が立った。

とはいえ、これはPさんが流した噂ではなく、自然発生したものだった。だから証券取引法(現・金融商品取引法)で禁止される「風説の流布」には該当しない。この辺がPさんの抜け目ないところで、彼の目論見どおりの相場となった。

そうやってQ株が上がり切ったところで、野村の担当者に「先日買った百万株を、約束通り今から1ヶ月以内に時価で引き取れ」と迫ったのである。

その時点で株価は買値の約3倍に暴騰していた。Pさんと私は、Q株が値下がりしないよう、毎日売り注文をこなして買い支えながら、早々にクロス商内を付けるよう担当者をせっつく。

果たして1ヶ月後、無事に媒介商内は成立し、Q社株は百万株すべて何処か法人の手に渡ることになった。PさんはQ株への投資で短期間に約3倍のリターンを得ることに成功したのだ。私も一枚噛んで、間近で見た取引である。

後日談になるが、Q社はその騒ぎに懲りたか、間もなく自主的に全株をあるファンドに買い取らせ上場を廃止した。

また、PさんにQ社を紹介した野村の担当者は、しばらくは羽振りよく活動していた。

野村を辞めて他社の歩合外務員(当時の四大証券には存在しなかった)になり、自己のあげた手数料の4割を貰って高額所得者名簿にも顔を出すほどだったが、その後、どうしたわけか急死してしまう

いくつかの偶然も重なって、Pさんが仕掛けた一大プロジェクトに関わった当該銘柄や担当証券マンは、この世からキレイさっぱり消え去ってしまった

こうなってはPさんに、風説の流布はおろか、反市場勢力や相場操縦の疑いすらかかりようがなかった。「スマートガイ」Pさんのしたたかさである。

Pさんは相変わらず、何事もなかったように飄々としていた。

Next: 「塀の上を口笛吹いて歩く」Pさんの一大フィクションを支えた常識力

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「塀の上を口笛吹いて歩く」Pさんの一大フィクションを支えた常識力

その後もグレーゾーンで数多の銘柄を手がけたPさんは、生涯、意に沿わぬ仕事をせず、ゴルフと読書と海外旅行に明け暮れていられるだけの金融資産を構築する。

現在はそのカネが減らない程度に、堅実に賃貸マンション等を経営し、家賃収入や証券配当金を稼ぎなら「自由に」暮らしている。

当時のPさんや、私を含む仲間が一番欲していたものは、タダひとつ「やりたいことがやれて、やりたくない事をやらないでいられる生き方」であった。これをひとことで「自由」と言う。

自由の求め方にも色々あろう。哲学の鎧をまとい精神の自由を確立する方法もあろうし、芭蕉や西行法師のように金銭を徹底的に無視して、世俗から超然とする方法もあろう。

が、Pさんが採ったのは(私もそうだが)、金銭を蓄積して、その力により自由を獲得するというアプローチである。

イギリスの経済学者・ケインズの弟子ハロッドは「ケインズの株式市場における果敢なプレイヤーぶり、投機活動は、彼の自由のための戦いだったのだ」と伝記『ケインズ伝』で回想している。

また永井荷風は、死後、文人としては意外なほどカネを残したが、彼はこの資産について「自由のために必要だった」と書いている。

戦中に戦争賛美本を売って九州に豪邸を建てたものの、若者を戦場に駆り立てたことを悔いて自殺した作家がいたが、永井荷風は書きたくない作品には手を染めず、やりたい女道楽を存分に愉しんだ。「自由」のためにはカネがいる、というのだ。

カネは自由を得る力となる。それを公言して実行し、自由に生きたケインズや永井荷風は立派である。Pさんも私もそう信じていた。

Pさんは我々仲間内で畏敬の対象だったが、本人のいない所では「犬走りのP」などと呼ぶ者もいた。

塀の外側に沿って敷いてあるコンクリート部分を「犬走り」と言う。Pさんはいつも塀に沿って犬走りを走っていたが、決して塀の内側には入らなかった。この「塀」と言うのは勿論、刑務所の塀である。

さりとて、塀から離れた安全地帯にばかりいては旨みがない。我々仲間は口を揃えて「彼は塀の上を口笛を吹きながら歩いているのさ」と景仰した。Pさんは塀の向こうに落ちそうで落ちない、虚実皮膜の投機家だった。

Pさんは決して闇の世界の住人ではない。むしろ、一般の人々より規律正しい毎日を送る。灯火に読書三昧の夜を過ごし、普段はにこやかに人と接し、日常の些事にも正確だ。

端正で礼儀正しく、家庭生活も円満で、ご子弟も含めて健全に「いい線」を行く。Pさんの、この常識人としてのディテールの正確さが、ここ一番の大勝負におけるフィクションにリアリティを与え、他者を動かす力となるのだ。

私だけが、その仕掛けを熟知している。

山崎和邦(やまざきかずくに)

1937年シンガポール生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。野村證券入社後、1974年に同社支店長。退社後、三井ホーム九州支店長に、1990年、常務取締役・兼・三井ホームエンジニアリング社長。2001年同社を退社し、産業能率大学講師、2004年武蔵野学院大学教授。現在同大学大学院特任教授、同大学名誉教授。

大学院教授は世を忍ぶ仮の姿。実態は現職の投資家。投資歴54年、前半は野村證券で投資家の資金を運用、後半は自己資金で金融資産を構築、晩年は現役投資家で且つ「研究者」として大学院で実用経済学を講義。

趣味は狩猟(長野県下伊那郡で1シーズンに鹿、猪を3~5頭)、ゴルフ(オフィシャルHDCP12を30年堅持したが今は18)、居合(古流4段、全日本剣道連盟3段)。一番の趣味は何と言っても金融市場で金融資産を増やすこと。

著書に「投機学入門ー不滅の相場常勝哲学」(講談社文庫)、「投資詐欺」(同)、「株で4倍儲ける本」(中経出版)、近著3刷重版「常識力で勝つ 超正統派株式投資法」(角川学芸出版)等。

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