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日本郵政の危ないマネーゲーム。個人をはめ込む政府株売却の本音と建前=近藤駿介

政府保有の日本郵政株式の第2次売り出しが実施される。これはファイナンスの常識からいえば無理筋とも言える公募案件であり、矛盾に満ちたものである。(近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任し、教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える切り口を得意としている。

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個人投資家を狙い撃ち。矛盾に満ちた日本郵政株の第2次売り出し

最大1.4兆円規模の「無理筋」案件

政府が保有する日本郵政株式の第2次売り出しが、月内にも実施されることになった。

日本郵政については、2015年に子会社の日本郵便を通して買収した、オーストラリアの物流会社トール・ホールディングスの経営悪化に伴い最終赤字に陥った記憶と傷跡が強く残っている。

今回の第2次売り出しで政府が売り出す日本郵政株は、最大1兆4千億円(10.6億株)と21世紀になって最大規模の公募案件。売却で得られた資金は、全額が東日本大震災の復興財源に充てられることになる。

2015年11月に1400円で売り出され東京証券所に上場した日本郵政株は、上場直後こそ公募価格を上回り、1999円の上場来高値を記録したものの、その後は概ね売り出し価格を下回る水準で低迷している。

2年近く第1次売り出し価格を下回って推移してきている日本郵政株を、21世紀になって最大の公募案件として売り出すというのは、ファイナンスの常識からいえば無理筋だと言える。

「国策」が示唆する、投資対象としての危うさ

無理筋とも言える公募案件を成功させるために、様々な手が打たれている。

まず、今回の第2次売り出しで政府が売却する株数が、発行済み株式の2割強に相当する10.6億株であるため、日本郵政は9月11日の取締役会で需給への影響を緩和するため1億株、1000億円を上限とする自社株買いを実施すると決議し、9月13日に7283万3000万株、約1000億円の自社株買いを実施した。その99.5%に相当する7247万4500株、約995億円は政府の放出分であった。

さらには9月の日経平均株価採用銘柄の定期見直しによって、日本郵政は第2次売り出しの直後の10月2日から日経平均株価構成銘柄に採用されることになった。

大手証券会社の試算によると、日経平均構成銘柄に採用されることによって、インデックスファンドなどから約2573万株(推定約360億円)、今回の売り出し総数の2.4%強の新たな需要が生み出されることになる。

このように、国策である日本郵政の売り出し案件が失敗しないように、売り出しに先駆けて自社株買いや日経平均株価構成銘柄採用など、需給バランスが悪化しないような手立てが施されている。

換言すれば、需給バランスが崩れないように細心の注意を図らなければならないほど、日本郵政株は投資魅力に乏しいということである。

なぜ個人投資家に全体の8割弱を割り当て?

今回の売り出しの特徴は、個人投資家に全体の76%を割り当てることである。Bloombergの報道によれば、販売に手間のかかる個人投資家に全体の76%を割り当てる計画になっているため、全体の手数料率は約0.74%と、4年前のJT株の1兆円規模の売り出し時の約0.5%より高く設定されている。

そして手数料率が高く設定されたことによって「野村ホールディングス、大和証G、ゴールドマン・サックスのグローバルコーディネーターを含む引受証券全61社に約93億円が支払われる見込み」(Bloomberg)になっている。

なぜ、このように高い手数料を出してまで、販売に手間のかかる個人投資家に76%を割り当てるのかというと、日本郵政が機関投資家を納得させられる成長戦略を見せられないため、機関投資家からの需要に期待がかけられないからに他ならない。

Next: 機関投資家が「仕方なく買う」日本郵政に成長の見込みはない



機関投資家にとっては「仕方なく買う」銘柄

株価動向に関係なく配当金を分配金の原資に使える投資信託を除けば、機関投資家にとって日本郵政株は、時価総額が大きい(9月15日時点で約6.3兆円、ランキング9位)こと以外に投資する意義を見出しにくい銘柄だと言える。

日本郵政は「日本郵便」「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」を束ねる持ち株会社である。従って、日本郵政の企業価値が上がっていくためには、子会社3社の成長が必要条件となる。

しかし、2012年に改正・成立した「郵政民営化法」によって、「日本郵政」とその子会社「日本郵便」には、郵便だけでなく、金融の分野にまで郵便局を通じてユニバーサルサービス(国民生活に不可欠で、全国あまねく利用が可能であることが確保されるべきサービス)を提供することが義務付けられるようになった。

株式会社というのは本来株主から集めた資金を有効に活用して利益を出していくことを目指していく組織である。つまり、利益を度外視したユニバーサルサービスを提供することと、株式会社の基本理念とは相容れないものであり、原則論から言えば郵便や金融部門のユニバーサルサービス提供は株式会社で行うべきでものはない。

仮に政府が日本郵政の株式の100%を保有して、ユニバーサルサービスを実施していくのであれば、実質的に公社と変わらないので大きな問題は生じない。

しかし、政府が日本郵政の株式を民間に売り出していくと事態は変わってくる。それは、ユニバーサルサービスを維持するために生じるコスト(損失)を、民間の株主に移転することになるからである。

日本郵政グループの「成長」は、ゆうちょ銀行頼み

日本郵政グループは、ユニバーサルサービス以外にも様々な制約のある企業である。

例えば、「ゆうちょ銀行」は17年6月に、ゆうちょ銀行に通常貯金の口座を有する個人に限定して最大50万円を貸し付ける「口座貸越による貸付業務」の許可を得たが、銀行でありながら銀行の本業とも言える企業向け融資や個人向け住宅ローン融資は認められていない

それゆえに、総資産209.5兆円(2017年3月期)を誇り、三菱東京UFJ銀行(総資産204.2兆円:同)と並ぶ巨大銀行でありながら、その66%に相当する138.8兆円もの資産を、有価証券投資に振り向けざるを得なくなっている。ちなみに三菱東京UFJ銀行の有価証券残高は、総資産の約20%の42.2兆に過ぎない。

ゆうちょ銀行は、日本郵政グループの連結経常利益7952億円(2017年3月期)の約56%、4420億円を稼ぎ出すグループの中核企業である。そのゆうちょ銀行は経常収益1兆8972.8億円の約93%に相当する1兆7650億円を「資金運用収益」をはじめとした有価証券投資関連業務で得ている状況にある。

つまり、日本郵政の成長は、ゆうちょ銀行の有価証券運用の巧拙に大きく依存している格好になっているのだ。

Next: ゆうちょ銀行の「危険な運用」そのツケを払うのは個人株主に



ゆうちょ銀行が期待値の低いアクティブ運用を開始へ

その日本郵政グループの収益を支える重責を担っている、ゆうちょ銀行の元大手外資系証券会社副会長出身の副社長兼運用責任者は、Bloombergの取材に対して「市場環境が整い次第、株式のアクティブ運用を開始」することを表明している。

6月末で2兆1412億円規模の国内株式や外国証券、オルタナティブなど積極投資型のサテライトポートフォリオを15年3月末の48兆円から69兆円にまで拡大してきたが、現在140人体制である運用部門の人員を今後1年でオルタナティブを中心にさらに約20人増やし、6月末現在で6872億円の投資残高を今後5~10年で5、6兆円をめどに積み増す考えだという。

こうした投資方針はどこかしら、約149兆円の公的年金資金を運用し「世界最大の機関投資家」と称されるGPIF(年金積立金等管理運用独立行政法人)とかぶるものである。

そこで、GPIFが公表している2016年度の「各資産の超過収益率の状況(直近5年間及び10年間)」を見てみると、国内株式を対象とした「アクティブ運用」の運用成績は芳しいものではない直近の5年こそベンチマークを年率で0.23%上回っているものの、ベンチマークに対する勝ち負けで見ると2勝3敗と負け越している。

そして、過去10年間の成績はベンチマークに対して4勝6敗と負け越しで、超過収益は年率で▲0.04%と、ベンチマークの収益を下回っている。

「アクティブ運用」の成績が芳しくない状況は、外国株式ではもっと顕著である。直近5年間でベンチマークを年率▲0.58%下回っているうえ、過去10年間でみてもベンチマークに3勝7敗と大きく負け越し、収益でもベンチマークを年率▲0.48%下回っている。

GPIFは日本の公的年金の運用を行う世界最大の機関投資家であり、運用を委託されているのは、厳しい審査をクリアした国内外の著名な運用会社ばかりである。こうした国内外の精鋭を集めて運用させた結果、「アクティブ運用」はベンチマークと同等の収益を目指す「パッシブ運用」に勝てないのが現状なのである。

日本郵政の成長は幻、ツケを払うのは個人株主

さらに懸念されるのは、総資産80兆円強で、そのうちの81.7%に相当する65.6兆円の有価証券投資と金銭信託を持っているかんぽ生命が、2017年3月期に1322億円に及ぶ有価証券売却損と償還損を計上していることである(有価証券売却益と償還益と合計したネット収益では470億円の損失)。

前年度の有価証券売却損と償還損の合計が約22.6億円(同9.8億円)であったことから、有価証券投資で大きな損失を出したことが、経常利益で1317億円の減益になった大きな要因となっている。

こうした現実の中で、どのような論理を駆使すれば、アクティブ運用を増やすことがゆうちょ銀行の成長に繋がるという結論を導き出せるのだろうか。

ゆうちょ銀行の運用を積極化していくという方針が理にかなったものでないとしたら、ゆうちょ銀行の有価証券投資の成果に大きく依存している日本郵政の成長などは夢幻でしかない。そして、そのツケを払わされるのは日本郵政グループの株式を保有する民間の株主となる。

Next: 「高配当」や「ROE改善」を理由に投資をするのは危ない



第2次売り出しと自社株買いの矛盾

日本郵政の第2次売り出しを控え、その成長戦略に注目が集まっているが、日本郵政は成長戦略があるかないか以前の問題を抱えている。

それは、売り出しによって得られた資金はすべて政府に入り、日本郵政には入らないことである。ここが政府保有株式の売り出しと新規株式公開(IPO)との大きな差になってくる。

売り出しで得た資金が日本郵政に入らないということは、たとえ成長戦略が描けたとしても、それをコストをかけずに実行しなければならないということである。そもそも、投資資金を必要としない成長戦略が描けているのであればとっくに実行しているはずであり、成長戦略を実行したうえで売り出しを実施するはずである。

売り出しによって得られる資金が日本郵政の手元に入らないどころか、日本郵政は売り出しによる需給悪化を食い止めるための自社株買いを行ったことによって、2017年3月末に保有していた3278.3億円の現預金のうち1000億円を使う羽目になった。

自社株買いを実施したということは、会社が今時点でそれが最も有望な投資であるという判断をしたということでもあり、現時点では自社株買い以上の投資先がないことを公言したことでもある。

こうした日本郵政の状況を鑑みると、日本郵政の成長戦略の有無を議論するというのは的外れなものでしかない。

「高配当」は投資理由にならない

今回売り出しに伴う需給悪化を避けるために、日本郵政は1000億円の自社株買いを行った。自社株買いによって一株当たり利益を計算するうえでの発行済み株式数は減少することになるから、計算上のROE(自己資本利益率)などは改善することになる。

しかし、今回購入した自社株を消却するのか、金庫株として会社が保有し続けるのかによって、こうした指標の改善は一時的なものに留まることには留意が必要だ。

現時点で会社側は、自社株の今後の方針については明確にしていいない。もし、消却せずに金庫株として保有し続けるのであれば、将来M&Aやストックオプション等によって流通することによって発行済み株式数が元に戻ることになる。要するに、保有自社株を消却しない限り、ROEなど指標の改善は一時的でしかない。

ちなみに、第1次の売り出し直後の2015年12月にも日本郵政は発行済み株式の8.5%に当たる3億8330万株の自社株買いを実施しているが、この自社株は消却されることなく現在まで金庫株として保有されている。

日本郵政に関しては、年50円、3%代後半という高い配当利回りが魅力だという意見も多い。しかし、現在の年50円配当が維持されるか定かではない時点で、高い配当を目当てに投資するのは賢明ではない。企業が成長しない限り高配当を続けられないことは、たとえば大塚家具がすでに立証済みのことである。

Next: それでも投資するなら…日本郵政の株主に求められる資質とは?



なぜ第2次売り出しは日本郵政単独なのか?

もう1つ、今回の日本郵政第2次売り出しで目を引くのは、2015年の第1次売り出しと異なり、ゆうちょ銀行やかんぽ生命と同時ではなく、日本郵政の単独売り出しであることである。

前回の売り出し価格との比較でいえば、売り出し価格を5%以上上回っているかんぽ生命を売り出すのが自然だと言える。しかし、そうはならなかった。

郵政民営化法では「政府が保有する日本郵政株は1/3超まで早期に売却し、日本郵政が保有する金融2社の株式は全株式を早期処分する」ことが謳われている。ただ、具体的な売却時期は定まっておらず、日本郵政は金融2社の株式を当面は50%まで段階的に売却する方針を示している。

法律では「全株式の早期処分」が謳われているにも関わらず、金融子会社2社の売り出しが見送られたのは、この2社の株式を売り出すことで日本郵便が経営権を失ってしまえば、ユニバーサルサービスや高配当を維持することが難しくなってしまうからである。

封印されている議論

郵便局に窓口業務を委託しているゆうちょ銀行かんぽ生命は、それぞれ「銀行代理業務手数料」「生命保険代理業務手数料」として、日本郵便に6124億円、3928億円(ともに2017年3月期)、2社合計で1兆強を支払っている。これは、日本郵便の営業収益の約27%を占める重要な柱になっている。

この手数料率に関しては、高過ぎるのではないかという指摘もなされているが、現在は日本郵政が金融子会社2社の株式を89%保有し経営権を押さえているので、この手数料が適正かどうかという議論は封印されている。

しかし、郵政民営化法通りに「早期処分」を進め、日本郵政の持ち株比率が50%を割り込めば、この手数料率の議論が表に出てくることになる。日本郵政が「金融2社の株式を当面は50%まで段階的に売却する方針を示している」のは、現在の手数料率を維持しなければ日本郵便が立ち行かなくなるからである。

妥当であるか定かでない手数料率と、高い配当金を維持するためには、金融2社の株式を郵政民営化法通りに「早期に売却」するわけにはいかないという事情があるのである。

日本郵政の株主に求められる資質

日本郵政の第2次売り出しは、様々な矛盾と規制を抱えた日本郵政グループは上場企業に相応しくない組織であるということを、あらためて炙り出すことになったと言える。

経済合理性から言えば、本来上場企業が備えているはずの成長エンジンを持たない日本郵政に投資する理由はない。日本郵政に投資する意義を見つけるとしたら「東日本大震災の復興財源に充てる」という大義に賛同することくらいである。

【関連】安倍総理の本音と大義。なぜ今が衆院解散のベストタイミングなのか?=近藤駿介

すると、日本郵政の株主に求められる最大の「資質」とは、こうした大義に賛同したうえで、「ゆうちょ銀行の有価証券投資の成果に依存した株式投信に投資するのと変わらない」と割り切れる能力となる。それほどまでに投資する意義を見出しにくいのが、現在の日本郵政株だと言える。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年9月17日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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