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メモリ事業売却という一時しのぎ。東芝の迷走で一番損をするのは誰か?=栫井駿介

9月20日、東芝が取締役会で半導体子会社を「日米韓連合」に売却する契約を締結することを決定しました。混迷を続けてきた東芝の経営は、これで一息つけることになるのでしょうか。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

やっと決まった半導体子会社の売却先。それでも東芝の一寸先は闇

二転三転を経てようやく一歩前進だが…

ここまでの流れを簡単に整理します。

東芝は、2006年に原子力関連企業の米ウェスチングハウス(WH)を買収しましたが、WHが2015年に買収した会社で巨額の損失が発覚しました。親会社である東芝も赤字を計上し、2016年度末時点で債務超過に陥ってしまいます。

債務超過を解消するには、一般的には増資により資本を調達する必要がありますが、東芝は2015年に発覚した不適切会計が尾を引き、増資は難しい状況です。このまま2017年度末まで債務超過が解消されなければ上場廃止となります。

しかし、第三者から直接資本を調達しなくていい奥の手がありました。それが半導体事業の売却です。2兆円の価値があると言われる半導体事業を売却すれば、売却益によって債務超過が解消されるという算段です。

6月には一度「日米韓連合」に売却することを決定したかに見えましたが、なぜか流れてしまいます。すると8月には、今度は米ウェスタンデジタル(WD)を中心とする「日米連合」に決まりそうになります。しかし、それも最終決定には至らず、9月に再び翻ってようやく今回の「日米韓連合」の取締役会決議となったのです。

報道によると「日米韓連合」とは、米ファンドのベインキャピタルが主導となり、東芝自身やHOYA、産業革新機構、日本政策投資銀行などの日本勢で50%超を保有し、米アップルやデルが議決権のない優先株による参加、半導体メーカーの韓国SKハイニックスが融資での参加を目指すものです。

二転三転を繰り返し、結論も非常に複雑なものとなったことから、交渉は相当難航したことが伺えます。それでも、ようやく決定したことで一歩前進にはなりそうです。しかし、これで解決したわけではなく、問題はまだまだ山積みというのが現状です。

問題1 WDによる訴訟

今後の売却交渉において最大のリスクは訴訟リスクです。袖にされた格好のWDは、半導体で東芝と合弁事業を行っています。しかし、東芝はWDに断りなく半導体事業の売却を決定したことから、WDは契約違反だとして売却の差し止めを求める訴訟を国際司法裁判所に起こしました。売却が差し止められれば、2017年度中の売却が成立せず、債務超過のまま上場廃止期限を迎えてしまう可能性があります。

もっとも、当該リスクに対して東芝は強気です。プレスリリースでは「差止請求が認められた場合であっても、本株式譲渡契約の条項に従い、本株式譲渡が履行されることを前提としております。」と言及しています。しかし、これまでも問題になっていたはずなのに、急に「問題ない」と言い出した根拠は不明です。

Next: 問題山積。「有無を言わさず上場廃止」のリスクは依然つきまとう



問題2 各国の独占禁止法審査

「日米韓連合」に決定したことで後退したリスクが各国の独占禁止法審査です。特に中国では審査に半年以上かかるとされています。今回の決定では、競合するSKハイニックスが議決権のない融資での参加ということになれば、審査すべき点はほとんどなくなります。

逆に、今からWD側に戻るとなれば、再び各国の独禁法審査が必要となり、2017年度末に間に合う可能性はほとんどないでしょう。8月に決定しなかった時点で、WDの選択肢は消えたと見ることができます。

問題3 半導体市場崩壊

時間がかかるほど上昇するのが、半導体市場崩壊リスクです。半導体価格は、これまでも一定周期での上昇と下落を繰り返してきました(シリコンサイクルと言います)。現在は明らかな上昇基調にあることで、半導体事業に2兆円という高値が付いているのです。
※参考:半導体ブーム ピークアウトはいつか?(窪田真之) – 楽天証券(2017年5月25日配信)

これが下落に転じようものなら、買い手は値下げや離脱も視野に入れて動くことになるでしょう。売却価格が下がれば下がるほど、東芝の債務超過解消に暗雲が立ち込めます。最悪の場合、売却できないということにもなりかねません。そうなると、上場廃止は決定的となってしまいます。

問題4 東証による審査

上場廃止に関して言えば、リスクは半導体事業の売却のみにとどまりません。「特設注意市場銘柄」に指定されている東芝は、現在東証による上場維持の審査待ちです。ここで東証がノーと言えば、有無を言わさず東芝は上場廃止となります。

不適切会計や度重なる有価証券報告書の延期など、東芝の内部管理体制はボロボロと言わざるを得ません。それでも「問題なし」と判断されるならば、日本の株式市場の信頼そのものが揺らぐでしょう。ただ、最終的には「政治的判断」が行われる可能性もあり、そうなれば市場関係者として嘆かわしい限りです。

Next: 個人投資家は手出し無用。迷走の元凶はお粗末な経営陣



迷走の元凶はお粗末な経営陣

東芝を投資対象として見ると、値動きの激しさを好む短期志向の投資家や、イベントによる動きをにらんだ一部ファンドからは人気があるようですが、上場廃止リスクを多く背負った状態では長期投資を行う個人投資家は決して手を出してはいけません

リスクがあっても割安だから買うと言う人もいますが、時価総額はまだ1兆円もあります。半導体事業を除く今期の予想営業利益はわずか150億円です。PERにするとざっと100倍近くになるでしょう。

もし、半導体事業を無事売却できたとしても、稼ぎ頭を失った東芝が何で食っていくのか先が全く見えません

東芝がここまでひどい状況に陥ってしまった原因は、あまりにお粗末な経営陣にあると考えます。時代遅れの総花的な経営を行ってきた結果、どの事業も競争力が衰えていきました。

不適切会計にも手を染め、子会社の状況も見極められなくなりました。最終的に医療や半導体など、優良な事業から次々に売却せざるを得なくなったのです。その根本には、各部門間での下らない社内闘争を繰り広げる、究極の大企業病があるように思います。

これだけ窮地に陥ろうとも、その動きは何も改善する気配はありません。大胆な改革や外部人材を入れようとする気概もないようです。その結果、半導体事業の売却先ひとつまともに決められない体たらくが続いています。

経営の迷走で最も損をするのは、会社を支える従業員

このような状況で一番損をするのは東芝の従業員です。研究者やエンジニアをはじめ、東芝の従業員には優秀な人材が揃っています。他社にとっては喉から手が出るほど欲しい人材です。実際、東芝の工場が立地する南武線の駅には、露骨に転職を促す広告が掲示されています。
※参考:「シリコンバレーより南武線」、トヨタがIT技術者狙い撃ち求人広告 – Bloomberg(2017年8月3日配信)

いくら優秀な人材がいても、経営の方向性が定まらなければまともに事業に取り組める状況ではないでしょう。そればかりか、既に多くの人材が他社に流出しているようです。

半導体事業の売却が長引き、経営の方針が定まらない期間が伸びるほど、優秀な人材が流出する可能性は高まります。人材流出を食い止めることができたとしても、社員の士気は上がらず、スピードが重視される競争環境のなかで完全に置いていかれてしまうでしょう。

現経営陣は、上場維持にこだわりすぎていると考えます。上場維持のために稼ぎ頭を売却し続け、会社の価値はどんどん劣化しています。上場廃止になっても経営は続けられるわけですから、いっそのことさっさと上場を廃止して、経営再建の道筋をつけたほうが会社の将来のためになるのではないでしょうか。

もっと言えば、上場廃止だけでなく法的整理を望みます。日本の会社は法的整理を極端に嫌う傾向がありますが、それは経営陣の自己保身のためにすぎません

米国企業であれば、逆に法的整理を利用することで、通常ではできない抜本的な経営改革をスピーディーに行うでしょう。法的整理は本来、会社を「つぶす」ためのものではなく、「立て直す」ためのものです。

東芝は間違いなく磨けば光るものを多く持っています。しかし、今の経営陣のままではそれを腐らせるだけです。逆に、経営陣さえしっかりして、スピード感のある改革ができれば十分に立て直せる会社だと思います。

参考になる例がシャープでしょう。鴻海が経営権を握り、抜本的な改革を実施したことで業績はすぐに黒字化し、株価も大幅に上昇しました。

シャープ<6753> 週足(SBI証券提供)

これほど大きな会社であれば、「もうダメだ」と思っても、経営陣次第で大きく復活することも珍しくないのです。

Next: かつての名経営者・土光敏夫は何を思うか?



かつての名経営者・土光敏夫は何を思う…

かつての東芝の名経営者に土光敏夫氏がいます。彼は、自身の経営哲学として以下の言葉を遺しました。

変化の時代の経営では、時間の要素が大きくものをいう。スピードこそが生命である。

現在では東芝のイメージが強い土光氏ですが、もともとは石川島播磨重工業(現IHI)から東芝の経営再建のために招聘(しょうへい)された外部の人物です。現在の東芝に求められているのも、土光氏のような明確なビジョンを持った外部の経営者ではないでしょうか。

【関連】「人をみたら顧客と思え」元東芝社長の名言に安倍総理が学ぶべきこと=三宅雪子

経営者が変わるのではれば、上場廃止や法的整理、ファンドによる買収など何でも構わないと思います。抜本的な経営改革が行われない限り、東芝の価値は減少を続け、優秀な従業員が割を食い続けることになるでしょう。

今の東芝に必要なのは「第2の土光敏夫」なのです。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年9月24日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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