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安倍総理の「成果」は本物か?日米首脳会談で日本が得たもの失ったもの=斎藤満

日米首脳会談後の会見では、成功ムードの報道とは裏腹に、トランプ大統領から気になる発言も聞かれました。トランプ氏は「ずっと為替に不満を持ってきた」と言い、また安倍総理との関係についても「今後変わるかもしれないが、いまは大丈夫」と含みを持たせています。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

日本は勝ったのか?負けたのか?トランプまさかの「手のひら返し」も

強固な日米関係を演出

良くも悪くも世界が注目する中、2月10日にワシントンで日米首脳会談が行われました。車から降りる安倍総理を、トランプ大統領は握手だけでなく、ハグで歓迎、会見でも「思わずそういう気分になった」と、喜びを表明しました。

会談は約1時間、通訳を交えたため、実質30分で終了しました。会談後の記者会見では、トランプ大統領と安倍総理は対照的な話の内容で、それぞれをアピール。トランプ大統領は、細かい会談内容には触れず、ひたすら安倍総理の歓迎を前面に出し、日米の強固な関係を世界に発信し、トランプの米国を支持する国があることを内外に訴えました。

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一方の安倍総理は、会見の場で個々の問題を取り入れて日本の成果を訴えました。尖閣諸島は日米安保条約第5条の対象であることを確認したこと、日本の自動車業界が米国で現地生産し、多くの雇用を生み出していること、高速鉄道など、日本の高度技術で米国の雇用創出に協力できること、さらには政治経験のないビジネスマンが大統領になれる米国はまさに民主主義の象徴だと、暗に民主主義の大切さをトランプ氏に諭すように訴えました。

安倍総理は、「日本の国益を確保し、言うべきことは言うように」との国内の要請に応えたとも言えます。会見を見る限りは、トランプ大統領からの「不規則発言」はなく、良好な日米関係を前面に出すことが主眼だったと見られます。

懸案の為替問題については、財務相会談で調整すると、事実上先送りされ、経済問題も、基本的には別途麻生副総理、ペンス副大統領と横断的な枠組みを検討してもらう、としたことから、具体策までは話せなかった模様です。それでも、経済問題については、トランプ大統領から、自由で公平で、両国の利益になる形になるよう注文がついています。

ワシントンでの会談については、とにかく日米が強固な共同体であることを世界に発信することに主眼が置かれ、日米双方に「成果」があったように演出されましたが、両者から、個別の問題についてはフロリダでゆっくり、じっくり話し合う、ということが示されました。

つまり、ワシントンでの会談は「第1幕」ないしは「序曲」にすぎず、これからもっと長時間の個別会談が「第2幕」として控えていることが示唆されました。トランプ大統領としても、ここまでは具体的な「成果」を日本から得たとアピールできていないだけに、なおさらです。

その点、トランプ大統領の口から気になる発言も聞かれました。例えば、名指しこそしませんが、トランプ氏はずっと為替に不満を持ってきたと言い、また、安倍総理との良好な関係も「今後変わるかもしれないが、いまは大丈夫」と含みを持たせています。

これらの期待と不安について、次ページでもう少し細かく見ていきましょう。

Next: 日本は勝ったのか?負けたのか?まずは我が国が得たもの4つ



日本が得たもの(1)中国の脅威に対する安寧

日本からすると日米会談の狙いは、第1に日米同盟の地位確保と、米国の核の傘の下で防衛してもらい、中国からの脅威に対して「安寧」を得ることでした。

すでに首脳会談を前にして、米国からはマティス国防長官、ティラーソン国務長官から、「沖縄・尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の対象」という約束手形を得ていましたが、あらためてトランプ大統領からもこれを確認したことは意味があります。

尖閣問題については、後ろに米国がついている、ということが、中国の動きに対して大きな抑止力になります。もっとも、米国は特別に軍事行動に出る気はなく、基本は外交交渉による、との立場を明確にしています。そのうえで日本自身が防衛力を強化する必要を指摘しています。

また日米の急接近は中国に無用の警戒を与えるとの配慮か、米国は「1つの中国」を認めるなど、中国への姿勢を軟化させてもいます。

日本が得たもの(2)異例な厚遇

多くのメディアは、今回の安倍総理の訪米では、米国が「異例の厚遇」を見せたと報じ、日米同盟の強化を重視する安倍政権周辺でもこれを「成果」とする動きが見られます。

確かに、フロリダの私邸に招かれ、トランプ氏所有のゴルフ・コースで27ホールのゴルフを楽しむことは、異例の厚遇に見えます。

しかし米国では、何事にも「フリーランチ」はないといいます。今回の接待についても米国メディアから、その費用は誰が持つのかと問われ、報道官は「トランプ大統領からのプレゼントだ」と答えています。トランプ氏にしてみれば、相応の「見返り」を期待する可能性があります。後に見ますが、フロリダでの会談「第2幕」がワシントン会談以上に重みをもってきます。

また、日本への異例な厚遇が中国を刺激しないよう、トランプ氏は対中強硬論を緩和し、習主席に歩み寄りを見せる「バランス」をとっています。実際、安倍総理の訪米直前にトランプ大統領は習近平国家主席と電話会談を行い、米中両国に利益となるよう、建設的な関係を習主席と協力して築いてゆくことを楽しみにしている、と言っています。東シナ海、南シナ海での米軍による軍事行動は考えにくくなりました。

日本が得たもの(3)為替、通商摩擦は一応回避

そしてもう1つの狙いが、日本の円安誘導や自動車産業への批判を回避することでした。日本側はこれらが誤解によるもので、日本は円安誘導をしておらず、自動車産業も米国で雇用拡大に貢献していることを説明し、理解してもらおうとしたようですが、米国の反応など、その成果については確認できず、為替問題は両国財務相会談に委ねられることになりました。

会談の場で紛糾しなかった点は成果ですが、解決はしていません

日本が得たもの(4)新幹線の売り込み

経済協力の具体策については、改めて麻生・ペンス協議に委ねられましたが、安倍総理は、日本の新幹線技術の高さを訴え、これを使えばワシントン・ニューヨーク間がわずか1時間で結ばれる、と強調しました。インフラ投資での資金支援だけでなく、技術面でも日本を活用してもらうことで、日本経済にもプラスになるよう仕掛けています。

Next: 逆に、日米首脳会談で我が国が失った4つのものとは?



日本が失ったもの(1)独立国としての尊厳

今回の日米首脳会談では、中国をけん制するための日米安保の確認や、安倍陣営とゴルフを共にする「親しい関係」を中国にアピールすることはできましたが、経済面では、日本の円安誘導や自動車産業への批判が飛び出さなかったことは成果だとしても、これが解消されたわけではありません。

そして、首脳会談の「成果」とは裏腹に、むしろ、日本が失ったものも少なくありません。その最たるものが、日本のディグニティ、つまり独立国としての尊厳です。

安倍政権はトランプ政権に対して、無批判に120%従属する日本、という姿勢を世界に示してしまいました。確かに中国の脅威に対して、自ら身を守れないので、米軍の力を借りたいという事情はありますが、そのために「対価」として金銭面での負担も含めてできる限りの貢献を約束しました。

日本が失ったもの(2)沖縄における選択肢と莫大な防衛費

沖縄や尖閣を守ってもらうのと引き換えに、日本は沖縄基地問題について、自ら手足を縛ることになりました。つまり、トランプ大統領の前で「辺野古への移転が唯一の選択肢」としてしまいました。沖縄の不満を吸収してゆくうえで、選択肢が1つ減りました。また、積極的平和主義を謳う中で、日本は防衛費を拡大する意向を示しています。現在日本の防衛予算はGDPの1%程度ですが、これを2%に増やす要請もあり、その方向で検討しているようです。

日本が失ったもの(3)世界の半分(反トランプ勢力)からの信頼

トランプ大統領は米国を二分してしまいました。トランプ大統領を支持する米国と、トランプ大統領を受け入れない米国とがほぼ半々になっています。また海外でもトランプ大統領の移民抑制、保護主義策に強い批判も上がっています。

その中で、安倍総理は全面的にトランプ大統領支持に回ったわけで、これを米国内外に示してしまいました。このため、「反トランプ」の動きが「反安倍」にもつながりかねなくなりました。

記者団から、トランプ氏の移民難民対策をどう思うかと問われた安倍総理は、それは内政問題なのでコメントは差し控えると逃げましたが、明確な反対を表明する欧州の指導者とは、完全に一線を画しました。これは、日本もトランプ氏と同じように憲法無視の行動に出るのでは、との懸念につながります。

また、昨年の選挙前にはクリントン候補の優勢を信じ、クリントン氏と面談をしながらトランプ候補を無視していた安倍政権が、トランプ氏が勝つと手のひらを反すようにトランプ氏に接近する節操のなさを批判する声もあります。G7などの国際会議では、日本が「ミニ・トランプ」と見られるリスクがあります。

日本が失ったもの(4)将来にわたり良好な日米関係が続くという確信

さらに、会見でのトランプ大統領の発言は、フロリダでの「第2幕」とその後に横たわる大きな不安を示唆しているように見えます。彼は一貫して為替に不満を持っていると言い、経済問題では「自由、公平、両国の利益」を強調しました。そして今は安倍総理に良い印象を持つが、いつ変わるかわからない、とも言っているのです。

トランプ氏のゴーストライターを務めるトニー・シュウォルツ氏は、昨年7月に「ニューヨーカー」のインタビューで、トランプ氏は「ソシオパス(社会病質者)」だと言い、次のような性格分析をしています。

「彼は口を開けば嘘をつき、それに対して罪悪感がなく、自分が話したことはすべて本当だと信じる能力がある」
「自分の役に立つ人間には愛想良くするが、ひとたび役に立たないと見ると、手のひらを返したように切る」
「個人的な友情などなく、損得勘定でしかものを考えない。自分の利益になるかどうかしか眼中にない男」

トランプ大統領とは、特別な付き合い方が必要かもしれず、一般の政治家と同じような感覚で付き合うと、とんだしっぺ返しを受けるリスクがあります。

Next: フロリダでの「第2幕」とその後に潜む真のリスク。首脳会談は飾りだ



フロリダでの「第2幕」とその後に潜む真のリスク。首脳会談は飾りだ

ワシントンでの首脳会談の結果は、実は今回のトランプ氏との会談の中ではほんの一部にすぎません。形式にとらわれたくないトランプ大統領のことでもあり、米国政府としても、正式な「声明」には消極的なために、多くの問題が、これからの「非公式な私邸会談」あるいは「グリーン会談」で飛び出すリスクが大きいと考えられます。

トランプ氏にとっては、ゴルフや私邸への招待は、中国に対するけん制の面はありますが、日米間では単なる親睦とはとらえていないはずです。実際、彼の口からゴルフを共にすることについて、「昼食を共にするより、はるかに人物を理解でき、有効な会談の場になる」とのコメントがなされています。一部に、このゴルフにはロスチャイルド、ロックフェラー、モルガンといった兵(つわもの)が加わるとの情報もあります。

安倍総理にとって、これは「異例な厚遇」とは言い切れない面があります。ゴルフはかなりハードルの高い、リスクの大きな会談の場になりかねません。互いに熟知した者同士がゴルフを楽しむなら何ら問題がないのですが、一度会った程度で、方やハンデが5のシングル・プレーヤーのトランプ大統領に対し、やっと100を切るレベルの安倍総理の実力差は歴然としています。

ゴルフは人の性格がそのまま出ます。構えてもなかなか打たず、スロープレイで相手にイライラさせたり、ミス・ショットが出るとクラブを叩きつけたり、パットが入らないとふてくされたり、グリーンを蹴ったりする輩がいます。こういう人とは二度と一緒に回りたくないと思いますが、逆に気持ちよくプレーし、好感の持てる人はなかなかいません。それだけリスクが大きいのです。

自分よりうまい人に迷惑をかけまいとしてコースを走り回り、わかりにくい英語で経済交渉をされると、熟慮しないまま「イエス」と答えてしまい、その後ツイートで「安倍は米国の空母購入を約束」とか「自動車の自主規制を約束」などの文言がツイートされる可能性もあります。

トランプ大統領の性格上、不利な点は封印し、成果はすぐに公開すると思います。ワシントンの会談では具体的な成果を日本から引き出せていないので尚更です。

11月の非公式会談に本間ゴルフのクラブをプレゼントしたことが、今回のゴルフにつながりましたが、今回「手土産」にしたインフラ投資への資金支援も、それ自体は歓迎されても、インフラ投資で雇用が増えればそれはトランプ大統領の成果になり、資金支援する日本の貢献は見えにくいものです。日本によるドル債購入で円安になれば、これも反感を買います。

公平で米国の利益にもこだわるトランプ氏からすると、日本が提案する「イニシアティブ」は日本の対米黒字に対し、目に見えた縮小策にならないので、より具体的、直接的な不均衡是正策が求められる可能性があります。

かつて80年代に実施した「バイアメリカン」運動も成果には結びつきませんでした。米国から軍備を兆円単位で購入するか、不均衡の主役である自動車の対米輸出自主規制がすでに検討された模様で、いざとなるとこれが飛び出すかもしれません。

Next: 当面、予断は許されず。日本側の懸念は何ら解消していない



当面、予断は許されず

これらが実施されると、日本の軍事産業や自動車ならびにその広いすそ野を持った関連企業の生産が大きな打撃を受けます。昨年1年間の米国から見た対日貿易赤字は7兆7千億円です。

これをゼロにすべく輸出を減らし、輸入を増やすと、それだけで日本のGDP(国内総生産)は1.5%も減少します。

そのうえ、日銀による超金融緩和策も、日本側は否定するものの、米国からは円安につながるものと映り、その円安策に不満を持つだけに、その修正を余儀なくされる可能性があります。

そうなれば日本の長期金利上昇、円高、株安となり、景気が圧迫される上に、金利が2%にもなると日銀保有の大量国債が大きな損失を招き、日銀が債務超過となり、信任を失う懸念も出てきます。

日本が待ち望んだ日米首脳会談ですが、ワシントンでの第1幕では具体策に入らなかった分、懸念された為替や通商問題の露呈もなく、胸をなでおろした関係者の少なくなかったようですが、フロリダでの第2幕とその後に大きなリスクが潜んでいます。

ここから何事も飛び出さなければ、対米従属の問題はあるにせよ、友好関係や日米同盟を象徴したドル高株高の反応も予想されますが、トランプ・ツイートが出始めると、いよいよ安倍総理も窮地に陥ります。まだしばらく予断は許されません。
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・中国外貨準備3兆ドル割れの衝撃(2/10)
・トランプ相場、一旦常識を捨てよう(2/8)
・2月10日からの日米首脳会談が命運を分ける(2/6)
・トランプ大統領で黒田緩和は継続可能か(2/3)
・抑制が困難なトランプの暴走(2/1)


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【関連】投資家が警戒する「第2のプラザ合意」と超円高を日本が回避する方法=矢口新

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年2月12日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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