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報道されぬ「日本完敗」トランプとのゴルフ外交に賭けた安倍官邸の大誤算=近藤駿介

トランプのアジア歴訪、その最大テーマは北朝鮮ではなかった。日本国民は、トランプにとって日本は「ビジネスツール」でしかないという現実を知る必要がある。(近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任し、教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える切り口を得意としている。

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日本だけが「最大のテーマは北朝鮮の核問題」と勘違いしていた

アジア歴訪の「本題」は北朝鮮にあらず

「12日間にわたるトランプ大統領アジア歴訪。その最大のテーマは北朝鮮問題だ――」少なくとも、北朝鮮問題という「国難」を重要な課題として解散・総選挙まで行った日本では、そのように報道されていた。

しかし、北朝鮮危機を解決するために日米韓に中国も加えて包囲網を構築し、制裁を強化することで北朝鮮に核開発やミサイル開発を思いとどまらせるという日本の掲げる政策が、日米韓、そして中国の共通認識であったかは疑わしいことが、トランプ大統領のアジア歴訪で明らかになった印象は否めない。

北朝鮮問題は国防に関わる秘匿性の高い分野であるため、一般国民の見えないところで様々な話し合いが行われるのは不思議なことではない。しかし晩餐会冒頭での、

「日米のゴルフ外交は、私たちが初めてではありません。ちょうど60年前、私の祖父とアイゼンハワー大統領とのゴルフが最初であります。プレーの後、アイゼンハワー大統領は、大統領になると嫌なやつともテーブルを囲まなければならないがゴルフは好きなやつとしかできない、と語ったそうであります。私が、これに付け足すとすれば、更に2度ゴルフをするのはよほど好きなやつとしかできない、ではないでしょうか、大統領」

という安倍総理の挨拶に象徴されるように、トランプ大統領に対する一連の「お・も・て・な・し」は、米国と協力して「国難」である北朝鮮問題の解決に具体的な道筋をつけることよりも、安倍総理とトランプ大統領の個人的な親密さをアピールすることを目的にしたものばかりだったという印象は否めない。

しかし、安倍総理の「お・も・て・な・し」に対するトランプ大統領の返礼は、安倍総理の希望するものではなかったようだ。

トランプにとって日本は「ビジネスツール」

「安倍総理大臣がアメリカからもっとたくさんの兵器を購入すれば、北朝鮮のミサイルを撃ち落とすだろう。私が大事だと思うのは、安倍総理大臣が、アメリカから大量の兵器を購入することだ。アメリカは、世界で最高の兵器を生産している。F35戦闘機であれ、いろいろな種類のミサイルであれ、アメリカには雇用を産みだし、日本には安全をもたらす

首脳会談後の記者会見で安倍総理が「日本は、全ての選択肢がテーブルの上にあるとのトランプ大統領の立場を一貫して支持しています。2日間にわたる話合いを通じ、改めて、日米が100%共にあることを力強く確認しました」と、お決まりの文句を使って日米の「蜜月関係」を演出する発言をしたあと、トランプ大統領は日本に米国製の武器購入を迫る発言を行った。

こうした発言から推察されることは、現在のトランプ大統領にとって北朝鮮問題よりも貿易赤字問題、ひいては米国内の雇用に関する成果をあげることの方が優先課題だということである。

そのために必要なのは、北朝鮮問題を日本の望むような形で解決することではなく、日本に北朝鮮危機を感じさせつつ、北朝鮮問題を一定のコントロール下に置くことでビジネスツールとして使える状態に保つことだ。

トランプ大統領がこのような戦略を描いている可能性があることは、5月に公開した拙コラム「米国の北朝鮮攻撃は期待薄?トランプのシナリオに翻弄される日本」で指摘したことで、それが概ね正しかったことが今回の訪日で明らかになった。

逆説的に言えば、その本音を引き出すことができた点では、今回のトランプ大統領訪日は成功だったといえる。

Next: トランプが描く一人勝ちシナリオで、日本に与えられる役とは?



「ヒーロー」を目指すトランプ

米国経済は四半期GDPが2期連続で3%超成長を記録し、10月の失業率も4.1%と16年10カ月ぶりの低水準となり、主要株価指数が揃って史上最高値を更新するなど好調を維持し続けている。

しかし、こうした好調な経済はオバマ政権から引き継いだ遺産であると同時に、イエレンFRB議長が行ってきた慎重な金融政策に負うところが大きいと考えられている。米国経済が拡大を続ける中で政権を引き継いだトランプ大統領は、「自らの実績作り」を優先しなければならない立場にある。

FRBの金融緩和政策によって雇用情勢が回復傾向を見せ、「雇用の弛み(スラック)」を懸念し続けていた雇用の専門家であるイエレンFRB議長すらも、スラックがなくなったと発言する足元の雇用情勢のなかで、さらに雇用を拡大していくのは並大抵のことではない

しかも、FRBは利上げに続いてバランスシート縮小政策にも着手しており、これまで雇用情勢改善のエンジン役を果たしてきた金融政策は引締め方向に動き出している。

こうした経済状況を鑑みると、トランプ政権が「米国経済を発展させたヒーローになるのは尋常な方法では難しい」と考えたとしても不思議ではない。

トランプ大統領の一人勝ちシナリオ

一般的に「危機を救った人間はヒーローになるが、危機を未然に防いだ人間はヒーローになれない」と言われている。

トランプ大統領がこうした認識を持っているとしたら、米国本土に危機が及ばない現時点で、北朝鮮問題を積極的に解決することに労力をかけるのはあまり得策ではない

むしろ、日本にとって「国難」であり、米国にとっては現時点では「国難」ではない北朝鮮問題を貿易赤字、雇用拡大の交渉材料に使うほうが、政権にとって遥かに賢明な選択のはずである。

そのために重要となるのは、北朝鮮問題が日本や韓国にとって「国難」であり続け、両国が米国の軍事力に頼らざるを得ない状況を維持することである。

そうした状況を演出するためならば、米国大統領の発言とは思えない汚い言葉やきつい表現を使って北朝鮮を攻撃することなど、もともと言動や品格に関して批判を受け続けているトランプ大統領にとってお安い御用だろう。

それと同時に、強烈な発言を続けることで米国民に北朝鮮問題が「近い将来起こりえる危機」であるという認識を植え付けておけば、北朝鮮が実際に米国本土に届くICBMや核弾頭を実戦配備したり、グアムなど米国領土にミサイルを発射するなどしたりして北朝鮮の脅威が目に見える形で現れた際には、「目に見える危機を解決したヒーロー」になることができる。

トランプ大統領のシナリオでは、北朝鮮の脅威が米国民にとって「ステルス脅威」である間は北朝鮮危機を利用して「貿易赤字を解消するヒーロー」役を演じ、脅威が米国民の目に見える段階に来た際には「北朝鮮の脅威を取り除いたヒーロー」役を演じることになっていると思われる。

そして、そのシナリオのト書きには、「北朝鮮問題が、日本や韓国にとって『差し迫った脅威』であり、米国民にとって『ステルス脅威』である期間を、できるだけ長くすることが望ましい」とも書かれているはずである。

Next: 中国に完敗。日本のウィークポイントが浮き彫りに



トランプにとって対日外交は「赤子の手をひねるようなもの」

首脳会談後の共同会見で、トランプ大統領は「互恵的な貿易関係を築いていきたい。平等で信頼できるアクセスが米国製品に必要であり、慢性的な貿易不均衡を是正しなければならない」と述べた。

しかし、今回の日米首脳会談では、トランプ大統領は日本側が懸念していたFTAや貿易赤字削減の具体策には触れず、会談中の「やりとりはなかった」と報じられている。

もちろん、トランプ大統領が貿易赤字問題に具体的に触れなかったのは、北朝鮮問題を最優先に考えているからではない。これは、日米間の貿易不均衡は日常的な貿易で解消するのではなく、日本に防衛装備品を購入させることで解決しようと考えているからに他ならない。

トランプ大統領だけでなく、大統領に先立って来日したイバンカ大統領補佐官に対しても日本はかなり手厚くもてなした。常に政治的な批判を浴び続けているトランプ大統領とイバンカ補佐官にとって、映画スターを迎えるような歓迎ぶりを示す日本的「お・も・て・な・し」は心強いものだったはずだ。

同時に、スターとの近い関係を自慢する一般人と同じように、嬉々としてトランプ大統領との親密さをアピールする安倍総理の振舞いを見ていて、「劇場型政治」「劇場型選挙」好きの日本を操ることは赤子の手をひねるくらい簡単なことだと感じたはずである。

日本とは全く異なる、中国のしたたかさ

「劇場型政治」「劇場型選挙」と真逆の立場にいる中国は、日本とは異なった対応をした。「国賓以上」「皇帝級」としてトランプ大統領を迎え、世界遺産である故宮を貸し切り、習近平主席夫妻自らが案内したうえ、夕食会ではトランプ大統領の孫娘のアラベラちゃんの動画を流す大サービスを行った。

4月にトランプ大統領が習近平主席を別荘「マー・ア・ラゴ」に招いて行われた初めての米中首脳会談の際、前日の夕食会に臨んでいる最中にトランプ大統領が化学兵器を使用したことを理由にシリア政府軍に対して巡航ミサイルを59発撃ち込んで見せたことを思い返すと、中国の接遇ぶりは対照的なものであった。

米中首脳会談では、北朝鮮問題に関して一切の妥協をせず、国連安全保障理事会の制裁決議の厳格な履行を続けると明言したものの、対話と交渉を通じて朝鮮半島の核問題の解決に力を尽くすという姿勢を貫き通して見せた。

4月のフロリダでの経験を活かし、米中首脳会談が平行線で終わったにも関わらず習近平主席は会談後に「35億」どころか「28兆円」規模の貿易協約締結セレモニーまでセットし、トランプ大統領に花を持たせる演出をし、中国のしたたかさを見せた。

日本では安倍総理とトランプ大統領の「蜜月関係」を歓迎する報道一色となっている。しかし、トランプ大統領が就任して真っ先に駆け付けたときの安倍総理と今の安倍総理では、トランプ大統領にとって利用価値が異なってきている可能性は否定できない。

先の10月総選挙で圧勝したとはいえ、高い支持率を誇り2021年まで総理を続けられる可能性が高いと思われていたときと比較すれば、安倍政権の安定性はかなり低くなっている

一方、10月の共産党大会で盤石の態勢を築き2期目を迎えた習近平主席は、現在最も地位が安定している政権だといえる。落ち目の安倍政権と盤石の習近平政権を天秤にかければ、トランプ大統領が今後どちらを重要視していくかは明らかである。

Next: またもや「手形」を振り出す羽目になった安倍官邸の大誤算



安倍官邸の大誤算

安倍一強体制が揺らぎ始めたことで、安倍総理とトランプ大統領の関係が「蜜月関係」から、蜂(トランプ大統領)が蜜(安倍総理)を吸い尽くす「蜂蜜関係」に変わっていっても不思議なことではない。

今年4月、別荘「マー・ア・ラゴ」に習近平主席を招いて行われた夕食会の最中、トランプ大統領はシリア政府軍に対して巡航ミサイルを59発撃ち込んで見せ、習近平主席から「化学兵器の使用には反対する。トランプ大統領の決断に賛同する」という、事実上米国のシリア空爆を黙認するコメントを引き出した。

このように米中首脳会談席上で黙認した手前、拒否権を行使することが難しかった中国は、国連安全保障理事会に諮られたシリアで起きた化学兵器による攻撃を非難し、アサド政権にこの件で調査に協力するよう求める決議案では、棄権に回ることになった。シリア関連決議案で過去6回拒否権を行使してきたにも関わらずだ。

その中国は、今回の米中首脳会談でトランプ大統領を「国賓以上」「皇帝並」の厚遇でもてなすとともに、28兆円におよぶ見せ金を積んだ貿易協定締結セレモニーを準備することでトランプ大統領の主張をかわすだけでなく、トランプ大統領から巨額の貿易赤字に関して「中国のせいにはしない。ここまで貿易赤字が拡大するのを許してきた過去の政権のせいだ」という発言を引き出すしたたかさを見せた。まさに「マー・ア・ラゴ」の仇を北京で討ってみせた格好だ。トランプ大統領訪中において、習近平主席は常にイニシアティブを握っていたといえる。

これに対してトランプ大統領との親密さをアピールすることで失地回復を目指してきた安倍総理は、共同記者会見の席上で「F35は世界最高の戦闘機、さまざまなミサイルも製造している。米国に多くの雇用が生まれるし、日本が安全になる」と米国製武器購入を迫られ、「日本は防衛力を質的に、量的に拡充しなければなららない」「イージス艦の量、質を拡充していくうえで、米国からさらに購入していくことになるだろう」と手形を振り出す羽目になった。

【関連】小池氏より怖い安倍総理の「次の敵」アベノミクス再加速と株高の盲点=近藤駿介

良好な日米関係が日本の国益であることは確かだが、安倍一強体制が揺らいできたことで、「蜜月関係」という言葉の陰で日本が「蜜を吸い尽くされる」リスクも高まってきている点には注意が必要だ。「安倍一強体制崩壊」がトランプ大統領にとって「蜜の味」である可能性を忘れてはならないだろう。

image by:plavevski | Joseph Sohm / Shutterstock.com

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年11月12日)
※太字はMONEY VOICE編集部による

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