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「佐川」は「ヤマト」に勝てるのか?今年最大の大型上場(SGHD)のポイント=栫井駿介

佐川急便を傘下に持つSGホールディングス<9143>が12月13日に東証1部に上場します。公開価格で計算した時価総額は約5,000億円と、2017年最大のIPOとなる見通しです。本記事では、SGホールディングスの最大のライバルであるヤマトホールディングス<9064>と徹底比較し、どちらの会社が投資対象としてより有望か検証します。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

傘下に佐川急便、SGホールディングスが東証1部に新規上場

会社の成り立ち:佐川=法人が軸、ヤマト=個人が軸

SGホールディングス(佐川)とヤマトホールディングス(ヤマト)はどちらも宅配便を主な事業とする会社ですが、軸足の置き方が少し異なります。佐川は法人からの配達を軸にしていたのに対し、ヤマトは個人からの配達を軸として発展してきました。

しかし、その垣根も最近ではなくなってきています。最大の要因はインターネット通販の拡大です。インターネットの普及とともに通信販売が急増し、宅配便の取扱件数は1996年度の14億個から2016年度の40億個まで20年で3倍近くに伸びました。Amazonをはじめとする通販業者から一般家庭への宅配が劇的に増加したのです。

Amazonを巡る両社の対応は対称的でした。圧倒的な取扱件数をバックに厳しい要求を突きつけるAmazonに対し、業を煮やした佐川は2013年に撤退します。一方のヤマトは佐川が撤退した分を取ることで取扱数量を大きく伸ばしたのです。ヤマトは「サービスが先、利益は後」という哲学を持っており、ここにもその方針が表れています。

宅配便シェア:規模ではヤマトが圧倒

宅配便取扱個数のシェアを見れば、ヤマトが抜きん出ています。2016年度時点でヤマトのシェアは46.9%、佐川は30.6%です。10年前の2006年度時点ではヤマトが40.2%、佐川が35.4%だったことから、その差は拡がっていることがわかります。佐川のAmazonからの撤退が大きく影響していることは想像に難くありません。

宅配便の個数を反映し、売上高でもヤマトが佐川を圧倒しています。佐川の売上高が9,303億円なのに対し、ヤマトは1兆4,668億円と約1.5倍の水準です。従業員数も、佐川が8万人、ヤマトは20万人です(2017年3月末、臨時雇用者含む)。従業員数の差が大きいのは、佐川が外部の配達業者を積極的に利用していることも要因に挙げられます。

Next: それでも「佐川が一枚上手」Amazonへの対応の違いが大きな差に



利益:佐川の方が一枚上手

規模では水を開けられた佐川ですが、利益を見ると景色は一変します。佐川の昨年度の営業利益は494億円ですが、ヤマトは348億円しかなく逆転が生じます。売上高営業利益率にすると5.3%対2.4%と、2倍以上開いてしまいます。

ヤマトに関しては、昨年度未払い残業代を支払ったことにより220億円の一時的な費用が発生していますが、それを除いても営業利益率は3.9%と佐川に劣ります。Amazonへの対応方針の違いが、そのまま利益水準にも反映されているのです。ここだけ見れば、Amazonから撤退した佐川の方が一枚上手だったように思えます

急増する宅配便の需要に対し、ヤマトの現場は悲鳴をあげました。このままでは「ブラック企業」のそしりを免れないと考えたヤマトは、ようやく労働条件の改善に乗り出しました。未払い残業代の支払いもその一環です。大口の取引先に対しても窮状を見せることで、値上げをしやすくしようとしている狙いも見えます。

もっとも、ここまで問題が大きくなったのはヤマト自身の責任でもあります。取引先への値上げ要求はビジネスとして当たり前のことですし、海外では一般家庭への再配達は有料が普通です。それを「サービスが先」との哲学に基づいてないがしろにしてしまったことで、配達員の過剰労働と利益率の低下を招いてしまったのです。あんまり「お人好し」なのもビジネスでは考えものでしょう。

課題と今後の戦略

両社が抱える課題はほとんど共通しています。今後も宅配便の増加が見込まれる中、高騰する人件費や「働き方改革」に対応しながら現場を回さなければなりません。もちろん、株主の視点で見ればそこで利益を出すことが求めます。

働き方に対する社会の目も厳しくなっていることから、これまでのようにとにかく数量を請け負うやり方では成り立たないでしょう。必要なのは配達の単価を上げて配達員に適正な賃金を支払いつつ、一方で効率化を進めてコストを下げることです。

Next: どちらが正しい? 佐川とヤマトでは課題解決のアプローチが異なる



佐川とヤマトでは課題解決のアプローチが異なる

最終的な目的地は似通っているはずですが、佐川とヤマトではやはりアプローチが異なります。

ヤマトが掲げているのは「複合型ラストワンマイルネットワークの整備」「幹線ネットワークを含むネットワーク全体の効率化」といった「自社」で「ソフト」による解決です。また、物流の流れで言えば「川下」中心の考え方です。重要な施策ではありますが、あくまでこれまでの戦略の延長線上にあるものと言えるでしょう。

一方の佐川は2016年に日立物流との間で資本業務提携を行い、将来の業界再編に先鞭をつけました。今回の株式上場もその一環として行われたと考えられます。そこから見えてくるのは、現在の延長線ではない新たな物流業界を作っていこうとする戦略です。

佐川は、与えられた物を運ぶだけではなく、海外からの仕入れや工場・倉庫といった商品の流れを提供することにより物流のより「川上」に切り込もうとしています。また、新たに物流施設を整備すると同時に、それを賃貸したりREITに売却したりすることによって新たなキャッシュを生み出す動きも見られます。

佐川の動きは「業界再編」「川上」「ハード」を軸とした動きと言うことができるでしょう。

Next: どちらに投資するか:この2社なら佐川に軍配



どちらに投資するか:この2社なら佐川に軍配

物流業界はインターネット通販の拡大や人件費の高騰、働き方改革などまさに激変の中にいます。佐川もヤマトもその中でもがいている最中であり、一概にその企業価値を評価することはできません。

しかし、どちらの戦略が株主にとって理に適っているかといえば、私は佐川に軍配が上がると考えます。環境が変化している以上、自らも変化しなければ企業は生き残っていくことはできません。上場を機にさらに変化を加速するとすれば、この苦況を乗り切る新たな発見が見つかる可能性もあります。

一方で、「サービスが先、利益が後」とするヤマトの哲学もないがしろにするわけにはいきません。この哲学はヤマトをここまでの規模に育てた小倉昌男氏のものであり、その言葉には重みがあります。論理的には理解しがたいですが、やがて何かしらの答えが見つかるかもしれません。

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株価に着目すると、公開価格におけるSGホールディングスのPERは17.67倍、ヤマトホールディングスのPERは51.81倍です(2017年3月期基準)。ヤマトは未払い残業代の支払がなかった2016年3月期基準でも24.37倍となり、数値の上でも佐川の方が投資妙味があると言えます

目まぐるしく変化する業界で難しい判断ではありますが、「この2社の中で投資する」とすれば、私はSGホールディングスを選択するでしょう。


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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2017年12月10日)

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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