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企業は儲けてるのに、なぜ家計は寂しいのか? アベノミクスの誤算=斎藤満

政府はアベノミクスの成果を強調するものの、12月の消費支出は3ヶ月ぶりのマイナスとなりました。企業業績は好調なのに、なぜ個人消費は増えないのでしょうか?(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年1月31日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

なぜ家計は潤わない?第二次安倍政権以降、一貫して弱い個人消費

企業業績改善も、家計消費はまたマイナス

個人消費の低迷に歯止めがかかりません。総務省が1月30日に発表した「家計調査」によれば、12月の家計消費は実質で前年比0.1%の減少と、またマイナスに落ち込みました。企業業績が良い中でも、家計ではボーナスが実質減少しました。家計には相変わらず企業業績改善の恩恵が及んでいません

安倍政権は雇用を中心に経済が拡大していることを強調し、アベノミクスの成果を訴えたいのですが、その中で唯一「陰り」になっているのが個人消費の弱さです。これを解消して威勢よく「デフレ脱却」宣言をしたいので、財界に協力を仰いでなんとか「3%賃上げ」を実現したいと考えています。

しかし、消費の弱さは決して足元の一時的なものではありません。安倍政権になってから5年が経ちましたが、この間、家計消費は一貫して弱く、長期低迷が続いています。第二次安倍政権が誕生したのは2012年12月ですが、2012年の10-12月期を起点に、その後5年間のGDPの軌跡をみると、直近の2017年7-9月期までの約5年間で、名目GDPは11.4%拡大しました。しかし、この間の個人消費は4.3%の増加に留まっています。

物価上昇を差し引いた実質で見ると、実質GDPがこの間7.2%拡大したのに対し、個人消費は2.3%の増加に留まっています。しかも、ここから個人事業主や持ち家世帯が架空の家賃を支払ったとした「帰属家賃」を除いた純粋な家計消費では1.1%の増加に留まっています。

この結果、GDPに占める家計消費の割合は当然低下します。2012年10-12月期の名目GDPは493.0兆円ですが、このうち、純粋な家計消費は233.7兆円で、GDPの47.4%でした。これが17年7-9月期には、名目GDPの549.2兆円に対して、家計消費は244.6兆円で、GDPの44.5%に低下しました。実質でもほぼ同じような消費のシェア低下が見えます。

大きく伸びた「企業輸出」

この家計消費のシェア低下に代わって伸びたのが企業の輸出です。

安倍政権下での異次元緩和円安の中で、企業の輸出金額は大きく増加しました。この間の輸出の伸びは名目で39.0%増、実質で28.3%増と、消費の低迷とは対照的に高い伸びを見せています。名目GDPに占めるシェアも5年前の14.1%から足元では17.6%に高まっています。

Next: アベノミクスが消費低迷に深くかかわっている



非正規雇用シフトが生んだアベノミクスのひずみ

人口の減少、少子高齢化もありますが、この結果にはアベノミクスも深くかかわっています。

企業は日銀の異次元緩和と円安の下で輸出を伸ばし、収益を拡大させましたが、さらに政府は雇用の弾力化を進め、企業は賃金水準が低く、社会保険料負担もない非正規雇用にシフトすることで、人件費負担を低く抑えることができました。

財務省の「法人企業統計」によると、企業の人件費は2012年10-12月期の43兆円弱に対し、直近の四半期でも44兆円に留まっています。これがさらに企業の利益拡大に寄与しますが、人件費の抑制がそのまま家計消費の低迷につながっています

人件費の伸びがこの間3%に留まっていることが、家計消費の伸びを4%に押しとどめている大きな要因になっています。

年金世帯の消費は1.5%減と事態は悪化の一途

この傾向が足元でも続いています。消費環境はむしろさらに悪化したとも言えます。

冒頭に示したように、企業の利益が最高益を更新する一方で、ボーナスは増えず、12月の勤労者世帯の収入をみても、世帯主の収入は実質で0.8%減となっています。配偶者の助けがなければ、消費はさらに落ち込んだことになります。

12月の消費は全体で実質0.1%の減少ですが、勤労者世帯が0.5%減、年金世帯が1.5%減で、これら以外、つまり個人事業主世帯が増えて全体を支えたようです。それでも、10-12月期の家計消費は個人事業主の増加を入れても、実質で前期比1.2%減少となりました。純粋家計消費で見ればさらに弱い結果となっているはずです。

Next: 物価上昇が追い打ちに。日本経済は海外景気に左右されやすい状態にある



さらに追い打ちをかける「物価上昇」

足元では物価の上昇も消費には大きな抑圧要因になっています。勤労者世帯の賃金が増えず、ボーナスも増えず、年金が実質減少し、税社会保険料負担が増えているだけでも、可処分所得が圧迫されます。これに加えて、生鮮食品やエネルギーなどの価格上昇が、家計には「増税」と同じような負担になります。

12月の全国ベースの消費者物価は生鮮品を含む食料品と電気ガスやガソリンなどエネルギーの上昇を中心に、現実の物価(帰属家賃を除いた総合)が1.3%上昇し、これが実質家計消費を圧迫しました。1月の東京都を見ると、1月にはこれが1.7%にさらに高まることを示唆しています。1月の消費と賃金は、名目で余程増えないと、実質でのマイナスが避けられなくなります。

海外景気に左右される日本

10-12月期の日本のGDPは、輸出が引き続き増えているものの、輸入も増えたので、「外需」の成長寄与はあまり期待できません。その中でまた個人消費がマイナスになると、GDP全体が低成長になります。

米国では個人消費がGDPの3分の2を占め、消費が好調ならGDPも強いと見られますが、日本では家計消費が半分もありません。それだけ輸出、とくに海外需要に大きく左右されやすくなりました

ここまでは世界経済が好調であったため、輸出も拡大してきましたが、中国や米国経済に変調が出ると、そのまま日本の景気に跳ね返りやすくなりました

家計消費という安全弁が小さく、しかも脆弱になっているためです。このまま消費のシェア低下が進むと、経済はそれだけ不安定になります。

国内消費がじり貧を続けるため、企業の国内での設備投資はどうしても慎重になります。人手不足対策としての省力化投資、インバウンド消費目当ての投資、輸出向けの投資が中心で、かつてのような増産・拡販投資は抑制されます。個人消費の肩代わりを設備投資に期待するわけにはいきません。結局、輸出依存が高まるわけで、海外景気に余計左右されやすくなります。

Next: やがて企業業績の成長も失速する。経済安定に必要なこととは



国内消費シェアの確保が急務

これらが企業業績、株価にも反映されます。個人消費関連はマクロ的には拡大余地が限られ、余程の新機軸を打ち出さないと、業績面での成長は難しくなります

結局、輸出関連で海外需要の拡大しそうな業界に日があたります。中国向けの建設機械もその1つでした。逆に、アップルが生産減を打ち出すと、これに部品を供給するメーカーや組み立て業者は影響を受けます。

経済の安定には、ある程度国内消費の比率を確保する必要があります。

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※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年1月31日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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1月配信分
・個人消費の低迷に歯止めがかからず(1/31)
・物価本位主義見直しの時(1/29)
・安倍総理の密かな戦略を探る(1/26)
・規律を失い惰性に走る財政金融政策(1/24)
・米長期金利上昇は「吉」か「凶」か(1/22)
・強まる中国への風当たり(1/19)
・地政学リスクとビジネス・チャンス(1/17)
・粉砕される円安期待(1/)
・デフレ脱却宣言を拒む実質賃金の低迷(1/12)
・北朝鮮問題に新展開か(1/10)
・インフレ如何で変わる米国リスク(1/5)

12月配信分
・新年に注意すべきブラック・スワン(12/29)
・新年経済は波乱含み(12/27)
・日銀の過ちを安倍政権が救済の皮肉(12/25)
・金利差と為替の感応度が低下(12/22)
・インフレ追及の危険性(12/20)
・日銀が動くなら最後のチャンス(12/18)
・不可思議の裏に潜むもの(12/15)
・制約強まるFOMC(12/13)
・生産性革命、人材投資政策パッケージを発表(12/11)
・米国に新たな低インフレ圧力(12/8)
・政府と市場の知恵比べ(12/6)
・長短金利差縮小がFRBの利上げにどう影響するか(12/4)
・原田日銀委員の「緩和に副作用なし」発言が示唆するもの(12/1)

11月配信分
・中国リスクを警戒する時期に(11/29)
・会計検査院報告をフォローせよ(11/27)
・改めて地政学リスク(11/24)
・低金利で行き詰まった金融資本(11/22)
・内部留保活用に乗り出す政府与党(11/20)
・日銀の大規模緩和に圧力がかかった可能性(11/17)
・リスク無頓着相場に修正の動き(11/15)
・トランプ大統領のアジア歴訪の裏で(11/13)
・異次元緩和の金融圧迫が露呈(11/10)
・戦争リスクと異常に低いVIXのかい離(11/8)
・変わる景気変動パターン(11/6)
・日本的経営の再評価(11/1)

10月配信分
・日本の株価の2面性(10/30)
・FRBの資産圧縮が米株価を圧迫か(10/27)
・リセット機会を失った日銀(10/25)
・低インフレバブルと中銀の責任(10/23)
・フェイク・ニュースはトランプ氏の専売特許ではない(10/20)
・金利相場の虚と実(10/18)
・米イラン対立の深刻度(10/16)
・自公大勝予想が示唆するもの(10/13)
・中国経済に立ちはだかる3つの壁(10/11)
・自民党の選挙公約は大きなハンデ(10/6)
・当面の市場リスク要因(10/4)
・景気に良い話、悪い話(10/2)

9月配信分
・アベノミクスの反省を生かす(9/29)
・高まった安倍総理退陣の可能性(9/27)
・日銀も米国に取り込まれた(9/25)
・安倍総理の早期解散に計算違いはないか(9/22)
・日銀は物価点検でどうする(9/20)
・中国経済は嵐の前の静けさか(9/15)
・トランプ政権はドル安志向を強める(9/13)
・気になる米国の核戦略(9/11)
・日銀の政策矛盾が露呈しやすくなった(9/8)
・ハリケーン「ハービー」の思わぬ効果(9/6)
・北朝鮮核実験の落とし前(9/4)
・内閣府は信頼回復が急務(9/1)

8月配信分
・個人消費の回復に疑問符(8/30)
・あらためて秋以降の中国リスクに警戒(8/28)
・米債務上限引き上げかデフォルトか(8/25)
・利用される「北朝鮮脅威」(8/23)
・バノン氏解任でトランプ政権は結束できるか(8/21)
・日銀の「ステルス・テーパー」も円安を抑制(8/18)
・中国習近平長期政権の前途多難(8/16)
・北朝鮮の行動を左右する周辺国の事情(8/14)
・経常黒字20兆円強のデフレ圧力(8/9)
・日銀の物価目標が最も現実離れ(8/7)
・内閣改造効果に過大な期待は禁物(8/4)
・ユーロ悲観論が後退、なお先高観(8/2)
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マンさんの経済あらかると』(2018年1月31日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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