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日本の失業率は怪しい。雇用絶好調なのに賃金が上がらないワケ=斎藤満

日本の失業率は直近1月で2.4%となり、完全雇用状態にあるとの指摘もあります。それなのになぜ賃金は上昇しないのか? この失業率が誤りである可能性があります。(『マンさんの経済あらかると』斎藤満)

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年3月12日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。

不自然に低い日本の失業率。企業が笑う賃上げ抑制のカラクリとは

日米で低下する「失業率」

先週末に米国の雇用統計が出ましたが、2月の雇用が313千人も増え、この3か月平均でも242千人増と、人手不足が言われる中でも雇用は予想外の大幅増となりました。

4.1%という失業率は、これ以上下げるとインフレになるとされる「NAIRU」をすでに下回るとされています。FRBの中でも4%台半ばをNAIRUと見ているようです。

ところが、先月の雇用統計で市場をびっくりさせ、金利急騰・株価下落を呼んだ「平均時給」が、この雇用絶好調の中でまた減速しました。2月は前年比2.6%増で、1月分も当初の2.9%増から2.8%増に下方修正されました。これで市場は安心し、インフレ懸念が和らぎ、株価が3指数ともに2%近い上昇を見せました。

では、なぜ賃金が上がらないのでしょうか

なぜ賃金は上がらないのか?

まず、雇用の増加が比較的低賃金の業種で大きかったことです。民間企業の平均時給は22.47ドルですが、介護サービスでは13.6ドル小売業では15.4ドルとなっています。そして2月に雇用が31万人あまり増えましたが、このうち、小売業で5万人、ヘルスケアで2万9千人、短期ヘルプサービスで2万7千人増となっています。

このうち、小売業では急速にレジの機械化・無人化が進んでいて、機械に押されて賃金上昇が抑えられている面があります。また、人手不足なら、なにも時給の安い業種、職種に向かわなくてもよさそうですが、もう1つの変化が見て取れます。それはパート労働者の存在です。

パートのうち、「経済的理由によりやむ無くパートを余儀なくされている」人は、2月に516万人と、1年前の567万人から減っています。ところが、「非経済的理由」によってパートを選んでいる人が2月は2106万人と、1年前の2077万人からむしろ増えています。これは会社事情でなく、むしろ本人の希望でパートを選択する人が増えていることを意味しています。

米国では「ワーク・ライフ・バランス」が重視されるようになり、子育てや家庭生活を重視し、仕事のために家事や子育てができなくなるのを避ける人が増えています。多少給料が安くても、働く時間や場所を自由に選べる状況を優先する傾向が強まっています。これが賃金の抑制効果につながっています。

Next: 自ら「働き方」を選択する米国の労働者たち。対して日本は?



低賃金でも働きたい労働者がたくさんいる

さらに、新規失業保険申請件数が70年代以来の低さになり、これが労働需給ひっ迫の代名詞のようになっていますが、失業保険をもらえない失業者が依然として大量にいることです。

足元で失業保険を受給している人は193万人で、このところ目立って減少していますが、失業者数はまだ670万人います。つまり、失業保険をもらえない失業者がなお480万人弱いるということです。

この失業保険をもらえない失業者の多くがヒスパニックや黒人で、低賃金でも働きたいという圧力になっています。おまけに2,600万人を超えるパート労働者が低賃金を後押しし、さらに4000万人を優に超える「非労働力人口」、つまり16歳以上で労働市場に参加していない4000万人以上の人々が、これから生活環境が苦しくなれば、労働市場に入ってくる可能性を秘めた潜在的労働力として控えています。

つまり、失業率4.1%が示唆するほど、現実の労働市場はひっ迫していない可能性を示唆していて、さらに日本のような政府が指導する「働き方改革」ではなく、労働者が自らの意志によって「ワーク・ライフ・バランス」を考えた働き方を選択するようになっています。

日本でも賃金は上がっていない

同じように人手不足が指摘される日本でも、春闘の交渉を見ていると、自動車や電機などリード役となる産業で定昇を除いた賃上げが1500円程度に留まっています。これでは所定内給与は0.3%程度の上昇にしかなりません。これでは最近の物価上昇分もカバーできません

日本でもインフレ率を押し上げない最低失業率は2%台半ばと見られており、足元の失業率は2.4%まで低下し、理屈からすれば、そろそろ賃金上昇、インフレ率の上昇となってもおかしくないはずです。

しかし、春闘の状況はこれにそぐわないものとなっています。

日本は失業者数を正しく把握できていない?

日本でも米国と同様、失業率の数字が示すほど労働市場はひっ迫していない可能性があります。

例えば、日本の失業率はこの1月で2.4%と、米国の4.1%を下回っていますが、奇異な点があります。日本の月間有効求職者つまり失業保険をもらっている人が164万人いるのに対し、64歳以下の失業者数は148万人に留まっています。65歳以上の失業者11万人を加えても159万人です。

そもそもの疑問は、ハローワークに職探し(実際は失業保険を申請)に行っている人より失業者が少ないこと自体が不可解ですが、ハローワークに行かずに職を探している人、失業保険をもらっていない失業者が全くいないというのは、いかにも不自然です。

ちなみに、米国では失業者が失業保険受給者の3倍以上います。日本は失業者の把握が十分できていない可能性があります。

Next: 実際の失業率は5~7%? 日本の数字は不自然に低い



実際の失業率は5~7%か

また日本は失業率が米国よりもずっと低いのですが、労働参加率は60%強と、米国の63%よりもむしろ低くなっています。

仕事を探しているのに、ハローワークに行かない(失業保険受給資格がない)ために、労働力人口にも失業者にも把握されていない人がかなり多いと見られます。

仮に失業保険受給者に対して米国と同じ割合で失業者がいれば、失業者は約500万人(失業率は7%)となります。また、労働参加率が米国並みの63%とすれば、失業率は5%近くになり、まだまだ完全雇用とは言えなくなります。

失業保険受給者との対比で見ても、労働力人口の把握においても、日本の失業率は不自然なまでに低く、現実の失業者はその倍以上いる可能性があります。

これが企業に余裕を与え、賃上げ抑制に強気でいられる要因と考えられます。

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image by:Mix and Match Studio / Shutterstock.com

※本記事は、『マンさんの経済あらかると』2018年3月12日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はぜひこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。

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マンさんの経済あらかると』(2018年3月12日号)より一部抜粋
※太字はMONEY VOICE編集部による

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