マネーボイス メニュー

原子力ムラの苦悶を象徴する東芝の粉飾決算。マスコミはなぜその肝心“金目”を突かないのか?=高野孟

東芝の歴代3社長が揃って辞任することになった同社の3年間1500億円にも及ぶ粉飾決算問題を、ほとんどのマスコミは「企業統治」のあり方を問うとかいう気の抜けた視点でしか論じていない。しかし、これは疑いもなく「原発スキャンダル」である。

日本最大の原子炉・関連機器メーカーである同社が政府・経産省と一心同体となって“原子力ルネッサンス”を推進しようとして福島第一事故で挫折、稼ぎ頭だった原子力部門がほとんど頓死状態に陥る中で、海外に活路を求めて悪あがきした挙げ句にその巨大損失を何とか世間の目に触れさせまいとして前代未聞の虚飾に走ったことに根本原因がある。(ジャーナリスト・高野孟)

前代未聞の東芝「原発スキャンダル」は現在進行形

辞任した歴代3社長のうちキーマンは佐々木則夫副会長である。

なでしこジャパン監督と同姓同名のこの人物は、原子力事業を東芝の主柱の1つにまで仕立てた功労者で、03年に電力システム社の原子力事業部長に就いて以降、05年に東芝常務、06年に兼電力システム社長となって米ウェスティングハウスの買収=子会社化という大勝負をやってのけ、それをバネに07年に専務、08年に副社長、09年に社長と、1年刻みで階段を駆け上って、東芝の頂点に立った。

リーマン・ショック不況の中、09年3月期の決算では営業損益2500億円の赤字を出したが、同年6月に社長となった佐々木は「15年度に原発事業の売上げ1兆円」と、得意の原子力を主軸に経営を立て直す大方針を打ち出した。この時が彼の人生の絶頂だったろう。

その大方針が成果を上げ始める暇もない2年後、11年3月11日に福島第一原発の爆発事故が起きて地獄の底に落ちることになった。

東京電力として最初の原発基地となった福島第一の1号機はGE、2号機と6号機はGE・東芝、3号機と5号機は東芝、4号機は日立が手がけており、ここは言ってみれば東芝・GE連合にとっての“聖地”である。それが吹き飛んだことのダメージは計り知れなかった。

佐々木は、政府・東電の要請を受けて750人もの専門家・技術者のチームを編成して事故処理に当たると共に、メルトダウンを起こして未だに人が立ち入ることが出来ない建屋内に送り込むロボットの開発や、多核種除去装置ALPSの開発と建造にも取り組むが、いずれも失敗の連続で、東芝の技術能力に疑問符が付けられている。

ALPSは、毎日300トンずつ増え続ける高濃度汚染水から、現在の技術では除去が困難なトリチウムを除く62種類の放射性物質を吸着・分離させて、一応無害ということになっているトリチウムを含んだ処理済みの水を海に流そうというもの。

しかし、これに対しては、トリチウムの生物学的な毒性について全く無害とは言えないという説があり、それを基準値の10倍も含んだ処理水を海に放出することには、専門家から「設計のコンセプトそのものがおかしい」と強い警告がなされており、また実際に放出について漁業関係者などから同意を取り付けられていない。

が、それにしても、東芝製のシステムが試運転と故障を繰り返して今以てまともに作動していないのに対して、後から投入された日立製のほうが役に立っていると言われる体たらくである。

Next: 原子炉世界一への野望。ウェスティングハウス買収で狂った東芝


高野孟(たかの はじめ)

1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊。2002年に早稲田大学客員教授に就任。05年にインターネットニュースサイト《ざ・こもんず》を開設。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

高野孟のTHE JOURNAL

[月額864円(税込) 毎週月曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
政治経済から21世紀型ライフスタイルまで、タブーなきメディア《THE JOURNAL》が、“あなたの知らないニュース”をお届けします!

原子炉世界一への野望。ウェスティングハウス買収で狂った東芝

「2006年に決まった米国のウェスティングハウス(WH)の買収から東芝の経営は狂い始めました」という東芝OBの言葉を、『AERA』8月3日号の山田厚史「大ばくちが招いた無惨/東芝が原発事業で抱える危機的な隠れ損失」が引用しているが、その通りである。

周知のように、日本の軽水炉には沸騰水型(BWR・以下B)と加圧水型(PWR・以下P)の2方式があって、前者は米GEの技術を東芝が、後者は米WHの技術を三菱重工業が取り入れて、日本の市場をほぼ半々で分け合ってきた。

ところがPの本家であるWHは、米国内で売り込み済みだった最新型の原子炉AP1000が少なくとも8基、建設中止となり、前途を悲観して身売りする方針を決めた。

長年のパートナーである三菱重工業が買収の検討を始めたのは当然として、ライバルのBの本家=GEも関心を示したが、そこに勢いよく割り込んだのが東芝で、企業価値2000億円と言われていたのに対し4000億円強の「のれん代」などを上乗せして計6000億円強でもぎり取ってしまった。

進言したのは佐々木常務で、決断したのは西田社長である。

三菱は「3000億円でも高い」と思っていたので、これには驚いて、それならどうぞお好きに、という態度をとった。

業界も呆れてビックリの、このまさに「大ばくち」の決断に踏み切ったのは、そのころすでに始まっていた国内市場の行き詰まりを打開するため「これからは世界の原発市場に思い切って打って出よう」と思い巡らせていた東芝にとって、渡りに舟と映ったからだろう。

WHを抱え込めば東芝は世界唯一、BとPの両方を手がける原子炉メーカになる。世界の主流は以前からPで、発電量シェアは7割ほどを占めているので、両方を売れれば新興国などへの売り込みにも強い。

おまけにWHの営業部隊にPだけでなくBも売らせることが出来る……。それで「2015年にBP合わせて39基受注、原子力で1兆円売上げ達成」という夢が大きく膨らんだのだ。

のれん代というのは、それが達成されれば転がり込んでくるであろう金額を資産としてバランスシートに計上した数字で、それが達成させなければ減損処理しなければならない。ここから狂ってしまった。

Next: マスコミが経産省のデタラメを拡散「原子力ルネッサンス」の幻影


初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

高野孟のTHE JOURNAL

[月額864円(税込) 毎週月曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
政治経済から21世紀型ライフスタイルまで、タブーなきメディア《THE JOURNAL》が、“あなたの知らないニュース”をお届けします!

マスコミが経産省のデタラメを拡散「原子力ルネッサンス」の幻影

背景には、この頃、米ブッシュ大統領が就任早々の01年5月に打ち出した「国家エネルギー政策」をきっかけに、世界的な「原子力ルネッサンス」が始まるという、今になってみれば幻想としか言いようのない期待が特に日本で異様なほど盛り上がっていたことがある。

ブッシュは、スリーマイル事故以来、停滞が続いていた米国の原子力をエネルギーの「主要な構成要素」と積極的に位置づけ、原子力産業を税制優遇や融資保証でテコ入れするという方向が盛られていた。

とは言え、後に次第に明らかになり、また議会や規制当局、環境団体との長いせめぎ合いの末にようやく05年に至って成立したこの政策のための法案を見ればますます明らかなように、これは40年の認可年限を60年まで延長するとか、定格外出力を認めるとか、どちらかと言えば既存の原発を再活用することに主眼があって、新増設をバンバンやろうなどということにはならなかった。

ところが発表当時、日本のマスコミは揃って「米、原発推進に転換/石油・ガスも増産/民主など反発『環境破壊招く』」(朝日01年5月17日付夕刊)、「米、原発推進へ転換/天然ガス、アラスカ採掘解禁」(日経同夕刊)と、大々的に報道し、さらに「画期的な大転換」「アメリカは再処理再開へ」「プルサーマルもやるに違いない」「世界的な脱原発の流れはこれでストップする」等々と、あることないことを憶測混じりで解説した。

図に乗った原子力ムラは「ブッシュ大統領が、原子力の推進とプルサーマルの検討を明言しました!原子力・プルサーマル重要です。安全です」というビラを印刷して原発立地の町村に捲いたりして大はしゃぎを演じた。

米欧のメディアではどこもこんな過大な扱いをしておらず、明らかに経産省の記者クラブを起点とした情報操作の結果だった。また国際エネルギー機関も「2040年までに原発の発電量は60%増える」などと煽り立てた。

それで国民が欺されるのは仕方がないとして、原子力のプロの佐々木までが鵜呑みにしてしまっては話にならない。

WHは、05年の国家エネルギー政策法案がどうなるか期待を込めて見つめてきて、それが決して原発ルネッサンスなどもたらさないことを悟って絶望したからこそ、泣く泣く身売りを決めたに違いない。本当にルネッサンスが来るなら身売りなどする訳がない。

冷静に考えれば子どもでも分かることが、なぜ東芝には分からなかったのか。はしゃいでいたのか、動転していたのか、謎である。

Next: 「東芝は元気、原発の失敗は問題ない」を印象づけた粉飾決算


初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

高野孟のTHE JOURNAL

[月額864円(税込) 毎週月曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
政治経済から21世紀型ライフスタイルまで、タブーなきメディア《THE JOURNAL》が、“あなたの知らないニュース”をお届けします!

「東芝は元気、原発の失敗は問題ない」を印象づけた粉飾決算

まずはWHを通じて米国内に東芝のABWRを売ろうということで、その東芝にとって海外案件第1号として、米NINA社が進めるサウス・テキサス・プロジェクトの3、4号機の設計・調達・建設までの一括受注に09年に成功した。

しかし折からのシェールガス・ブームの高まりもあって採算性に疑念が生じていたところへ3・11が起きて、当局による規制強化、米国内大手電力の追加出資打切り、NINA社の資産評価切り下げなどが相次いで、プロジェクト自体が立ち行かなくなってきた。

諦めるわけに行かない東芝は、新たな出資者の募集に駆け回り、その原発の周辺に電力需要があるのだということを説得するために周辺の液化天然ガスやシェールガス基地のテコいれにまで手を出すという阿修羅のごとき働きをしたが、結局、NINA社の資産評価切り下げを受けて14年3月決算にその1件だけで310億円、原子力事業全体ではそれを含めて600億円の評価損を計上した。

それは表沙汰にせざるを得なかったが、そんな原子力でのちょっとした失敗があっても東芝自体は元気旺盛だということを示したかったのだろう、この決算は「一見すると好調そのもの」で前期比47%の増益という驚異的な伸び。「しかも事前の会社側の予想数字2900億円とピタリと一致しており、何ら問題がないように見える」と、当時、何も知らされていないダイヤモンド誌の記者は書いている(14年5月9日号)。

そりゃあそうでしょう、「何ら問題がないように見える」ようにするために粉飾して、どうせ数字を改竄するならピタリと予想数字と同じにする方が思い切りがいいと判断したのだろうから。

この東芝騒動の最中に、原発超大国の国営原子炉メーカーのアレバが事実上経営破綻し、それを織り込んでフランス政府は7月22日、現在は75%を占める原発依存度を2025年までに50%に引き下げ再生可能エネに置き換える法案を成立させた。

日本がまだ原子力ルネッサンスの破れた夢にしがみついて泥沼のドタバタ劇を演じている間に、少なくとも先進国世界は急速かつ断固として脱原発に向かっていく。

※高野孟氏のメルマガ元原稿では、このほか、東芝と経団連、「原子力ムラ」の関係についても解説しています。構成上の都合により本記事では割愛いたしました(MONEY VOICE編集部)

【関連】“天命”を担う安倍首相。「日本会議」の隠されたアジェンダと解釈改憲

【関連】発展途上国に逆戻りする日本。安倍政権下で5%以上下がった実質賃金=三橋貴明

高野孟のTHE JOURNAL』(2015年7月27日号)より一部抜粋・再構成
※見出しと太字はMONEY VOICE編集部による

初月無料お試し購読OK!有料メルマガ好評配信中

高野孟のTHE JOURNAL

[月額880円(税込) 毎週月曜日(祝祭日・年末年始を除く)]
政治経済から21世紀型ライフスタイルまで、タブーなきメディア《THE JOURNAL》が、“あなたの知らないニュース”をお届けします!

シェアランキング

編集部のオススメ記事

この記事が気に入ったら
いいね!しよう
MONEY VOICEの最新情報をお届けします。